第25話:結末
り、麟太郎!?
僕は或人さんからお父さんの名前を口にされたことに、驚きを隠せなかった。
でも、さっきの涙声は間違いなくお母さん。ってことは、或人さんは両親と一緒ってこと!?
『まあな。あいつは本当に優しすぎるんだよ』
『ふっ。だからこそ、瑠音の目にも留まるか』
ディスプレイの画面がズームアウトすると、背もたれ越しに両親を見ながら会話する或人さんの後ろのソファに、僕の両親が映し出された。
ほ、本当に、お父さんとお母さん!?
ただただ呆然としていると、涙をハンカチで拭っていたお母さんと、それを慰めていたお父さんがこっちに顔を向ける。
『優汰。久しぶりだな』
「あ、うん。久しぶり」
『お前から友達ができたとは聞いてたが、まさかこんな可愛らしい女子四人とはな。何で話してくれなかった』
「ご、ごめん。急にそんな話をしたら、驚かせちゃいそうだし……」
『優汰。ちゃんとご飯は食べてる? 学校は辛くない? みなさんと仲良く出来てるの?』
お父さんとの会話を遮り、お母さんが矢継ぎ早に質問を繰り返してくる。
相変わらずの心配性。この反応を見れば、絶対別人だなんて流石に思わない。
「あ、う、うん。全部大丈夫だよ」
予想外すぎる展開に頭がついていってない。
何でこんなことになってるんだろう?
「も、もしかして……あれって、優くんのパパチとママチ?」
「う、うん」
急展開に唖然としていた沙和さんに、僕も放心しながら答えていると。
「ゆゆゆゆ、優汰様の、ご両親!?」
目を皿のように丸くし大声で叫んだ瑠音さんが、突然その場で土下座し──ど、土下座!?
「る、瑠音さん!?」
「ま。まさか優汰様をこの世に生み出した創造神とお会いできるなんて……」
そ、創造神?
いちいち瑠音さんの反応が大げさすぎて、僕がぽかーんとしてしまう。
『る、瑠音。流石にそれはやりすぎ──』
「お父様! 創造神の前で図が高過ぎますわ! ちゃんと頭をお下げください!」
さっきまで威圧されていた彼女はどこへやら。
平伏したまま或人さんを説教している。
いやいや。図が高いって……。
思わず困って沙和さん達に目を向けると──!?
「ちょ、マ!?」
驚きの声を上げた沙和さんもまた、その場で華麗なジャンピング土下座を決めた。
「ああああ、あーし、優くんの友達の武氏沙和です! スリーサイズは上から95、 57、92で、趣味はショッピングとカラオケです!」
え? え? 沙和さんはなんで急に自己紹介してるの?
っていうか、気づいたら喜世さんもその脇で土下座してる!?
「あああ、えっと、荒井喜世です! 優汰君には普段から本当にお世話になりっぱなしですが、これからも末永く一緒にいたいと思ってます!」
す、末永く一緒に?
ま、まあ、友達としてずっと一緒にいてくれるのは嬉しいけど……。
あ、あれ?
千麻さんまで正座した後、三つ指を突いてる……。
「わ、私、長月千麻と申します。不束者ではございますが、どうぞこれからもよろしくお願い致します」
て、丁寧な挨拶をしてるのは千麻さんらしいけど、そこまでかしこまらなくっても……。
部屋の中で立っているのは僕一人。
この異様な光景に何も言えなくなり、僕は思わず助けを乞うようにディスプレイの向こうにいるお父さん達を見た。
『ああ。皆さん本当に礼儀正しくて、優汰には勿体ないわ……うう……』
お母さんはみんなの土下座を見て感極まったのか。またハンカチで涙を拭ってる。
お父さんと或人さんは顔を見合わせると苦笑いし困ってる。
『お、お嬢さん達。どうか立ってもらえないかな? 優汰もどうすればいいか、困ってるし……』
うん。本気で困ってる。
「え、えっと。お父さんもああ言ってるし。立ってもらっていい?」
平伏したまま顔をこちらに向けた四人に苦笑いを返すと。
「お、おっけー」
「わ、わかった」
「承知しました」
「か、神がお許しになられるのなら……」
と、それぞれ緊張した面持ちで立ち上がると、軽く制服を払う。
ふぅ……一体何が起こったのかと思った。
肩の荷がおりた僕は、額の汗を袖で拭うとほっと一息吐く。
「そ、それより、何でお父さんとお母さんがそこにいるの?」
素直にそう尋ねると、口を開いたのは笑顔の或人さんだった。
『驚かせて済まない。瑠音から君の話を聞いた時に名前を聞いたのだが、有内優汰という名前に心当たりがあってね。それで麟太郎に声を掛けたんだよ』
『俺と或人は学生時代に海外留学した時に知り合ってな。互いに子供が生まれてからやや疎遠気味だったんだが。急にお前の名前を口にされてな。それで今日この場に呼ばれたんだ。本当にお前かどうか確認してほしいって言われてな』
映像に映るお父さんは普段通りの笑顔。或人さんもさっきまでと打って変わって笑みが漏れている。
