第3話:駆け抜ける衝撃
え?
男子の興奮や驚きと違い、僕が覚えた感情は戸惑いだった。
確かに千麻さんを始め、四人は顔を赤くしてる。
だけど、彼女達はこれまでだって顔を赤くして恥ずかしがってた。
僕相手に顔を赤くする理由はさておき、これって普通じゃないの?
「な、なあ。TOP4って、今までどんなイケメン相手でも、頬を染めるなんてしたことなかったよな?」
「ああ。長月さんがこんな風になるなんて、見たことねえよ……」
「ばっかっ! 彼女だけじゃねえって。武氏さんや荒井さん。なんならクールビューティーと称された麗杜さんまで顔を赤くしてるなんて、前代未聞だぞ!?」
「マジでこれ、歴史が動いたなんて話じゃ済まされねえんじゃ……」
男子達が小声でこんな話をしてるってことは、やっぱり珍しいんだ。
言われてみれば。僕がTOP4と知り合う前、たまに見かけた彼女達が恥じらう姿なんて見たことなかった気がする。
そんなにガン見していたわけじゃないから、たまたまって可能性はあったけど……。
周囲がざわめく中、未だ僕を見つめたまま呆然とし、動かないTOP4の面々。
え、えっと……これはこれで、どうしたらいいかわからないんだけど。ずっとこのままっていうのは流石に気まずいよね。
「お、おはよう。何か、あった?」
僕がおずおずとそう尋ねた瞬間、四人がはっとすると、最初に口を開いたのは軽く咳払いをした千麻さんだった。
「し、失礼しました。それより有内君。その髪型は、一体……」
「あ、えっと。ちょっとお母さんにそろそろ髪を切れって怒られちゃって。その……やっぱり、変だったりする?」
「そ、そんな事はありませんよ。とても良くお似合いだと思います。ね? 瑠音」
「え、ええ。先日までの髪型も悪くはなかったけれど、今はその、す、素敵──いえ。凛々しい顔まで見えるようになったようだし、中々様になっているわよ」
千麻さんに話を振られた瑠音さんは、顔を真っ赤にしたまま両腕を組み、普段のようにどこかそっけなさそうな態度を見せる。
ただ、言葉の端々に出た褒め言葉や、目を泳がせながらちらちらとこっちを窺うその反応を見て、男子達がまたもどよめいた。
「お、おい。あの瑠音さんが素敵とか言ったぞ!?」
「おいおいおいおい! どういうことだよ!?」
「どういうもこういうもないじゃーん!」
男子の会話に割って入った沙和さんが、彼らににんまりすると、僕の方を見て目をキラキラさせる。
「ね? ありうっち! これから優くーんって呼んでいい?」
「……へ?」
彼女は頬を染めながらも、いつもながらの眩しい笑顔を向けてくる。
だけど、その発言が教室の空気をまた一変させた。
「優くん!?」
「は!? あの沙和さんが男子を名前で呼ぶなんてあったかよ!?」
「ねえに決まってるだろ。だいたい、あんなに親しい感じで呼んでいるのなんて、女子の友達相手以外に聞いたことねえぞ!」
……あれ?
前に沙和さん達を初めて名前呼びした時、こんな話をしてなかったっけ?
名前呼びの経験はあるけど、特別な友達相手だから恥ずかしいって。
今の男子の言葉がその通りだとすると、沙和さんは今まで僕以外を名前で呼んだことないってことになるけど……。
「ねーえー? だめー?」
と。僕に顔を近づけて、おねだりするような甘い声を出す沙和さん。
急に顔を近づけられて思わずびくっとしちゃったけど、きっと彼女も僕が作ったきっかけをうまく利用しようとしてるんだと思う。
だったら、答えはひとつ。
「え、えっと、武氏さんがそうしたいなら、構わないけど」
「やっりー! じゃー、優くんって呼んじゃうね! あーしのことは沙和って呼んでね!」
「……え? い、いいの?」
「もちっ! あーし、もーっと優くんと仲良くなりたいしー」
「な、仲良くなりたいーっ!?」
周囲のハモる声がどんどん大きくなるのは、沙和さんの発言の衝撃が強すぎるから。
だって、男子だけじゃなく女子まで声をハモらせていたし。
だけど、そんな声すら聞こえないかのように、沙和さんはじっと僕を見ながらにこにこしてる。
え、えっと、流れを作ってもらったんだから……。
「じゃ、じゃあ、そうするね。沙和さん」
僕は少しでも自然な感じになるよう、微笑みながら名前を呼んでみる。
流石にここ一ヶ月で呼び慣れたのもあるけど、彼女だってそろそろ呼ばれ慣れてるはずだし──って、なんで顔を真っ赤にして両手で顔を抑えたの!?
