第14話:ローラースケート
あの後、僕達はローラースケート場へと足を運んだ。
理由は、只野先輩が得意だから。
──「拙者、運動は苦手でござるが、ローラースケートだけは得意でござるよ」
──「ほんと。いっつも不思議なんですよねー。他は全然駄目なのに」
自信満々の先輩に対し、岩良さんはちょっと呆れてたけど、その口ぶりから確かに得意そうだってことで、僕達も納得しその場所に決めたんだ。
◆ ◇ ◆
アイススケート場のような作りの場内。
「只野先輩! 待ちなさーい!」
「追いつけるものならやってみるでござるよ!」
リンクの外周を人を避けながらすいすいと滑っていく只野先輩と、それを必死に追う岩良さん。
二人の服装も目立つせいか。まるでアイススケートのショーのようにも見える二人の滑りは、周囲の目を引きつけるのに十分だ。
実際、岩良さんの滑りも凄いけど、水を得た魚のように躍動する只野先輩のローラースケートの腕は間違いなく凄い。
「二人とも、本当に上手だね」
リンクの中央付近で二人の追いかけっこを眺めながら、僕が感嘆の声を上げると。
「そ、そうですね」
僕の両手を握って離さない千麻さんが、緊張した面持ちで返事をした。
ちなみに、僕も千麻さんも、ローラースケートはほとんど経験がない。
だから、少し前に只野先輩や岩良さんにレクチャーを受けたんだけど、個人的にはアイススケートより滑りやすいし止まりやすいってわかって、そのお陰で意外に人並みに滑れるようになるのは早かった。
ただ、千麻さんは中々そうもいかなかったみたいで、彼女はへっぴり腰になりながら、僕の両手を掴みその場に緊張して立っている。
彼女曰く、どうもアイススケートやローラースケート、スキーみたいに足元が不安定なスポーツは苦手みたい。しかもローラースケートをするには不相応な白のワンピースなのもあって、変に転倒して汚しちゃうわけにもいかない。
一応、無理せず見学するかは確認したんだけど。
──「せ、折角の機会ですし。ゆ、優汰君がエスコートしてくだされば……」
と、意外にも滑る方を優先した彼女の意思を尊重し、今僕達はここに立っている。
とはいえ、千麻さんの表情を見るに、楽しめている感はあまりない。
「えっと、無理せず端に戻る? 一緒に休憩でもいいけど」
気を利かせてそう聞いてみると、彼女はぶんぶんと顔を横に振る。
「い、いえ。こ、このままで大丈夫です。そ、その、少しずつ、手取り足取り教えてください」
緊張した顔だけど、雰囲気的に譲らない、という空気も感じる。
だとしたら、あまり心配してもいけないかな。
「じゃあ、まずはちゃんと立つ所から始めよっか」
「は、はい」
しっかり頷く彼女に頷き返した僕は、握っている手を離さないようにしながらコツを教え始めた。
「えっと、まずはさっき只野先輩達が言ってた通り、ゆっくり足を伸ばそうか。滑りそうって思ったら、つま先のストップゴムで片足だけでも動かないようにして」
「は、はい……」
恐る恐る、ゆっくりと曲げている両足を伸ばしていく千麻さん。
うん。このまま慌てなければきっと──。
「あっ!?」
と、瞬間千麻さんの右足が勢いよく前に流れ、一気に姿勢が崩れそうになる。
「危ないっ!」
咄嗟に掴んでいた腕ごとぐいっと千麻さんを引き寄せると、身を低くしながら彼女の背中に腕を回す。
そして、そのまま片膝を突きその場に踏みとどまりながら、僕はなんとか彼女を抱えて転倒を防ぐ。
ふぅ、間に合った……。
「大丈夫?」
体を支えたまま千麻さんを見下ろすと、僕の腕に収まっていた彼女は、目を丸くしたまま無言でこっちをじっと見てる。
いきなり転びそうになったんだし、流石に怖かったかな?
「ごめんね。怪我とかはない?」
「はっ……は、はい……」
改めて声をかけると、はっとした千麻さんが顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに目を逸らす。
今日何度かこういった顔を見たけど、やっぱり可愛いと思う。こっちも恥ずかしくなるくらいには。
「じゃ、じゃあ、ゆっくり起こすね」
「い、いえ。結構です」
……え?
「結構です?」
予想外の言葉に思わず問い返すと、彼女はちらっとこっちを見ると、僕に抱えられたまま、両手を胸の前で組みもじもじとする。
「あ、えっと、その……も、もう少し、こうしていては、駄目でしょうか……」
え、えっと、何で?
そう聞き返したくなったけど、実のところこの体勢は僕もあんまりバランスが良くない。
特に腕一本で彼女を支えてるけど、僕も腕力に自信があるわけじゃないし。
千麻さんが重いかといえばそんなことはない。
もう少しなら耐えられそうだけど……。
「そ、その、千麻さんが軽いから少しなら良いけど、そんなに長くは持たないと思う。それでもいい?」
正直にそう尋ねてみると、より顔を赤くした彼女は。
「おおおお、起こしてください!」
突然、さっきまでと真逆の言葉を口にした。
え? お、起こせばいいの?
頭が混乱しそうになったけど、千麻さんのどこか必死さを感じる態度も気になる。とりあえず急いで起こそう。
「わ、わかった。いくね」
返事を待たず、僕は彼女の上半身を起こしながら、自身の足を閉じ立ち上がる。
流石にここで千麻さんが滑ってバランスを崩すといけないよね。
立ち上がりながら、僕の胸に収まるよう彼女を背中向きで密着させ、両腕を胸の下に回し、しっかりと支え立ち上がらせた。
千麻さんの足もしっかり真っ直ぐになってるし、これなら大丈夫かも。
「これでどうかな?」
彼女の耳元でそう尋ねてみると、びくりとした千麻さん。
「……は、はい。す、素敵なのですが……その……」
そのままこっちに顔を向けることなく、囁くくらいの声でおずおずと何かを伝えようとする。
素敵っていうのはよくわかんないけど、何か気になることはあるのかな?
「何か問題があった?」
「あ、あの、その……か、下半身が密着しているのは、さ、流石に……」
……あ!?
言われてみたら、僕の腰が彼女のお尻に密着しちゃってるじゃないか!
「ごごごご、ごめん!」
慌てて両腕で千麻さんの脇を抱え少し距離を離すと、その場でくるりと反転した千麻さんが胸に飛び込んでくる。
「え? え?」
思わず変な声をあげると。
「み、見ないでください」
僕の胸に顔を埋めたまま、彼女は恥ずかしそうにそう言った。
た、確かに今こんな顔を見られるのは僕だって恥ずかしい。絶対困った顔をしてるし。
「う、うん……」
そう言いながら、僕は気持ちをごまかすように天井を見る。
さ、流石に今のはいけなかったよね。もう少し気をつけないと……。
頭に変な妄想が浮かびそうになるのを必死にごまかす。
と、そんな中。
「きゃぁっ!」
そんな僕を現実に引き戻したのは、岩良さんの悲鳴だった。




