第15話:二人の失敗
直後。
「んごっ!」
只野先輩のうめき声と共に、リンクの上を滑っていく眼鏡。
僕達の視線の先にあったのは、倒れかけた岩良さんを体を張って助けた先輩の姿だった。
リンクに仰向けになり、苦悶の表情を浮かべている只野先輩。
眼鏡がなくなったことで、その表情がよりはっきりとわかる。
先輩に覆いかぶさるようにうつ伏せになっている岩良さんはといえば、その場から全く動かない。
ふ、二人とも大丈夫なの!?
思わず滑り出そうとしたけど、よく考えたら千麻さんはまともに滑れない。
「千麻さん──」
「私のことはいいので、早くお二人のところへ」
顔を見た瞬間、彼女は真剣な表情でそう口にする。
「……うん。ちょっと待ってて」
咄嗟に頷いた僕は、そのままローラースケートで二人の方に滑っていった。
「だ、大丈夫でござるか!?」
僕が近づく中、眼鏡のない只野先輩が苦しそうな顔で、岩良さんに声をかけた。だけど、胸に収まっていた彼女は動かない。
「あ、彩瀬?」
戸惑いながら改めてそう呼んだ只野先輩にはっとした彼女は、慌てて上半身を起こし先輩に馬乗りになるように座り込み心配そうな顔を見せる。
「だだだだ、大丈夫! そ、それよりお兄ちゃんは!?」
「せ、拙者も、大丈夫でござるが……」
どこか歯切れ悪くそう言った只野先輩は、仰向けのまま少し顔を赤くし横を向くと。
「そ、その……ちょっと、重いでござる」
多分本音と思われる言葉を口にした。
それを聞いた岩良さんはわなわなと震え、顔をみるみる赤くする。
そして──周囲に先輩の頬を平手打ちした乾いた音が響いた。
「もうっ! 心配して損した! お兄ちゃんの馬鹿!」
すくっと立ち上がり、両腕を組み不貞腐れた岩良さん。
頬を叩かれた只野先輩が唖然としながら上半身を起こす。だけど、それを一瞥した彼女は何も言わず、僕の脇を素通りし千麻さんの方に滑っていった。
「や、やらかした……で、ござるか……」
彼女の後姿を目で置いながら、呆然とした只野先輩が独りごちる。
正直どんな声を掛けていいかわからない僕は、近くの人が持ってきてくれた先輩の眼鏡を預かりながらも、何も言えずにいた。
◆ ◇ ◆
ローラースケートを切り上げた僕達は、そのまま昼食を取るため近くのレストランに向かったんだけど、その間岩良さんはずっと千麻さんと話をしていた。
まるで只野先輩なんていないかのように。
一変した態度に、只野先輩は肩を落としながら僕の隣を歩いてたけど、やっぱり僕も気が利く言葉をかけられない。
まさかこんなことになるなんて。これで二人の仲が悪くなっちゃったら……。
僕はそんな不安に苛まされていたんだけど、レストランに着いたところで、それに拍車をかける出来事が僕達を待っていたんだ。
◆ ◇ ◆
「申し訳ございません。現在大変混み合っておりまして。二名ずつ別々の席でしたらご案内可能なのですが……」
レストランに着いた時点で結構なお客さんが順番待ちをしていたから、ベンチに座り待っていたんだけど、僕達の番になり入口に向かうと、ウェイトレスさんが申し訳なさそうにそう言ってきた。
「どうしましょうか?」
千麻さんが僕達に問いかけた瞬間。
「じゃ、別々に座りません?」
真っ先にそう提案をしたのは岩良さんだった。
「有内先輩と長月先輩はそれでも大丈夫ですか?」
只野先輩の顔を見ないのは相変わらず。
とはいえ、ここで只野先輩を除け者になんてできない。
「私は大丈夫です。優汰君は」
「僕も構わないよ。只野先輩は?」
「せ、拙者も構わんでござるよ」
僕達の意見が出揃ったのを見て、岩良さんは急に僕の手を取った。
「じゃあ、有内先輩は私と行きましょ」
「え?」
只野先輩とじゃなくていいの?
思わずそう口にしそうになったけど、彼女があまりに真剣な目で僕を見てくる。
こ、これは断るのも悪いかも。
「わ、わかったよ。じゃあ、千麻さんは只野先輩とでいい?」
「は、はい。私は、構いませんが」
唖然とする千麻さんの脇では、只野先輩が痛々しいくらいに肩を落としがっかりしてる。
こ、これ、本当に幼馴染としての関係すら壊れちゃうんじゃ……。
「ご協力ありがとうございます。それでは、先のお二人様からご案内致します」
「じゃ、先輩。行きましょ!」
「う、うん。じゃ、また後でね」
岩良さんに強く腕を引かれた僕は、戸惑いながらもウェイトレスさんの後に続いた。
◆ ◇ ◆
僕と岩良さんが案内された席は、個室のように区切られた二名席。
千麻さん達はまったく反対の方だったみたいで、お互いの姿すらまともに見られない。
『食事が落ち着いて出たくなったら、こちらに連絡をお願いしますね』
『うん。わかった』
千麻さんとイズコのメッセージでのやり取りを済ませると、僕は目の前に座る岩良さんを見た。
「はぁ……」
彼女は後から反対方向に案内された只野先輩達が見えなくなった瞬間からテーブルに突っ伏し、今も何度目かのため息を漏らしている。
何となく話しかけにくいけど、流石にこのまま二人の仲が悪くなっちゃうのは嫌だし。
この機会に話を聞いてみよう。
「えっと、良かったの?」
「何がですか……」
僕の問いかけに、顔を上げることなく問いかけてくる岩良さん。
ただ、その低い声がちょっと怖い。
「そ、その、只野先輩と二人っきりになれるチャンスじゃなかったかな、なんて……」
内心びくびくしながらそう尋ねると、岩良さんは伏せたまま顔だけ横に向けると、どこを見るとでもなく悲しそうな顔を見せた。
「いい訳ないじゃないですか……」
声は相変わらず。やっぱり機嫌が悪いんだ……って、あれ?
今、いい訳がないって言ったよね?
「えっと、じゃあ、なんで只野先輩のこと、無視してるの?」
思わずそう尋ねると、彼女はバンッとテーブルを叩くと、僕に泣きそうな顔を向け強い口調で話し始めた。




