第4話:譲れない思い
「え、え、ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますわね。優汰様」
「……ゆ、優汰様ぁぁぁ!?」
未だ両腕を組んだまま、斜に構えた瑠音さんが顔を真っ赤にして口にした言葉に、教室が震撼した。
っていうか、流石にその呼び方は問題じゃない!?
「るるるる、瑠音さん!?」
思わず動揺しちゃって僕まで驚いちゃったんだけど、その反応で流石にやらかしに気づいてくれたのか。
「おっほん」
片手を口に当て大きな咳払いをして、騒がしかった場の空気を一気に収める。
「し、失礼。私としたことが、少々取り乱しましたわ。ゆ、優汰。これからも私とよろしくなさい。いいわね?」
「う、うん……」
瑠音さんはちらちら横目でこっちを確認しながら、むすっとした顔で恥ずかしさをごまかしてるように見える。
ただ、周囲の生徒の戸惑いは間違いなく残ってて、みんないまだ口をあんぐり開けたまま。
まあ、急に僕に様付けなんてすれば、誰だって驚くに違いないし、仕方ないと思う。
でも、この空気、一体どうすればいいんだろう?
四人がそれぞれに照れたまま言葉を発してくれないのは、僕もかなり気まずいんだけど……。
と、とりあえず……。
「え、えっと。教科書とか出してもいいかな?」
僕が空気を読めない発言をすると、四人は我に返ってこっちに向き直る。
「そ、そうだったな。悪い。邪魔しちまって」
「ううん。こっちこそごめんね」
「ゆ、優くんが謝ることないかんね! じゃ、また後でね!」
「そ、それでは。ごきげんよう」
「う、うん。またね」
千麻さんを除く三人がそれぞれに小さく手を振り、僕の席から離れ教室を去っていく。
未だに廊下には人だかりがあるけど、彼女達が出ていく時に入口の人達が勝手に避けるのはやっぱり人気者の放つオーラのせいなのかも。
あれ?
そういえば、千麻さんはまだ目の前に残ってるけど……。
「ち、千麻さん。何かあった?」
僕が鞄から教科書やノートを出しながら話しかけると、頬を赤く染めたまま僕をぼんやりと見つめていた彼女がはっとすると、胸の前で両手の人差し指をつんつん合わせながら、おずおずと話し出す。
「い、いえ。今日のお昼なのですが、その……よろしければご一緒しませんか?」
「……はぁぁぁぁぁっ!?」
千麻さんの言葉に、またも周囲の男子が大きな声でハモる。
っていうか、いきなりお昼を!?
他の生徒も驚いてるけど、一番驚いてるのは自分だと思う。
ま、まあ、彼女にも何か考えがあるのかもしれないし、学校で距離を縮めるのにはもってこいではあるけど……なんて。弱気になっちゃ駄目だよね。みんなの友達として、自分で頑張るって決めたんだから。
「え、えっと、今日はお弁当ないから、食堂でパンとか買ってきてからでもいい?」
「は、はい!」
僕の返事に、ぱぁっと笑顔を咲かせる千麻さん。
「おいおいおいおい! 長月さんってあんな笑顔を見せるのかよ!?」
「ちょ!? 可愛すぎんだろ!」
「っていうか、長月さんにをここまでの笑顔にするとか。有内の破壊力ヤバすぎじゃねえか!?」
男子が騒然としながらそんな事を口走ってるけど、確かに学校生活での千麻さんって微笑みこそ見せるけど、こういった笑顔って見せてた記憶はない。
だけど、この話は男子だけで終わらなかった。
「な、長月さん! 私達も一緒でもいいですか? いいですよね!?」
突如、鈴木さんが必死の形相で彼女にそう尋ねると。
「あ、あたしもご一緒したい!」
「私も私も! いいですよね? 長月さん!」
他のクラスメイトの女子もこぞって手を上げた。
え? 僕がいるのに? みんな大丈夫なの?
今までに経験したことのない展開に、僕が唖然としていると。
「そ、それは、優汰君次第でしょうか」
と、千麻さんが言葉を濁しこっちを見る。
釣られて女子の視線がこっちに移る。
「あ、有内君! い、一緒でもいい? いいよね!」
鈴木さんが両手を胸の前で組み、僕に向け必死に懇願すると。
「有内くーん! ね? ね? お願ーい!」
「ぜぜぜ、是非、ご一緒させてください!」
「ほんと! 一生に一度のお願いだから!」
それをきっかけに、周囲の女子もずずいっと僕に近づき両手を合わせたりしてくる。
え、えっと、一生のお願いって、そんなすごい話でもないけど、手を上げてるみんなに囲まれてお昼を毎日食べるのは流石に落ち着かない。
だけど、ここで無碍にしたらみんな傷ついちゃうかな……。
こ、こうなったら……。
「え、えっと、僕も落ち着いてお昼を食べたりしたいし。きょ、今日だけなら──」
「えーっ! 今日だけーっ!?」
わわわっ!
