第9話:不穏な空気
改札から姿を見せた岩良さんと只野先輩。
その二人の表情は全く真逆だった。
髪に細いリボンを付け、どこかアイドルっぽいフリル付きのシャツにチェック柄のベストやスカートを着た可愛らしい感じの岩良さんは、今日が楽しみだったと言わんばかりの笑顔を見せている。
対する只野先輩も、白のジャケットにインナーにスラックスと、全身白で決めてきてる。
なんなら髪型だって普段と違い、ジェルで固めたのか、ツンツンとした感じで格好良くまとめてたりして、どこか気合を感じる。
ただ、眼鏡の下の顔は相変わらずわからないけど、口元なんかを見るとはっきり緊張が見て取れた。
「おはようございます!」
「ず、随分と早く来ておったのでござるな」
「そういう二人も随分早かったですね」
「そりゃもう! すごく楽しみにしてたんで、めっちゃ早起きしましたもん。それにー、只野先輩もきちっとコーディネイトしないといけなっかったですし」
「ま、まあ、そこは助かったでござるよ」
岩良さんの言葉に、苦笑いしながらそう口にした只野先輩は、そのままちらちらと千麻さんを見る。
「な、長月殿もお似合いでござるな」
「そうですか。そう言っていただけると、着飾った甲斐もありますね」
普段のように落ち着いて笑顔を返す千麻さんを見て、只野先輩が少し頬を赤くする。
ただ、脇に立つ岩良さんは露骨に白い目を向けてる。
え、えっと、開幕からこの空気はヤバいかも……。
「え、えっと、岩良さんもその格好凄く似合ってるね」
「え? そ、そうですか?」
「うん。アイドルみたいで凄く可愛いと思う」
「えへへっ。有内先輩にそう言ってもらえると、私も鼻が高いです」
岩良さんが慌てて表情を変えてへっと笑うと、今度はそれを見た只野先輩がちょっと驚いた顔をする。
ただ、彼女はそんな先輩の表情なんて関係無しに笑顔で話を進める。
「有内先輩も凄く私服が似合ってますよ!」
「そ、そっか。良かった」
い、いいのかな?
岩良さんは笑顔のまま僕をべた褒めしてくれてるけど、これって只野先輩の心象を悪くしないかな?
今日の趣旨は、岩良さんと只野先輩の仲を進展させること。
彼女だって千麻さんから話を聞いて、それを理解してるはずだけど……。
内心不安になりながら会話をしていると。
「まだアトラクションはオープン前のようですが、ここにいるのも周囲の邪魔になりますし、一旦場所を移りましょうか」
助け舟を出すかのように、千麻さんがそんな提案をした。
「はい! 実は私、朝ご飯まだ食べられてないんですよ。只野先輩のせいで」
岩良さんはそんな嫌味を付け加えると、彼に白い目を向ける。
「そ、それは済まなかったと電車で謝ったでござろう?」
「そうですけどー。こんな日に寝坊とかありえませんもん。まったく……」
寝坊かぁ。
もしかして只野先輩、千麻さんと会えるからって、緊張して寝付けなかったのかな?
そうだとすると、今日少しでも僕が千麻さんといるようにしないと、岩良さんの事を見てくれないかも。
よ、よし。こうなったら。
「そ、それじゃ、一旦フードコート近くに移動して、どこかお店を探す?」
「はい! お願いします! 只野先輩もいいですよね?」
「う、うむ。異論はないでござるよ」
「そうですね。では、参りましょう」
みんなが頷いたのを見て、僕は意を決して千麻さんの手を握った。
瞬間、「えっ」と驚く三人。
「じゃ、じゃあ、千麻さん。一緒に行こうか」
みんなの反応を無視し、僕はちょっとぎこちない笑顔で彼女を誘う。
すると、千麻さんは頬を染めながら上目遣いでこっちを見ると「は、はい」と小さく頷いた。
「二人も付いてきてくれる?」
「は、はい」
「う、うむ」
唖然としている岩良さんと只野先輩にそう声をかけると、僕は緊張したまま彼女の手を引き歩き出す。
普段は千麻さんに演じてもらってるけど、今日は僕も千麻さんに好意があるように演じて、只野先輩に彼女を諦めてもらわないと。
正直心が痛む選択。だけど、これも岩良さんのため。
僕はそう心を鬼にして、今日一日頑張ることを決めたんだ。
◆ ◇ ◆
フードコート側のモーニングもやっている喫茶店に入った僕達は、案内された四人席に座り注文を頼むと、テーブルにこの場所のパンフレットを置き、四人で覗き込んでいた。
ここ前楽園の近くにはドーム球場があるんだけど、スタジアムパーク構想の一貫なのか。
周辺にはこういったフードコートや色々な遊びを体験できる複合施設。ジェットコースターなんかのアトラクションなど、様々な施設があるんだ。
この場所を選んでくれたのは千麻さん。
だけど、彼女もここに来たことはないらしくって、あまり詳しくはないんだって。
「ね? ご飯を食べたらどこから回りましょっか?」
「正直、僕はあんまりこういう場所に詳しくないから。みんなが遊びたいアトラクションとかを選んでくれると嬉しいかも」
向かいに座る岩良さんの声がけに、僕は苦笑いしながらそんなお願いをする。
実際、遊園地なんて友達と行ったこともないし、前に家族に連れて行ってもらった事もあるけど、中学に入ってからはそういう機会も全然なくなっちゃったから、どういうのが楽しいかもよくわからないんだよね。
「私はどのアトラクションでも問題ございませんよ」
先にそう言ったのは僕の隣に座る千麻さん。
それを聞き、岩良さんの隣に座る只野先輩が口を開く。
「な、長月殿は絶叫系など嫌いではござらんか?」
「はい。私は特に苦になるものはございませんよ」
「じゃ、じゃー、最初はこれにしません?」
岩良さんが指を差したのはお化け屋敷。
婚礼を題材にしたものっぽくて、結構本格的な作りになってる。
それを見て、顔を青ざめさせたのは只野先輩だった。
「い、いきなりでござるか!?」
「うん。だって、長月先輩が怖がらないのか気になりません?」
「ま、まあ、気にならないと言えば嘘になるが……しかし……」
只野先輩が返事を濁すと、岩良さんが目を細めにやにやする。
「あれー? もしかして只野先輩、こういうの苦手だったりしてー?」
「そそそ、そんなことはござらん。だ、だが有内殿の意見もあるであろう?」
助け舟を出してほしい。そんな懇願の目を向けてくる只野先輩。
だけど、その隣で岩良さんが小さくお願いって手を合わせてる。
ここは只野先輩には悪いけど……。
「僕は全然構わないですよ」
そう返事をする。
それを聞いた瞬間、只野先輩が絶望的な顔をしたんだけど。
「只野先輩。私もちょっと楽しみにしていたアトラクションですし。私達四人で入ればきっと大丈夫ですよ」
千麻さんが笑顔でそう言ってきたら、流石に先輩も断れなくって。
「そ、そうでござるか。長月殿が楽しみにしているのであれば、拙者も異論は、ない……でござるよ」
結局、肩を落とした只野先輩は、歯切れ悪く受け入れたんだ。




