第11話:只野先輩の災難
お化け屋敷を出た僕と千麻さんは、すぐそこにあるベンチに腰を下ろす只野先輩と岩良さんを見つけた。
只野先輩の疲弊感は、最初のアトラクションとは思えないくらい酷い。
力なくベンチに座っている先輩の顔は真っ青だし、心なしか服もよれているし。
その脇に座る岩良さんは、呆れながら只野先輩の額に浮かぶ冷や汗を拭いている。
「もー。先輩ってば、相変わらず怖がりなんだから」
「ししし、仕方ないであろう? 怖いものは怖い。彩瀬も知っておるであろう?」
「知ってますけど、前に一緒にお化け屋敷に入ったのなんて小学生の頃じゃないですか。今でもこんなに怖がりだなんて知りませんでしたよ。はい。これどうぞ」
彼女からすっと差し出されたペットボトルの水。
「かたじけない」
それを受け取った只野先輩はペットボトルを口に付け、ごくごくと飲みだした。
「今行っちゃうと邪魔になるかな?」
「そうかもしれませんが、遅かれ早かれ声を掛けられてしまうと思いますよ」
小声で尋ねた僕に、千麻さんは普段通りの穏やかな感じでそう提案してくる。
ちなみに、流石に明るい場所で腕を組むのは恥ずかしかったのか。お化け屋敷を出る直前、彼女は腕を離していて、今は並んで立っているだけ。
まあ、確かに外であれだけ密着されてたら、より恥ずかしかったと思う。
「そうだね。じゃ、行こう」
「はい」
僕と千麻さんは並んで歩き出すと、そのまま二人が座るベンチまで歩いて行った。
「大丈夫ですか?」
千麻さんの声に、水を飲み終えた只野先輩が顔を向けてくる。
「い、いや。す、すまぬ。心配をおかけしたでござるな」
「いえ。ですが、そこまでお化け屋敷が苦手なら、断わってもらってもよかったんですよ」
「う、うむ。確かに、そうやもしれんが……」
その問いかけに、只野先輩は少し口ごもる。
何か言いづらい理由でもあるのかな? なんて勘ぐってみるものの、僕にはさっぱり理由が思い浮かばない。
「ちなみに只野先輩って、今でもジェットコースターとか駄目なんですか?」
「ど、どうであろうな。最近遊園地などご無沙汰。正直乗ってみないとなんとも……」
「じゃあ、次はあれに乗りません?」
岩良さんが指差したのは、園内をくるりと回るように線路が引かれたジェットコースター。
それを見た瞬間、只野先輩がぎくりとしたけど、知ってか知らずか。岩良さんは僕達に顔を向けてくる。
「先輩達はどうですか?」
「私は大丈夫ですが。優汰君はどうでしょう?」
「正直、僕も只野先輩と一緒で、最近遊園地なんて来てなかったから。さっき言った通り、どこに行くかはみんなに任せるよ」
「じゃ、決まりですね!」
僕達の返事に笑顔になる岩良さん。
彼女はこういう絶叫系が好きそうってのだけは、はっきり伝わってくる。
げっていう顔をした只野先輩が、こういうのが苦手そうなだっていうのも。
無理にでも、断る理由をつけてあげたほうが良かったのかな?
見ているこっちが不安になるけど、千麻さんがあそこまで言っても断らないってことは、きっと只野先輩なりに考えてることもあるかもしれない。
そのせいで、さっきみたいなことにならないかな?
何となく嫌な予感がしたけど、それでも僕はOKを出したんだけど……。
◆ ◇ ◆
数十分後。僕の予感は的中した。
ジェットコースターを乗り終えた只野先輩は今、ベンチで岩良さんに膝枕され横になっている。
完全にグロッキーな先輩。だけどその原因は、恐怖じゃなくって乗り物酔いだったみたいだ。
「す、すまぬ。最近、乗り物で酔わなくなったと思っておったのだが……」
「もう。先輩ってば、すぐそうやって過信するんですから……」
額に濡れタオルを当てられた只野先輩は、気持ち悪さをごまかすように手で胸を擦りながら、申し訳なさそうに謝ってきた。
この状況に苦言を呈したけど、流石に岩良さんも心配そうに只野先輩を見下ろしている。
「流石に次に遊ぶ場所は、もう少し落ち着いた場所がいいかもね」
「そうですね。ここには遊園地のようなアトラクション以外にも、屋内で遊べる施設もあるようですし。そちらにしましょうか?」
「うーん……」
千麻さんの意見を聞き、岩良さんが少し考え込む。
どちらかといえば千麻さんはアトラクションを楽しみたいのかもしれないけど、屋外のアトラクションは激しく動くものが多め。今の調子だと只野先輩が軒並み厳しそうな気がする。
「只野先輩がもう少し落ち着くまで待ってから考えましょっか。先輩が強がって同じ事にならないようにしないといけませんし」
ため息を漏らしながら、只野先輩を見下ろしている岩良さん。
多分ここまでの流れから、先輩の行動を読んでの発言だと思う。
でも、確かに何をするにも落ち着いてからのほうが──あ。そうだ。
「じゃあ、二人はここで待っててくれる? 少しだけ園内を回って、落ち着いて乗れそうなアトラクションとかないか見てくるから」
「え? でもだいたいパンフレットに概要って書いてませんでした?」
僕の提案に、岩良さんが鋭い返しをしてくる。
それを言われちゃうと元も子もない。でも、ここだけは強引にいかないと。
「で、でも、実際目で見ると違うかもしれないでしょ? ね? 千麻さん」
僕は横に立つ彼女を見ると、相槌を売って欲しいと必死に目でアピールする。
伝わってくれるかな?
不安になりながら様子を窺っていると、千麻さんはぽんっと手を叩くと穏やかな笑顔を見せた。
「そうですね。絶叫系といってもマイルドなものもあるかもしれませんし、その逆も然り。ですから、私達で先に確認しておきましょうか」
「うん。岩良さんには悪いけど、もう少し只野先輩の看病をしてあげてくれない?」
僕と千麻さんが笑顔で岩良さんを見ると、こっちを見た彼女がはっとすると、ちょっと真剣な表情になる。
「わ、わかりました。じゃあ、お二人にロケハンをお願いしますね」
「はい。しばらくしたら戻ってくるんで、先輩は無理せず休んでてくださいね」
「かたじけない」
「では、優汰君。参りましょうか」
「うん」
何とか理由をつけて、その場を離れた僕と千麻さん。
「これで、少しは二人っきりにしてあげれるよね?」
「そうですね」
歩きながらひそひそそんな事を話した僕達は、互いにくすりと笑うと、そのまま園内を見て回ることにした。




