第22話:喜世の母親
「ん?」
喜世さん達がインターホンの音で顔を上げた直後。
「ただいまー」
玄関が開く音と共に、どこか落ち着いた大人の女性の声がした。
その瞬間。
「お母さんだ!」
蒼ちゃんの声に合わせたかのように、獏君達三人が立ち上がると、居間を出て玄関に駆け出して行った。
「母ちゃんお帰り!」
「お帰り!」
「お帰りなさい!」
「ただいまー」
獏君、琉武君、蒼ちゃんが順に声を掛けると、お母さんらしき人が優しい声で返事をする。
「悪い。優汰。ちょっと待ってろ」
「うん」
喜世さんも立ち上がると廊下に歩いていき、居間に残ったのは僕だけ。
……喜世さんのお母さんか。粗相のないようにしないと。
少し緊張しながら姿勢を正し、そのまま廊下の方の会話に耳をすませる。
「お袋、お帰り」
「ただいまー。ごめんなさいね急に」
「いいって。仕事なんだから仕方ないだろ」
「まあね」
「それより母ちゃん! 今日は姉貴の彼氏を連れてきたんだぜ!」
「え? 彼氏って、有内君?」
「そうそう! 喜世姉のお手伝いだって」
「おい! 彼氏じゃねえって言ってんだろ!」
「そうだよ。蒼の将来のお嫁さんだもん」
「それも違うだろ!」
喜世さんがまた兄弟に振り回されてる。
とはいえ、流石に僕もお嫁さん候補にされてるのはびっくりかも。
まあ、子供ってその時勢いで色々言うし、きっと僕や喜世さんくらいの学年になれば、別に好きな人もできると思う。こういう時は話半分に思っておいたほうがいいかな。
それより、お母さんまで名前を知ってるんだ。
つまり、喜世さんって僕のことを家族みんなに話してるってことかな?
でも、一体どこまで話してるんだろう。ちょっと気になるかも。
「もう。喜世。もう迷惑をかけたの?」
「ち、ちげーって。あいつが自分で夕食とか作るの手伝おうかって言ってくれたんだよ」
「あら。そんな事を言ってくれたの? でも、獏達が放っておかないのくらいわかってたでしょ」
「ああ。でも優汰の奴、それでも構わねえーっていうから、それで……」
声は近づいてきたけど、声量は落ちていく喜世さん。
彼女が伝えてくれた内容は事実。誤解のないようにちゃんと説明しないとかな。
気構えて待っていると、廊下からついに喜世さんのお母さんが姿を見せた。
見た目にレディースのスーツを着た、ぱっと見キャリアウーマンっぽい服装。
その顔は獏君達同様、喜世さんの家族だってわかるくらい彼女に似てる。
「お邪魔しています」
「いらっしゃい」
僕が正座のまま頭を下げると、喜世さんのお母さんはうちのお母さんにも似た優しい声で応えてくれる。
「ほら。堅苦しい挨拶はなしよ。頭を上げて」
喜世さんのお母さんの気遣いに感謝しながら顔を上げると、彼女は座卓の反対側に回り、僕の向かいに正座した。
「私は荒井響子よ」
「有内優汰です。本日は急に押しかけちゃってすいません」
「こっちこそ。喜世が迷惑をかけたみたいで」
「そんなことないです。さっき喜世さんが話してた通り、僕が手伝いたいって言い出したので」
「さっきまでお兄ちゃん達、マルカー遊んでもらってたんだよー」
「ま、遊んでやったのは俺達だけど。な? 琉武」
「まーなー」
お母さんの隣に座った獏君と琉武君。
蒼ちゃんと喜世さんは、流れでそのままさっきと同じく僕の脇に座る。
「あら。二人の相手は大変だったでしょう?」
「そんなことないですよ。僕がゲーム下手で、色々教わってたくらいですし。二人のほうが大変だったと思います」
「ま、お陰で夕食の準備も捗ったし、ほんと助かったけどな」
喜世さんを見ると、彼女はどこか自慢げに笑ってる。
僕自身、そこまでの事をしたつもりはさらさらないんだけどね。
「ほんと。わざわざ娘のためにありがとうね」
「いえ。こちらこそ夕食を御馳走になっちゃってすいません」
「そんなの構わないわよ。一人分増えたくらいなら、そんなに変わらないわよ。ね? 喜世」
「まあな」
今の台詞回しとか言い方なんかは、やっぱり二人は親子だって感じがする。
お母さんも喜世さんに似て人が良さそうだし、ちょっと安心するかも。
「ちなみに、有内君の家は遠いの?」
「いえ。ここから歩いて十分くらいです」
「そうなの。じゃ、折角だしもう少しゆっくりしてちょうだい。折角喜世の手料理も食べているんだからたくさん食べてね」
「食べすぎて動けねえ時は、お袋の車で送ってやるからよ」
「流石にそこまで迷惑はかけられないから。程々にしとくよ」
喜世さんのことだし、無理強いしておかわりさせるなんてことはしないだろうけど。それでも食べすぎて動けないなんて姿、他人の親に見せるわけにいかないしね。
そんな僕の言葉を聞いた響子さんは、こっちを見ながらにっこり笑うと。
「これは、何が何でも土曜日ちゃんとあがらないとね」
なんて口にした。
え? 土曜日って、確か仕事が入ってるって日だっけ。
予想外の言葉に、喜世さんもちょっと驚いてみせる。
「は? お袋、こないだ言ってたろ。仕事で何かあったら残業だって」
「ええ。だから、何かあった時のトラブル対応時に代わりに出れる人を調整するわ」
「そ、そこまでしたら職場に迷惑がかかるだろ」
喜世さんが戸惑いの顔を見せると、響子さんがにんまりとする。
「喜世。確か土曜日って、皆さんも一緒なのよね?」
「あ、ああ。沙和達も一緒だけど」
「だったら尚の事よ。遅れを取るわけにいかないでしょ?」
「え? 遅れを取る、ですか?」
突然出てきた言葉に、思わずそんな問いが口から突いて出てしまう。
すると、響子さんは再び僕を見た。
「ええ。友達として一緒の時間を過ごすのも、より仲良くなるために必要だもの。娘だけのけものは可哀相でしょ?」
なんか友達って言葉を強調されたけど、表情を見るとどこか意味深な感じがする。
裏の意図があるのかな?
「そ、そうだな! せっかくみんなでいられるんだしよ。お袋がそう言ってくれるなら、お言葉に甘えねえと。な? 優汰」
「え? あ、う、うん」
色々勘繰りそうになる僕の思考を遮るように喜世さんがこっちの肩をバンバンと叩きながらそんなことを言ってくる。
勢いで返事しちゃったけど、なんか焦ってる気もする……。
「お姉ちゃん! 優汰さんは蒼のものなんだから。抜け駆けは駄目だからね!」
「お、お前のものじゃねえ! みんなものもだからな!」
「そうだそうだ! 俺のマルカー友達だし」
「そうそう! 俺と獏兄ちゃんとまた遊ぶんだから! 蒼だけに独占させねえぞ」
蒼ちゃんの言葉に反応し、獏君と琉武君も口を挟んできたけど、そういう話題だったっけ?
同じ疑問を覚えたのか。響子さんが子供達の会話を聞いてふっと笑う。
「そうね。じゃ、まずはご飯を食べたら、もう少しみんなで遊んでもらいましょうか」
「はーい!」
響子さんの言葉に、素直に返事をした子供達三人は、そのままカレーを食べ始める。
まあ、それでいいなら構わないけど。
なんとなくごまかされた気持ちになりながら、僕は響子さんの意味深な笑みを見つめていた。




