第1話:豹変
「え?」
沙和さんの突然のお願いに、僕は思わず驚きの声をあげた。
今日は元々イルミネーションを見たらご飯を食べて解散の予定だったのに、急にどうしたんだろう?
「おい。急にどうしたんだよ?」
僕と同じ気持ちだったのか。
喜世さんが首を傾げながら問いかけると、「あっ」という声とともに口元を手で隠した沙和さんが、隣にいる彼女に苦笑いを見せる。
「え、えっとさー。その、イルミネーションをバックにした優くん見てたら、もっと一緒にいたいなーって思っちゃってさー」
「ま、まあ、確かにその気持ちはわかりますわね」
「まー、そうなるのもわかんなくはねーけどよ」
コホンと咳払いをしながら、大きく頷いている瑠音さん。
喜世さんも納得した声を上げるけど、表情はまだ戸惑ってる。
「ですが、今日はそのような予定じゃなかったですから、準備も何もしておりませんよ。それに……」
|千麻さんもやっぱり戸惑いながら、僕の方に視線を向けてくる。
「その……優汰君も、急にこんな話をされたら困るのではないかと……」
おずおずとそう言いながら、ちらちらこっちを見てくる彼女を見る限り、泊まれるなら泊まりたいけど……っていう空気を感じる。
「まー、こないだだって急だったけどー、みんな親の許可貰って泊まったわけだしー。泊まりの用意って言ってもそんなに困んないっしょ」
千麻さんにあっけらかんと説明した沙和さん。
でも、なんだろう?
何か普段と違う気がするんだよね。特に、最初の真剣な顔とか。
他のみんなは気づいてなさそうだけど。
「ね、優くん。おねがーい!」
沙和さんが両手を合わせ、甘い声を出しお願いしてくる。
用事があるかないかでいえば、用事なんてない。
強いて言うなら今日はこの後みんなでシャインズ・ゲートをしようって話になってただけだし、明日だって普段通り家事をしたりして一人のんびり過ごすつもりだった。
一人、のんびり……。
またも頭に過った女子の顔。それが小さく胸に痛みを与えた。
自分の性格はわかってる。
だから、何となくこの先の事は予想がついていた。
一人の時間になった瞬間、僕は間違いなく過去を思い出す。
あの、辛かった中学時代の事を。
……みんなに関係ない話で迷惑なんて掛けられない。
そう思うからこそ、こんな理由なんて話せやしない。
でも、このまますぐに一人になるのはどこか怖かった。月曜日が来るまで、ずっと悩み苦しみそうだったから。
それなら、みんなにいてもらったほうが、気が紛れるかな。
思い出してしまった過去を少しでも忘れて、これまでの日常に戻るためにも。
過去の記憶のせいで変に乾いた喉をごまかすため、唾を飲み込んだ僕は笑顔を決め込む。
「えっと、明日も用事はないから、みんなが大丈夫って言うなら構わないけど」
「本当に!? 本当によろしくて!?」
……あれ?
沙和さんに返事したつもりなんだけど、先に反応したのは興奮気味の瑠音さんだった。
「え、えっと。うん。大丈夫だけど」
僕がそう返した瞬間、彼女はさっとポシェットに忍ばせていたスマートフォンを手に取りどこかに電話をかけた。
「……お父様。私ですけれど」
え? 電話先は或人さん?
前は面条さんに色々伝えてなかったけ?
「ええ。実は今日から明日にかけて、ぜっっっったいに外せない用事が入ってしまいましたの、ですから、明日の昼食会はキャンセルさせていただけないでしょうか」
瑠音さんは真顔のまま、絶対って部分を恐ろしく強調しつつ会話を続けてるけど。
流石に明日予定があるんなら、キャンセルまでしなくたっていいんじゃないかな。
「る、瑠音さん。流石にそれは──」
「優汰様。これは麗杜家の話。口を挟まないでくださいまし」
「え? あ、その、ごめん」
じろりとこっちを見た彼女の圧のある言葉に、僕は萎縮し思わず謝ってしまう。
ここまでの態度、以前に見せたことなんてなかったよね。
それだけ、この機会を逃さないっていう強い意志を感じるけど……。
珍しいものを見た気持ちになったのか。流石の沙和さん達も思わず顔を見合わせる。
「……はい。優汰様のご自宅にお泊りさせていただきます。……はい。……ええ。……お父様。優汰様がそのようなお方でないことくらい知ってらっしゃいますわよね? それに、ここで引いてしまっては麗杜家として後れを取ることになりますわ。おわかりでして?」
さ、流石に話が大げさすぎないかな?
そもそも麗杜家として遅れを取るって、僕の家に泊まるだけの話だよね?
別に何か勝負事があるわけでもないと思うんだけど……。
あまりに仰々しい会話と、この間の或人さんと顔を合わせた時の態度から考えられないくらいの瑠音さんの威圧感に、僕は思わずぽかんとしてしまう。
「ええ。わかってくれればよろしいですの。では、ごきげんよう」
結局、瑠音さんは強引に話を通したっぽい。
なんか、ここまではっきり物事が言えるなら、この間の婚約者の件もはっきり断れば良かったんじゃ……。
今更そんな疑問を覚えるくらいの電話を終えると、瑠音さんはさっきの雰囲気から一変。目をキラキラさせながら僕に微笑んだ。
「優汰様。お父様に許可をいただきましたので、私はまっっったく問題ございませんわ」
笑顔の裏には、さっき或人さんにむけていたのと同じ圧を感じる。
露骨に呆れている沙和さん達。だけど、流石に彼女に対し何かを口にすることはない。
こ、これは多分、余計なことを言わないほうがいいよね……。
「そ、それならよかった」
僕は彼女とは違うぎこちない笑みを浮かべながら、そう返すのが精一杯だった。