「あ、あれ? さ、沙和さん──」
「み、見ないで!」
僕が声を掛けた瞬間、くるりと僕に背を向ける沙和さん。
「い、今あーし、ちょーニヤけちゃってるから! 優くん、絶対見んのなしね!」
そんな彼女を見た他の生徒が、はっきりと困惑する。
「う、うわ……武氏さん、本気で照れてるじゃねえか……」
「普段から明るい武氏さんが恥ずかしがってる姿……これはこれで可愛過ぎだろ……」
確かに今の反応はちょっと可愛いなって思う。
だけど、僕はそれより女子の反応の方が気になった。
「で、でも、ああなるのも仕方ないかも。あんな笑顔で名前を呼ばれたら、私だったら失神しちゃうかも……」
「わかるー。っていうかあたし、あの笑顔だけでもう胸がドキドキしちゃってるし」
彼女達の感想が正しいかなんてわからないけど、とりあえず変な顔にはならなかったってことかな? よかった……。
「な、なあ。有内。そ、そのよ。俺達のことも名前で呼ばねえか?」
沙和さんの反応を見ていた喜世さんが、顔を真っ赤にしながらこっちに真剣な顔を向けそうお願いして……へ?
「え、えっと、本当に、いいの?」
これ、本気かな?
急展開に戸惑いながら尋ね返すと、喜世さんはまるで水飲み鳥のおもちゃのように、首をこくんこくんと縦に振る。
「お、俺は全然構わねえぜ。こないだの応援の時に名前で呼ばれちまったけど、悪い気分じゃなかったし。な? 瑠音」
「わ、私も構いませんわよ。元々、沙和が急に先走って知り合った間柄でしかなかったけれど。私も、もっと貴方の事を知りたくなりましたもの。千麻もそうでしょう?」
「は、はい。私もクラスメイトとしてでなく、友達としてもより親しくしていければと思いますし。名前で呼ばれる関係というのは、それだけの関係となる第一歩だと、思いますし……」
な、なんか流れでいきなり名前呼びの展開になってるけど、これって本当に大丈夫なのかな?
物事が一気に展開しすぎているような気もするんだけど。実際、周囲の男女もTOP4がこんなことを口にするって思ってなかったからか。口をあんぐり開けて驚いてるし……。
「ちょ!? TOP4は本気で言ってるのか!?」
「あ、あんな顔をしてるんだ。本気じゃねえの?」
「名前呼びだけじゃなく、友達に昇格とか、どうなってんだよ?」
「やっぱりイケメンは正義なのか?」
周囲がそう疑ったり疑問を覚えるのはわかるし、僕だって正直戸惑ってはいる。
ま、まあでも、正直この間のバレーボールの試合みたいに言い間違えちゃうくらいなら、名前で呼ぶほうが気持ちは楽かも。
元々、学校でもみんなと親しくなるためのきっかけのために髪を切ったんだし。このチャンスは活かしていかないと。
他の生徒の前で名前を呼ぶなんてしたことがないのもあって、緊張が凄い。
まるで最初に名前呼びした日みたいだ。
でも、やらないとね……。
ゴクリと唾を飲み込んだ僕は、勇気を出して行動してみることにした。
「そ、それはいいんだけど。その代わり、僕のことも名前で呼んでもらえる? そのほうが親しみがわきそうだし」
「え、ええ。構いませんわ」
「お、俺も構わねえよ」
「わ、私も問題ございません」
三人が周囲など気にも留めず、じっと期待と不安の眼差しを向けてくる。
こ、これって多分、今呼んだほうがいいってことだよね。
「あ、あいつまでなんか凄いことを言い出したぞ!?」
「しかもOK出てるじゃねえか!」
「ほ、本当だとしたら、めちゃくちゃ羨ましいぞこれ……」
男子達の困惑をよそに、僕は背中を向けている沙和さん以外の三人を見る。
え、えっと。さっきの感じだと、笑顔もあんまりよくないのかな?
だったら……。
「え、えっと、じゃあ、その……これからもよろしくね。瑠音さん。喜世さん。千麻さん」
僕が真剣な顔でそう名前を読んだ瞬間、三人はより顔を赤くすると、三者三様の反応を見せた。
「こ、こっちこそ、その……よろしく頼むな。優汰」
顔を横に向け、片手で口元を隠した喜世さんが、絞り出すような声で答えると。
「あ、あの荒井さんが、こんなにしおらしくなってる……」
「こ、これって、めっちゃめちゃ貴重じゃない?」
なんて、男子以上に女子のほうが興奮してる。
「ゆ、優汰君。こ、これからも、そ、その……よきお友達として、色々お話しましょうね」
千麻さんは潤んだ瞳で上目遣いにこっちを見ながら。忙しなく肩から前に垂れた藍色の髪を弄りつつ、まるで囁くような声でそう言ってきた。
「な、長月さんが、恥じらってる…………」
「こ、これはこれで可愛いな……」
彼女を見た男子達の反応は、どこか夢心地。
確かにこういう仕草がみんなの目を奪うのもわかる。
TOP4四人のうち、三人のリアクションにそれぞれのファンが目を奪われている。
でも、そんな中で瑠音さんが放った次の言葉は、見惚れているみんなの気持ちを一気に吹き飛ばしたんだ。




