第23話:自分語り
「ゆ、優汰様!?」
僕の言葉を聞き、瑠音さんがはっきりと戸惑いの声を上げる。
だけど、僕は敢えてそっちに視線を向けることなく、彼女の前に左手だけを伸ばした。
或人さんから笑顔が消え、瑠音さんに険しい顔を向ける。
『……どういうことだ?』
「そ、それは……」
お父さんからの圧ある言葉に、瑠音さんがしどろもどろになり言葉を失う。
なんとなく脇を見なくてもわかる。今の彼女はどうしていいのかわからなくなってるって。
だけど、それでよかった。
瑠音さんには悪いけれど、僕が信じる道をいくには、これしかなかったから。
「僕が或人さんに会うため、彼女に嘘を吐いてもらいました」
『ほう。何故そんなことをした?』
ギロリとこちらを睨む或人さん。
不満を隠そうともしない表情とともに、低く圧のある声が僕の心を押しつぶそうとしてきた。
背筋が寒くなり、緊張が一気に押し寄せる。
でも、言葉を失っちゃ駄目だ。僕にできることなんて、話すことだけなんだから。
緊張感を唾とともにごくりと飲みこんだ僕は、できる限り平常心のまま、問いかけに答えた。
「あなたと話をしたかったからです」
『俺と?』
「はい」
大画面で首を傾げた彼を見ながら、僕は右手を胸に当て一度だけ深呼吸を挟むと、目を逸らさず話を続ける。
「あの。瑠音さんから聞きました。或人さんが、彼女に縁談の話を持ちかけていていると」
『ああ。そうだが』
「でも、瑠音さんはそれが嫌だったそうです。政略も絡んだ家同士の思惑に巻き込まれ、好きでもない相手の婚約者となりいつか結婚する。そんな状況が」
『……それは本当か? 瑠音』
或人さんの視線が隣に移ると、
「……は、はい……」
彼女は弱々しい返事をした。
『ふむ。お前から聞いたのは、付き合っている恋人がいるから縁談はしたくない。それだけだったと思うが……』
「は、はい……」
瑠音さん、そこまで話さず咄嗟に嘘を吐いたのか。
でも、お父さんはこれだけの威圧感がある相手だし、彼女だって麗杜家を背負ってる自負はあった。
そんな中で父親の意見を曲げるため何か言うのなんて、土台無理な話かもしれない。
ただ、最初から瑠音さんの願いを一蹴されているわけじゃないなら、もしかしたら話し合いで何とかできる可能性もある。
「或人さん。縁談って、誰のためにするんですか?」
『……決まっておろう。瑠音のため。しいては麗杜家のためだ』
「そうですか。例えばなんですけど。縁談をせず瑠音さんが自由に恋愛をすることは、許されないですか?」
『そう考えているというのなら、瑠音の思いを無碍にするつもりはない』
「それじゃあ──」
『ただし』
期待に表情を崩しかけた瞬間、まるでそれを戒めるかのように或人さんは真顔のまま僕の言葉を遮った。
『その先。結婚となれば話は別だ。瑠音は麗杜家の一人娘。次代の会長となる者。我が娘の隣に立つのに相応しい相手でなければならない。地位、身分、立ち振舞。それらを兼ね備えていない相手と婚約し、結婚するなど許されるはずもない』
それまで普通にソファに座っていた或人さんが、背もたれに深くもたれると肘掛けを使い頬杖を突く。
『瑠音の普段の生活の中で、そこまでの素養を持つものがどこまでいる? まずいないだろう。であれば、私が知る家の者の御曹司と縁談したほうが余程ましではないか?』
……駄目だ。
この人はやっぱり、瑠音さんのことなんて考えてない。
なんとなく、希望が絶望に裏返った気がした。
だけど、ここで折れたら何も変わらない。
僕は奥歯をぎゅっと噛んだ後、胸に当てていた手を強く握る。
或人さんに負けないために。
「本当に、そうでしょうか?」
『ああ。少なくとも我が家は安泰だ』
「……僕は、そう思いません」
『……ほう』
冷たい目を向けていた或人さんが、口答えをした僕に眉を動かす。
『何故そう思う?』
「……それじゃ、瑠音さんが辛いから」
『辛い?』
「はい」
嘲笑われようと、けなされようと。
絶対に目を逸らすな。絶対に曲げるな。絶対に負けるな。
僕にとって特別で、大切な友達のために。
瑠音さんの……ううん。TOP4の未来のために。
ちゃんと伝えるんだ。そこにある絶望を。
「僕は、中学校の時にいじめられてました」
『ふん。なにかと思えば。何故君の身の上話に付き合わねば──』
「僕は、瑠音さんを思って話すんです。あなたが財閥の会長に相応しい人間だというのなら。娘が本当に大事だと言うのなら。くだらなかろうと聞いてください。それすらできないというのなら、あなたは財閥の会長としても、親としてもただの薄っぺらい人間です」
高校生にこんな事を言われるなんて思っていなかったんだろう。