女子達が一気に僕を囲みうるうると懇願してくるけど、こ、これ、どうすればいいの!?
女子達の圧に座ったままの僕はただただ困り顔をするしかなかったんだけど。
「皆さん。優汰君が困っていますよ。そのようなわがままを言っていると、嫌われてしまうかもしれませんよ」
助け舟のように届いたのは、千麻さんの冷静な声だった。
それを聞いた瞬間、周りを囲っていた女子達がみんな同時にギクッとすると、はっきりと焦りだす。
「あ、有内君。ごごご、ごめんなさい!」
「私達も困らせるつもりはなかったよね?」
「そ、そーそー。ただ、今日だけーっていうのはちょっと寂しいっていうかー、残念っていうかー」
目を泳がせながら、僕の様子を伺いつつ話す女子達。
そんな彼女達を見て、千麻さんはクイッと眼鏡を直し僕を見る。
「優汰君。毎日これだけの生徒に囲まれて昼食は大変でしょうが。たまにご一緒いただいたりはできますか?」
「え? あ、えっと……」
正直、たまにどころか避けたいのが本音。
だけど、千麻さんなりにみんなを納得させる妥協案を提示してくれたわけだし、そこまでされたら断りにくいよね。
ただ、僕一人でみんなと会話するなんて絶対無理だし……。
「その、千麻さんが一緒なら、まあ」
「そ、それでよいのであれば、私もご協力しますよ」
苦し紛れにそう口にすると、彼女はまたちょっと顔を赤らめると、嬉しそうにはにかむ。
「うっわーっ! 有内の奴、長月さん達とのお昼を取り付けやがったぁぁぁぁっ!」
瞬間、男子の一人が絶叫したけど、同時に別の男子達が遠間から僕に話しかけてきた。
「な? あ、有内! だったら俺達も一緒に食わせてくれよ!」
「そ、そうだぜ! 折角同じクラスメイトなんだしよ。全員で仲良く食べたほうがよくねえか? な? みんな」
「そりゃ、そうに決まってるだろ!」
男子達がうんうんと頷き合ってるけど、僕が何かを言う前に会話に割って入ったのは女子達だった。
「男子ー! 長月さん目当てで有内君を利用するのは止めてくださいー」
「そうだよー! 有内君も困ってるじゃん!」
こ、困ってるっていう意味なら、女子のみんなのお願いにも困ってるんだけど……。
「だいたいあんた達まで混ざったら、有内君との距離が遠くなっちゃうじゃん!」
「う、うっせー! お前らだって、急に有内有内言ってよ! 俺等と何ら変わらねえじゃねえか!」
「そうだそうだ! 急に良い子ぶってんじゃねえよ!」
ふてくされ文句を言う女子達に触発され、男子達も反論し始めて、教室内の空気が一気に悪くなっていく。
互いに譲らないと言わんばかりに、男子と女子が睨み合いを始めたけど、僕や千麻さんとお昼を食べるって話でこんなになるの!?
みんなはクラスメイトなんだから、やっぱり仲良くすべき。
だいたい僕は、みんなが喧嘩するのなんて望んでない。
「皆さん──」
「あ、あの!」
千麻さんが何か言いかけるのを遮り、僕がみんなを呼び止めると、クラスメイトの視線がこっちに向く。
「え、えっと。その、みんなクラスメイトなんだし、一緒に仲良く食べるのもありだと思うんだけど。どうかな?」
勇気を振り絞ってそう口にしてみると、男子と女子が一度顔を見合わせる。
ぼ、僕の言葉じゃみんなに響かないかな? 受けれいてもらえないかな?
そんな不安に苛まれていると、千麻さんが続けて口を開いた。
「皆さんでお昼を食べるお話は、今日が最初で最後というわけではございませんから。順番に優汰君や私の側に座る方々を変えれば、遅かれ早かれ皆さんと話す機会もできます。ですから、優汰君の意見を尊重し、希望する方全員で食べましょう」
彼女にまでそう言われれば、男子も女子も納得するしかなかったのか。
「まあ、そうかも。じゃあそうしよっか」
「そ、そうだな。悪かった」
「ううん。こっちこそ」
殺伐としかけていた教室の空気が一気に和んだ。
キーンコーンカーンコーン
僕が胸を撫で下ろすのと同時に、ショートホームルームが始まる鐘の音が響く。
「では優汰君。また後ほど」
「あ、うん」
千麻さんを始め、僕を囲んでいた女子達がぞろぞろと各々の席に戻っていく。
教室の外にいた女子達もまた、足早にそれぞれの教室に駆け出していき、やっと普段の朝が戻ってきた。
……ほっ。良かった。
流石にあのままだと僕も気持ちが安まらなかった。
でも、これで少しは落ち着けるかも。
「よーし。朝のホームルームを始めるぞー」
担任の先生が入ってくるのを見ながら、僕は胸を撫で下ろしていたんだけど。現実はそんなに甘くなかったんだ。




