第7話:前後に華
「うわっ!」
思わず変な声を出し肩越しに後ろを見ると。
「あおいー。やっと掴まえたぞ。ったく……」
ほえほえとした感じの声で、目を閉じた喜世さんが僕の首元で寝言を口にしたけど、そのまま聞こえたのはやっぱり寝息。
でも、背中にぎゅっと押し当てられた体と、僕の胸を抱きしめている腕の力が、彼女の存在を強く感じさせる。
特に、背中に当たってる胸の感触。
沙和さんの柔らかさとは少し感じが違う、少し張りがある感じがする。
って、僕は何を比較してるの!?
自分があまりに酷いことを考えちゃって、凄く申し訳ない気持ちになる。
ただ、手の沙和さんの胸の感触と背中の喜世さんの胸の感触。これをずっと感じ続けてるのは変な気持ちになってくる。
正直なんとかしたいけど、喜世さんを振り払ったら、多分起こしちゃうよね。
せ、せめて沙和さんだけでも離してもらったほうが……。
「もー。ちっちーってば寝ながら邪魔しちゃってさー」
え? 邪魔?
僕が沙和さんを見ると、彼女は苦笑いしながらこっちを見る。
「ね? ちなみにー、あーしとちっちーの胸、どっちが好き?」
「……え!?」
「だからー、あーしとちっちーの胸、どっちが好き?」
え? え? え?
胸が好きって!?
「ど、どういうこと?」
「それはー、大きさとかー、柔らかさとか?」
沙和さんがにんまりしながらこう言ってくるけど。
す、好きっていうより恥ずかしさが勝ってるし、やっぱりどっちがいいとかよくわかんないし。
「そ、その、正直、恥ずかしくってよくわかんないよ」
僕が困った顔をすると、彼女は表情を一変し、にししっと笑う。
「だよねー。良かったー。きよっちのほうが良いって言われなくってー」
そう言いながら、沙和さんは僕の手を胸から離すと、そのまま解放してくれる。
ほっ。良かった──え!?
ほっとしたのもつかの間。
沙和さんがもぞもぞっと前に出ると、喜世さんに負けないと言わんばかりに僕に抱きついてきた。
「さささ、沙和さん!?」
「きよっちばっかズルいじゃん。あーしもいーっぱい優くんにくっついて堪能しないとねー」
さっきまで手にあった感触は胸に移り、僕の顔の隣には彼女の顔がある。
横目に見える綺麗な金髪。さっきより強く感じるいい香り。
前にも後ろにも感じる、二人の美少女の存在。
……そ、そういえば、前に瑠音さんと千麻さんと寝た時も、こんな感じになってたっけ。
ど、どうしよう?
そ、そうだ! や、やっぱりは羊! 羊だよね!?
僕は前と同じく心を落ち着かせるべくまた羊を数え始める。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。
うん。また気持ちがふわふわしてきた。そうそう。このまま数えていけば。
羊が四匹、羊が五匹……羊が……六……。
「優くん。その、あーしね。実は、優くんのこと……」
何か沙和さんが耳元で囁いた気がするけど、ぼんやりした頭に入ってこない。
えっと、彼女は何を言って……。
◆ ◇ ◆
結局、僕はあの後寝ちゃってたみたいで、次に目を覚ましたときには、二人とも僕に背を向けて寝てくれてて、あの刺激がなくなったことにほっとした。
既に朝日は昇ってたから、前と同じく二人を起こさないように一人部屋を出た。
キッチンにはやっぱり千麻さんが起きてたんだけど、僕が起きるのが前より遅かったせいで、既に朝食を作り終えてたみたい。
彼女にお礼を言って少し雑談していると、ほどなくしてみんなも起きてきて、そのままダイニングのテーブルに着き朝食を食べることになった。
「ね? ね? ちなみに例の旅行なんだけどさー。今年のお祭りの日って調べてる?」
「確か、七月二十七日だったかと」
千麻さんの用意してくれたトーストを食べ終えた沙和さんの質問に、彼女の向かいで紅茶を口にし終えた千麻さんがそう教えてくれる。
「夏休みは二十日からだったよな?」
「そうね。私は既にスケジュールを空けているけれど。どこかで旅行の買い出しもしないといけないわね」
「だよねー。あーっ! 早く夏休みが来ないかなーっ!」
喜世さん達の説明に、沙和さんが心底嬉しそうに伸びをしたけど、そんな現実を打ち砕くように、瑠音さんの隣に座る千麻さんは落ち着いた表情でこう告げた。
「その前に、期末テストを何とかしないといけませんが」
そういえば。
確か、来月には期末テストがあるんだけど、その成績が悪かったら、七月中は補習させられるって話だったような……。
彼女の言葉を聞いて、ぎくっとしたのは沙和さんだけじゃない。
名前の上がらなかった喜世さんも勿論、ヤバいって顔をしてる。
「二人とも。テスト勉強は忘れておりませんわよね?」
千麻さん同様、至極落ち着いた表情のまま問いかけた瑠音さんが紅茶を飲み始めると、沙和さんと喜世さんは互いにバツの悪そうな顔をすると、くるりと一人で座っている僕を見た。
「ね? 優くーん」
「その、悪いんだけど。テスト勉強、付き合ってくれねーか?」
互いに両手を合わせ、沙和さんはてへっとしながら、喜世さんは申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「うん。僕は構わないけど」
迷わずそう返した僕を見て、瞬間笑顔を見せた二人。
だけど、逆にため息を漏らしたのは瑠音さんと千麻さんだった。
「私達にはお願いしないのですね」
「そのようね。じゃあ、旅行は私達三人だけで行くことにしましょうか」
「えーっ!」
「お、おい! そりゃねえだろ!」
突然の宣告に思わず抗議の声を上げた沙和さん達。だけど瑠音さんが澄まし顔のまま。
「あら。私達を無視して、またも優汰様と三人で勉強するつもりだったのでしょう?」
「昨晩だって、二人は優汰くんを堪能したばかり。そのうえでまた独占するとなれば、瑠音だって不満も覚えます。ですよね? 優汰君」
「え?」
えっと、そうなの?
正直よくわかってないけど、瑠音さんが不満そうな顔をしているのは間違いない。
うーん、ここは……。
「そ、そうかも。だったら、またみんなで勉強会をして、二人も無事テストの成績を良くして、みんなで旅行に行こう? 僕もそのほうが嬉しいし」
「う、うんうん! やっぱそれが良いよねー! ね? 喜世?」
「だ、だな! 瑠音と千麻もそれでいいだろ?」
必死にその場を取り繕う二人を見て、瑠音さんと千麻さんがくすくすと笑い出す。
これだったら流石に大丈夫だよね?
僕は四人のバタバタを見ながら、すっかり昨日の話を忘れ、みんなとの時間を楽しんだんだ。




