第16話:名探偵の助言
「だって私、合わせる顔もないじゃないですか!」
「え? なんで?」
僕が首を傾げると、岩良さんはより悲愴感を露わにする。
「だって、あれだけやらかしてるんですよ!?」
「やらかしてる?」
「そうですよ! 素直になれなくってお兄ちゃんを弄っちゃってばっかりだし。お兄ちゃんがああいうの嫌いだってわかってたのに連れ回しちゃったし。挙句の果てに、助けてもらったのにビンタまでしちゃったんですよ!?」
……あ。そういうこと?
合点がいった僕は、思わずぽんっと手を叩く。
彼女はしゅんっとするとまた両手を組んだままテーブルに乗せると、そこに顔を預け横を向き遠い目をする。
「お兄ちゃんと二人っきりになれる。お兄ちゃんにくっつける。そんなわがままな気持ちばっかり先行しちゃって、結局お兄ちゃんのことなんて考えられてないし。重いって言われて恥ずかしくなっちゃったとはいえ、ビンタまでしちゃったんだもん。お兄ちゃんだって私を嫌いになるに決まってます……はぁ……」
うーん……。
確かに岩良さんの視点で考えるとそうかもしれない。
でも……。
「本当にそうなのかな?」
僕は敢えてそう口にした。
だって、何となく納得がいかなかったから。
「そうに決まってますよ」
「僕はそう思わないけど」
「何でですか?」
疑いの眼差しで僕を見る彼女に、僕は僕なりの目線で理由を話してみた。
「確かに只野先輩はアトラクションで疲れ切ってたけど、ローラースケートの時にはそんなこと気にすることもなく楽しそうだったでしょ?」
「そ、それは、お兄ちゃんが得意だからってはしゃいだだけですよ」
「それに、あれからずっと只野先輩もがっかりしてるけど、それってきっと、先輩も岩良さんに悪いことをしたって思ってるからじゃないかな?」
「そんなこと……」
「あると思うよ。だって、ローラースケートの時、岩良さんが怒って離れていった後、やらかしたかもって気落ちしてたし」
「……」
岩良さんは気落ちした顔のまま、ゆっくりと目を伏せる。
無言なのはまだ納得がいってないからかな?
もう少し彼女の勇気に繋がる話ができるといいんだけど……そういえば。
僕はふと、今日一日の只野先輩の反応を思い返す。
出会った日、千麻さんの親衛隊隊長とまで言い切っていた只野先輩。
だけど、今日の反応を見ると違和感もあるような気がする。
僕も世間に詳しいわけじゃないけど、只野先輩って実際の千麻さんの前であまり積極性を見せてないんだよね。
駅でちらちらと千麻さんを見たり、照れたりしてた只野先輩。
だけど、アトラクションに入る時なんかに、彼女と一緒になりたいような提案なんてひとつもなかった。
ローラースケートのときだってそう。
僕達に滑り方を教えた後、只野先輩と岩良さんに自由に滑っていいと伝えたんだけど、二人は素直に滑り出してた。
勿論、駅で僕が千麻さんの手を引いたりして好意があるような素振りを見せてたから、それが功を奏して気を遣ってた可能性もある。
でも、思い返せば思い返すほど、そんな僕の行動を羨ましそうにする反応なんて皆無。
なんなら、千麻さんへのアピールっぽいことは全然していないし、逆に岩良さんに対してやらかしたとか、そういう態度のほうがよっぽど目立ってる。
そう考えると、只野先輩の行動はどこかちぐはぐ。
つまり……。
「ちょっとごめんね」
「え? は、はい」
突然の行動に困惑する岩良さんをよそに、僕はスマホを取り出すと、千麻さんにこんなメッセージを送ってみた。
『今、只野先輩ってどんな様子?』
すると、ほどなくしてこんな返信が届く。
『先程の件でずっと後悔してらっしゃいますね』
『ちなみに、千麻さんについての話とかは全然しない?』
『はい。今もどうすれば岩良さんの機嫌を直せるのか。そんな話ばかりしていますね』
『わかった。ありがと』
メッセージのやり取りを終えた僕は、スマホを手に持ったままふぅっと息を吐くと、真剣な顔で岩良さんを見る。
「岩良さん」
「は、はい」
困惑したまま生返事をした彼女に、僕は自分の考えを語って聞かせることにした。
「僕には恋愛経験がないし、只野先輩からそういう話を聞いたわけでもないから話半分で聞いてほしいんだけど」
「は、はい」
「多分、只野先輩にとって、千麻さんは好きな人じゃないと思う」
「え?」
予想外の言葉だったのか。
岩良さんが戸惑いを見せる。
「で、でもお兄ちゃん、自分は長月先輩の親衛隊隊長だって宣言してるじゃないですか」
「うん。でも、本当にそうならこんな滅多に無い機会なんだから、もっと積極的に行動しないかな?」
「そ、そうかもしれないですけど。お兄ちゃんってあんまり自分に自信がないから、行動できてないだけだと思いますよ?」
「それもあるかもしれない。けど、本気で好きだったら、もう少しアピールしたり、彼女を見たりしてもおかしくないと思うんだ。でも、駅で会った時こそそんな素振りもあったけど、それ以降は全然そういうこともないでしょ」
「言われてみれば、そう、ですけど……」
確証はないからこそ、岩良さんは未だ自信なさげ。
その反応は仕方ない。でも少し自信を取り戻してもらわないと、この先折角のチャンスをふいにする可能性もある。
「もしかしたらだけど。只野先輩にとって、千麻さんは憧れの相手でしかないんじゃないかな?」
「憧れの、相手……」
「うん。これを見て」
こういうやり取りを見せるのは本当はいけない。
そんな後ろめたさはあったけど、僕は覚悟を決めてスマホの画面を見せると、岩良さんはそれを覗き込む。
そこにあるのは、さっきの僕と千麻さんのやり取りだ。
「確かに先輩にとってはやらかした後かもしれない。でも、好きな人が目の前にいて二人っきり。そんな状況でも、只野先輩は岩良さんのことしか話してない。それって、好きな人の前でする行動じゃないような気がするんだ」
僕の言葉に一度顔を上げた彼女は、再びじっとメッセージを見つめ
る。
さっきまでより、少し生気のある瞳で。
「あのね。岩良さんがさっきまでのことを後悔してるなら、素直に謝ったらいいと思う。そうすれば、きっと只野先輩も元気になるし、岩良さんももやもやしなくて済むでしょ? それで、残りの時間先輩との時間を楽しんだらどうかな? それで二人がより仲良くなってくれたら僕と千麻さんも嬉しいし、変な心配もしなくて済むし」
そう彼女にアドバイスしてみると、ゆっくりと顔を上げた岩良さんが小さく笑う。
「……そうですよね。まだ、恋が終わったわけじゃないですもんね」
「うん。好きな人との時間を楽しめないなんて勿体ないよ」
「……わかりました。そうしてみます」
どこかすっきりした表情で頷いた彼女に、僕も釣られて頷いたんだ。
二人がうまくいくよう祈りながら。