或人さんは少しだけ目を瞠ると、より深くソファにもたれた。
『生意気な。だが、いいだろう。君の言葉も一理ある』
一度大きく息を吸い、息を吐く。
……いくぞ。
「中学二年の時から、学校の生徒みんなから無視された二年間の中で、僕は感じました。誰かに無視されることの辛さを。そして、そんな相手と一緒にいなきゃいけなくなった時の気まずさを」
『……それで?』
「きっと、瑠音さんにとっての縁談も、そういう部分があると思うんです。親の言葉に従って始まった婚約関係は、確かに良家同士としての繋がりであったり、地位や名誉であったりといった面ではいいかもしれない。でも、互いに恋をし、相手を理解して付き合い出す恋愛とは違います。どこかで気まずい関係になったり、それこそ上辺だけの付き合いをされ冷たくされたら、きっと瑠音さんは悲しみます。だけど、お父さんのまとめた縁談。それを反故にすれば麗杜家にも、或人さんにも傷をつける。そのせいで、ただ耐えるしかないってことも起こってしまうと思うんです」
『そうかもしれん。が、それもあくまで可能性。そうならないこともあろう?』
「はい。ですが、自ら恋をし付き合うほうが、きっと納得感はあります」
過去の思い出と緊張で、ちょっと気分が悪くなってきている。
だけど、それでも僕は言葉を止めなかった。
「自分が認め、好きになったからこそ、何かあっても自分のせいだって納得できます。だけど、縁談からさっき話したような関係になったら、きっと瑠音さんはお父さんを恨むはずです」
『私を恨む……』
「はい。同じ後悔をするにしても、瑠音さんが自分で選んだほうが納得できるし、きっと自由にさせてくれた或人さんに感謝してくれる。きっとそう思うんです。中学時代、無視されてでも学校に通うと決めた僕の意見を、両親は尊重し見守ってくれました。僕は今でもその時の事を感謝してます。お母さんはよく『辛いなら無理しなくていいんだよ。転校したっていいんだよ』とい言ってくれたけど。それでも、僕にが選んだ道を受け入れてくれて、一緒に寄り添って暮らしてくれた。だから僕は救われたし、両親の子で良かったと思えましたから」
こんな話、本当に通じるんだろうか?
変な話をしているただの若造。そう思われないだろうか?
正直、頭がふわふわして上手く話せてる気がまったくしない。
だけど、伝えたい気持ちだけは忘れちゃ駄目だ。
「僕は瑠音さんがお父さんのことをそう思ってほしいし、或人さんが本当に彼女を大事だと思ってるなら、そういう気持ちで接してほしいって思ってます。間違いなく或人さんは色々経験してるし、僕のしている話が夢物語だとわかってるかもしれないけど。……それでも、そう思ってあげてほしいんです」
一度言葉を切り、僕は改めて深呼吸すると或人さんにこう願いでた。
「きっと、瑠音さんが納得した相手と結婚した方が、未来の会長の為にもなる。だから、瑠音さんに、自由に恋をさせてあげてくれませんか? 彼女の友達も、そう思ってますし」
『瑠音の友達……荒井家、武氏家、長月家の令嬢達か?』
「はい。みんなも今回の件は同情してましたし、不安にもなってました。急に婚約者ができたりしたら、友達関係も変わってしまうんじゃって」
『ふむ……』
僕の言葉に対し、じっとこっちを見つめる或人さん。
ただ、僕の願いを聞いても表情はあまり変わってないし、納得したような空気も感じない。
……やっぱり、僕みたいな部外者の言葉なんて伝わらないのかな。
「お父様。優汰様の言葉は全て真実。ですから、どうか彼の言葉を信じてくださいまし!」
僕の弱気に割り込むように、瑠音さんの悲痛な声がする。
だけど。
『瑠音。今は彼と俺との会話の最中。口を出すな』
「っ……」
或人さんの冷たい言葉に、彼女はそれ以上何も言えなくなった。
ちらりとだけ横を見ると、瑠音さんは歯痒さをはっきりと顔に出している。
『優汰と言ったな。君の熱意と気持ちは分からんでもない。だが、君本人のことは調べれば真偽などすぐわかるであろうが、瑠音の友達の話はどうだ? 娘を騙しここに来た君の言葉。それを信じるに値する何かはあるのかね?』
……あ。しまった……。
或人さんの言葉を聞いた瞬間、僕は絶望した。
そうだ。僕は自分を偽らずに行動した。だけど、その為に嘘を吐いたじゃないか。
それで僕の言葉を信じてもらおうなんて、流石に虫が良すぎる。
あの人に信じてもらえる可能性を自ら潰しちゃったんだ。
これじゃ、もう……。
心の中で何かが崩れる音がして、思わず俯きかけた、その瞬間。
バンッと勢いよく部屋のドアが開いた音と共に。
「頼もぉー!」
聞き覚えのある声で、誰かがそう叫んだんだ。