『しかし、まさかお前が麗杜家のお嬢さんと知り合いだとは思わなかったぞ。どこで知り合ったんだ?』
「あ、えっと。遊んでたネットゲームで」
『ああ。確かファンタジーなんたらってやつか。他の三人もそうか?』
「う、うん。それで、最近同じ学校に通ってるって知って、それで友達になってもらったんだ」
『まさか、あなたにこんな素敵なお友達ができるなんて……母さん、嬉しくて嬉しくって……ううう……』
あーあ。お母さんまた泣き出しちゃった。
最近ほんと涙脆くなったんだよね。
ほら。お父さんや或人さんが困ってるじゃないか。
微妙な空気を仕切り直すようにコホンと咳払いした或人さんが、こっちに顔を向けてくる。
『優汰君。ひとつ聞かせてほしいんだが』
「は、はい」
『君は何故、瑠音のためにここまでしようとしたんだ?』
何故ここまでって言われたら、それは決まってる。
「その、僕にとって瑠音さんも、沙和さん達みんなも、僕にとって大切な友達だからです」
『そうか』
どこか満足そうに笑みを浮かべた或人さんが、一度真顔に戻る。
『正直、君の話は論理的ではない。筋道だっているわけでもなく、急な自分語りや他のご令嬢の話を急に出すなど、一貫性もない。言ってしまえば支離滅裂。しかも、私を説得するはずなのに煽りまでしていたのだ。お世辞にも褒められたものじゃない』
……言われてみれば。
僕なりに整理して話したつもりだったけど、結局感情的になっちゃったし、勢いで話をしちゃってた。
あれで僕の思いや瑠音さんの気持ちを伝えようなんて、無理に決まってるじゃないか。
「お、お父様。いくらなんでもその言いようは──」
『だが』
瑠音さんが思わず何か言おうとしたけれど、或人さんがそれを遮ると、にこりと微笑んだ。
『自身の辛い過去を曝け出してでも瑠音の辛さを代弁しようとし、娘のために必死に私を説得しようとした熱意は十分感じた。だからこそ、他のご令嬢をも動かしたのだろうな』
彼は僕達を一瞥すると、瑠音さんの方を見る。
『瑠音よ。優汰君の熱意に免じ、今回はお前の好きにさせてやろう』
「ほ、本当ですか?」
『うむ。だがよいのか? この機を逃せば、お前が優汰君の婚約者になる機会がなくなるかもしれんが……』
……え?
「僕が婚約者?」
よくよく考えてみたら、或人さんって、瑠音さんに恋人がいるならそっちを婚約者とする、みたいな理由があって彼女に僕を紹介させたのかも。
恋仲を割くだけなら、わざわざ顔見せなんてなくてもいくらでもできそうだもんね。
だけど、瑠音さんは元々自分で自由に恋をしたいから縁談を断りたかったんだよね?
隣の彼女を見ると、急に顔を赤くして恥じらいながら、僕の方をちらちらと見てる。
あれ? なんでこんな反応──。
「る、るとっちー。優くんの頑張りを無駄にする気ー!?」
「そ、そうだぜ。だいたいお前と同じで、優汰だって自由に恋をしたいに決まってるだろ?」
「そ、そうですよ。だいたい私達は文化祭で選ばれなかった身。誰が選ばれるかの勝負の最中ではありませんか」
どこか慌てながら沙和さん達が瑠音さんを引き留めようとしてる。
確かに千麻さんの言ってたような話はあったけど、それが断る理由なの?
色々疑問があるけれど、さっきまでの展開もあって混乱してて頭が整理できない。
えっと、これって結局、どうなるの?
僕が困った顔で様子を窺っていると、瑠音さんがひとつため息を漏らすと。
「お父様。残念ながら、私の青春はこれからですので。いつか改めて、自らの恋人を紹介できるように致しますわ」
どこか決意を決めたような顔でそう宣言した。
『そうか。願わくば、優汰君のような相手を選ぶことを願っているぞ』
「……はい」
しっかり頷いた彼女を見て、或人さんは満足そうな顔をする。
『では、今日の話はここまでだ。麟太郎。優子さん。よろしいかな』
『ああ』
或人さんが後ろの両親に声をかけると、二人が僕に顔を向けた。
『優汰。せっかくできた友達なんだ。大事にするんだぞ』
『素敵なお嬢さん達に、迷惑をかけちゃ駄目よ』
笑顔のお父さんと心配そうなお母さん。
またしばらく会えないかも。そう思うと少しさみしい気持ちになったけど、
「うん。気をつけるよ。お父さんとお母さんも仲良くしてね」
僕はそんな言葉を送ることで、未練を断ち切った。
『では今日はここ失礼する瑠音。また後でな』
「はい」
「あ、或人さん」
話が終わりそうになった瞬間、僕は思わずアルトさんを呼び止める。
『どうした?』
「あ、あの……。瑠音さんの願いを聞いてくれて、ありがとうございました」
『……こちらこそ。では』
僕が感謝の気持を伝えると、或人さんがこりと微笑むと、そのまま画面が切れ、部屋の電気が明るくなった。




