第22話:偽りの心
これで三度目となる、瑠音さんの別宅への訪問。
面条さんとマンションのエレベーターに乗り目的の階まで移動すると、彼の案内で部屋の中に入った。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
そこで待っていたのは、僕と同じ制服姿の瑠音さん。
心なしか表情が固く見えるのは、多分気のせいじゃないと思う。
「ごめんなさいね。このような時間からで」
「大丈夫だよ。明日は休みだし」
「時間までもう少しあるわ。少しお茶でもしましょうか」
「うん。わかった」
踵を返し歩き出す彼女に続き、僕もマンションの奥に歩いていく。
そして、最近座り慣れてきた窓際のソファに、向かい合って腰を下ろした。
「えっと、お父さんはここに来てるの?」
「いいえ。仕事で出張先からリモートで顔合わせになるわ」
「そうなんだ」
「失礼致します」
座ってすぐに状況を確認していると、面条さんが側にやってきた。
手慣れた動きで紅茶のセットを置き、僕と瑠音さんのティーカップに注いでいく。
「では、失礼致します」
余計なことは何も言わず、普段通りに会釈をした彼が去っていくと、瑠音さんは一口紅茶に口をつけると、じっと僕の方を見た。
「……改めて言う事ではありませんけれど。優汰様は今日、私の恋人。よろしくて?」
「……うん」
そう。僕は偽らないといけない。
短く返事をした後、僕も紅茶を口にすると、ほっと一息吐く。
「別に緊張して構わないし、堂々とする必要もないわ。説明などは私がするから、優汰様は優汰様らしく振る舞ってもらえば大丈夫よ」
「うん。わかったよ」
しっかりと頷くと、瑠音さんが少しだけ不思議そうな表情をする。
「……優汰様。随分落ち着いてますわね」
「そうかな? さっきから心臓がバクバク言ってるけど」
「あら。そのようには見えませんけれど」
「だとしたら、きっと瑠音さんのほうが緊張してるから、そう見えちゃうんじゃないかな」
軽く微笑んであげると、彼女はちょっと驚いた後、ふっと微笑む。
「やはり優汰様は頼もしいですわね」
「そうかな?」
「ええ。私が見込んだ通り。婚約者役としても適任だわ」
その表情に少しだけ普段通りの瑠音さんっぽさが見て取れる。
僕は少しだけ安心すると、もう一口だけ紅茶を飲むとティーカップを皿の上に戻す。
紅茶に映る自分の顔は、確かに思ったより落ち着いて見える。
うん。これならきっと大丈夫。きっと。
「お嬢様。或人様の準備が整いました」
ふぅっと大きく息を吐いた直後。面条さんが瑠音さんにそう声を掛けてくる。
多分、或人っていうのがお父さんの名前かな?
「では、優汰様。参りますわよ」
「うん」
僕は彼女と共にゆっくりと立ち上がると、面条さんに続き歩き出した。
◆ ◇ ◆
僕達が案内されたのは、一度別宅の部屋を出て、廊下を渡って入った別の部屋だった。
床は柔らかなグレーのカーペットのようなものが一面に敷き詰められ、白い壁には幾つかの絵画が飾られている。でも、それ以外にテーブルや椅子もないどこか殺風景な部屋。
部屋の奥には大きなディスプレイと思わしき画面と、天井からぶらさげられた大きなスピーカーがある。
扉の脇に逸れた面条さんをそのままに、瑠音さんは部屋の中に入っていく。
それに続くと、彼女は部屋の中央付近で歩みを止めた。
並んで足を止めた僕は、ごくりと唾を飲み込む。
さっきまで落ち着いていたつもりだったけど、いざ本番となると一気に緊張感が襲ってくる。
「では、失礼致します」
面条さんが背後でそう挨拶すると、少しして扉が閉まる音がした。
……そろそろだよね。
もう一度胸に手を当て、大きく深呼吸をする。
「優汰様。よろしいかしら」
「……うん」
瑠音さんの確認に一泊おいて応えると、彼女も小さく頷く。
と。それを合図にして、部屋の照明が落ち、変わりにディスプレイの電源が入った。
画面に映ったのは、どこか瑠音さんに似たスーツ姿の金髪の中年男性。
なんとなく見た目に結構若く見えるけど、僕はそんなことがどうでもよくなるくらいの緊張感に襲われた。
壁一面のディスプレイの大きく映った瑠音さんのお父さんが、目を細め鋭い視線でこちらを見つめている。
直接会っていたってきっと緊張したと思う。だけど、やっぱり大画面に映っているという圧はそれ以上。
瑠音さんに劣らない高貴さと威圧感に、僕は緊張で思わずもう一度唾を飲み込んだ。
「お父様。約束通り彼をお連れしましたわ」
『うむ』
瑠音さんに頷いた画面先の彼の目が、ギロリとこっちに向けられる。
『このような形で顔合わせとなってしまい済まない。私は瑠音の父、麗杜或人だ』
「え、えっと、有内、優汰です。よろしくお願いします」
想像するより低く厚みのある声。
或人さんの表情も相まって、軽く頭を下げた僕の背筋を一気に伸ばさせた。
や、やっぱり財閥を束ねている人って、なんていうかオーラとかが全然違う。
瑠音さんだってそういう一面はあったけど、その比じゃない。
そんな現実が、改めて彼女が良家のお嬢様だって再認識させる。
……ふぅ……気負っちゃ駄目。目を逸らしたら駄目。
僕は僕らしくいくんだ。だからこそ、今この現実を直視するんだ。
緊張は拭えない。
だけど、それでも僕はじっとディスプレイに映る或人さんを見つめていると、彼が「ほう」と感心したような声を出す。
『中々肝の座っている青年じゃないか』
「私が選んだ相手ですもの。麗杜家にふさわしい胆力は持ち合わせておりますわ」
瑠音さんが正対したままそう口にすると、或人さんは少しだけ笑みを浮かべる。
『そうか。お前も少しは男を見る目はある、と』
「あ、当たり前ですわ。馬鹿にしないでくださいまし」
褒められたのが恥ずかしかったのか。それとも或人さんの顔を見て嘲笑と捉えたかはわからないけど、瑠音さんは両腕を組むと少しふてくされた顔をする。
……財閥の会長とその娘であっても、やっぱり家族は家族なのかな。
さっきまでの雰囲気から少しだけ空気が変わったのを感じて、僕も肩に入っていた力が少しだけ抜ける。
そんな中、或人さんは再び笑みをしまうと僕のことを見た。
『それで。娘から聞いているが、君が娘と付き合っているというのは本当かね?』
……きた。
絶対聞かれるであろう質問。心構えをしていたからこそ、僕はそこでビクつくことはない。
……よし。ここからだ。
ここからはもう、僕は僕を偽らない。
心に決めた思いを改めて確認した僕は、じっと或人さんを見つめたまま、しっかりとこう口にしたんだ。
「いいえ。違います」
って。




