第9話:予行練習
ピピピッ ピピピッ
遠くから聞こえたかのような音に反応し、僕はベッドボードの上にある目覚まし時計にゆっくり手を伸ばしアラームを止める。
「ふわぁ……」
髪を切って二日目の朝。
普段より少し早い時間にベッドで目覚めた僕は、パジャマのまま上半身を起こすと伸びをした。
昨日は体育の授業とかがあったわけじゃないのに、やっぱり少し体が重く感じる。
昨日みんなと話して、今日から一緒に学校に登校することになってるけど、本当に状況が変わったりするんだろうか。
正直、こればかりはやってみないとわからないし不安も多い。
……でも、僕が決めたんだもんね。
みんなと少しでも一緒にいる機会を作ってあげたいって。
布団の上に置いていた手をギュッと握って気持ちを引き締めた僕は、ベッドを下りると学校に行く準備を始めたんだ。
◆ ◇ ◆
制服を着て髪を梳かし、普段通りに学校に行く準備を終えたのとほぼ同時に、家に制服姿の千麻さんがやってきた。
玄関を開けて顔を合わせた瞬間、彼女がぽっと顔を赤らめると。
「お、おはようございます」
そう言って、少し恥ずかしそうに俯く。
その顔がちょっと可愛く見えて、ちょっとドキッとしてしまう。
「お、おはよう。みんなは?」
「はい。瑠音の用意した車で待っております」
「そ、そっか」
「あ、あと、こちらが今日のお弁当になります」
「あ、うん。ありがとう」
恥じらいながら差し出されたお弁当の包みを受け取った僕は、一度しゃがむと側に置いていたリュックの中に丁寧に仕舞う。
「ゆ、優汰君」
リュックの口を閉じた瞬間、千麻さんが緊張した声で僕を呼んだ。
顔を上げると、僕と目が合った彼女が目を逸らす。
な、なんかずっと照れてばっかりいられると、こっちも流石に気恥ずかしくなるな。
「ど、どうしたの?」
そう問いかけると、ちらちらと横目で僕を確認した彼女が、ゆっくりと口を開く。
「え、ええっと、その、ですね。今日から私達は、優汰君に積極的になる演技をするじゃないですか」
「う、うん」
「そ、それでですね。車に向かう前に、その……ちょっとだけ、予行練習をさせてもらえませんか?」
え?
「予行練習?」
「は、はい……」
リュックを背負い立ち上がった僕を、顔を真っ赤にしたまま上目遣いに見つめてくる千麻さん。その表情には不安が見え隠れしてる。
で、でも、予行練習って……。
「ど、どんな?」
僕が唾をゴクリと飲み込んだとそう尋ねると、彼女はじっと僕の目を潤んだ瞳で見つめると。
「た、例えばその……腕を、組ませていただくとか……」
そう、小声で口にした。
腕を組む……。
ふっと蘇ったのは、ベッドでの一夜。
あの時は腕に胸の感触をはっきり感じちゃって、正直頭がふわふわしちゃってた。
で、でも、みんなの前で倒れちゃうわけにはいかないし、少しは慣れておかないと危ないかも……。
正直、今この段階でもだってめちゃくちゃ恥ずかしい。
だけど、きっとそれは千麻さんも同じだと思うし。なんなら彼女から言ってくれたんだ。だったら大丈夫だよね。
「じゃ、じゃあ、マンションを出るまでの間、少しやってみる?」
「は、はい!」
僕がOKすると、千麻さんがぎゅっと手を握り気合いを入れる。
そ、そんなに真剣なんだ。僕も変に照れないようにしないと……。
「じゃ、じゃあ、そろそろ行こうか」
「そ、そうしましょう」
玄関で靴を履き、そのまま玄関のドアを開け一緒に廊下に出ると、僕達は横に並ぶ。
「え、えっと、千麻さんから腕を組む、でいいのかな?」
「は、はい。それでは、失礼しますね」
眼鏡を直した千麻さんが、恐ろしく真剣な表情になると、腕を振るわせながら、ゆっくりと僕の腕に絡み付いた。
同時に腕に感じる感触は、前に沙和さんや喜世さんの時にも感じたもの。
ベッドの時に比べたらそこまで刺激的な柔らかさもなくて、ちょっとほっとする。
まあ、千麻さんがぎゅっと腕を抱きしめてるってだけで、心臓がバクバク言ってるけど。
「じゃ、行くね」
「は、はい」
僕は千麻さんと一緒にゆっくりと歩き出した。
エレベーターまで距離はあるけど、廊下には誰もいなくて見られてることもないから助かってる。で、でも、学校じゃこういう所をみんなに見られるんだよね?
それってやっぱり、凄く恥ずかしくないかな……。
僕に寄りかかるようにして歩いている千麻さんは、無言のままどこかうっとりした顔をしてるけど、恥ずかしさはないの?
そんな事を考えながらエレベーターの前に着いた僕達は、到着したエレベーターに乗り込むと、そのまま一階に降りていく。
そして、一階に着いてエレベーターのドアが開いた瞬間、そこにはマンションの住人らしき若い女性が立っていた。
思わずびくっとした僕達は、こそこそと待っていた人の脇を抜けエントランスに向け歩いていくと。
「……あの二人、カップルなのかしら?」
ぽそっとさっきの女性の声が耳に届いた。
か、カップル……と、特別な友達だってこういう事をするってみんなから聞いてたけど、そ、そういう見方をする人もいるのか。
千麻さんは大丈夫──。
「か、カップル……カップル……」
彼女を見ると、俯き真っ赤になったまま、まるで呪詛のようにその言葉を繰り返してる。
「ち、千麻さん?」
「ひゃ! ひゃい!」
エントランスまで来た所で彼女に声を掛けてみると、はっとした千麻さんが変な声を出し咄嗟に僕から離れる。
「あ、あの、大丈夫」
「だ、だ、大丈夫です! 決してカップルと言われて喜んだりしてませんから! 本当ですから!」
え?
僕、そこまで言ってないんだけど……。
顔を真っ赤にしたまま、両手を振り一生懸命否定している千麻さんは、普段の彼女らしい落ち着きなんて全然ない。
だ、大丈夫なのかな、本当に……。
そぅ思いはしたものの、車でみんなを待たせてるし、あまり言及しても仕方ないかな。
「そ、そっか。じゃ、じゃあ、そろそろ外に出るよ」
「そ、そうですね」
千麻さんが眼鏡を直し、軽く深呼吸して気を取り直す。
な、なんかやっぱり普段と何か違うように見えるけど、もう既に演技に入ってたりするのかな?
だとしたら、すごく迫真の演技だと思うけど。
色々気になることはあったけれど、僕は結局そこに触れる勇気もないまま、彼女とマンションの外に出たんだ。




