第21話:光明
『そうですね……』
ゆっくりと口を開いた千麻さんは、こちらに顔を向けると噛みしめるようにこう言った。
『これまでと同じように誕生日を迎えられたら……それだけで、十分です』
「これまでと、同じ?」
『はい』
小さく頷いた彼女は切なげ顔で前を向くと、じっと雨の流れる天井の方を見つめる。
『今までもずっと、私達は幼馴染として互いに気兼ねなく誕生日を祝ってきました。優汰君と友達になったことで、そういった祝い事もより素敵なものになる。そう思っていました。でも、瑠音のお話があってから、それは変わろうとしています。瑠音の願いの先にあるのは、優汰君との偽りの婚約者と過ごす時間と、見知らぬ婚約者とのお付き合い。私達が友達であることが変わらないとしても、どこかで気を遣い、遠慮をし、今までのようには振る舞えない。そんな時間です』
……確かに、そうだと思う。
瑠音さんからお願いされた日、沙和さんも言ってた。
──「るとっちの婚約者ってなったら、あーし達と優くんの友達付き合いにも支障でそうだし、ずっとそうなっちゃうのは悲しいもんねー」
こういった一面は、色々な所で影響してくる。
だからこそ、千麻さんは素直に誕生日を祝われるのを喜べなくなってるのかもしれない。
『……遅かれ早かれ、人と人の関係は変化していくものなんですよね。この神殿のように』
確かに、この神殿も過去には沢山の人が訪れた、素敵な神殿だったのかもしれない。
だけど、何かが起こり環境が変わった結果、こんな風に朽ちてしまったんだと思う。
『優汰君とリアルで知り合ってから、まだ一ヶ月。できれば私はもう少し、みんなとの関係が今のまま続いてくれたら。そう思っていますが……』
より上の天井を見上げた彼女が、静かに目を閉じひとつ大きなため息を漏らす。
千麻さんはそれ以上のことを言わなかったけれど。
──『それもまた、儚い夢なのかもしれないですね』
何となく勝手にこう続くんじゃないか。そう思っていた。
喜世さんは、僕がどんな選択をしても構わないと言った。
……僕の選択は、何かを変えられるんだろうか?
何かを変えずに済むんだろうか?
誰の望みを叶えることになるんだろうか?
誰の望みを断つことになるんだろうか?
『……すいません。困らせちゃいましたね』
ふと耳に届いた声に顔を向けると、千麻さんが苦笑いをしている。
多分、僕が頭を悩ませているのが顔に出ちゃったんだと思う。
『瑠音のお父さんと会われる日は決まったのですか?』
「うん。今度の金曜の夜だって」
『そうですか。優汰君。私へのプレゼントなんて気にしなくて構いませんから。今は瑠音の事を考えてあげてくださいね』
「……うん。わかったよ」
本当はそう返したくなかったけれど、確かに瑠音さんの件が一区切りつかないと、千麻さんだって気持ちが落ち着かないと思う。
だから、今は素直にそう返しておいた。
にこりと微笑んだ千麻さんが立ち上がると天使のような像に向き直り、祈りを捧げるエモートをする。
しばらくそのまま動かなかった彼女は、祈りを終えると僕の方を見た。
『では、私はそろそろ勉強に戻りますね』
「……うん。付き合ってくれてありがとう」
慌てて僕は立ち上がりペコリと頭を下げるエモートを出す。
『いえ。それでは、また』
「うん。おやすみ」
『おやすみなさい』
彼女も小さく会釈するエモートを返すと、僕に小さく手を振った彼女の姿がそのまま神殿に溶け込むように消えていく。
それに合わせるように、耳元に千麻さんがイズコのチャットルームから抜けたであろう通知音が届いた。
この場に残された僕は、再びさっきの場所に座り直し、ぼんやりと神殿の中を見つめる。
……僕は、どんな未来を選択すべきなのか、未だわかってない。
千麻さんと話した事で何か方向性が見えたかといえば、そんなこともないし、なんなら悩みはより深くなった気がする。
「はぁ……」
僕は、どうすればいいんだろう。
もやもやとした晴れない気持ちでいると、周りがふっと明るくなった気がした。
自然と顔を上げると、降っていた雨があがったのか。天井の隙間から入り込んでいた雨粒はもう見えない。
さっきより少し弱くなった流れ落ちる雨の水。それが外から入り込んだ日の光でキラキラと輝きだし、神殿内をより明るく照らし出す。
と。その瞬間。
ふっと頭にあるシーンが浮かんだ。
──『優くん。あーし達、ぜーったい優くんを幸せにするから』
──『そうですわね。貴方様の辛い過去など、私達との想い出で薔薇色に染めてみせますわ』
──『ま、お前も今までと違うプレッシャーはあるだろ。だけど、俺達がお前にとってのTOP4だってなら、俺達だってお前にとってのTOP4でいてやるよ。この先お前に友達ができても、それでも俺達が最高の友達だって言わせてやる』
──『はい。ですから、これからも共に歩みましょう』
それは、僕がみんなに過去を話した時に見た、みんなの姿だった。
真剣な表情の沙和さんと瑠音さん。
笑顔を見せる喜世さんと千麻さん。
みんなのあの言葉をもらった時、僕はこう思った。
TOP4のみんなと友達でよかったって。これからも友達でいたいって。
僕にとって特別で、とても大事な友達四人。
みんなが望む世界はどんなものなのか。それはわかってる。
それじゃ、僕は?
僕はどんな結末を望んでる?
僕達はみんなにどういてほしい?
……そうか。
僕がどんな選択をしてもいいのなら、僕は僕が望む選択をすればいいんだ。
僕は、みんなとこれからも友達でいたいんだから。
そして、みんなに笑顔でいてほしいんだから。
だから──。
その場で立ち上がった僕は、まるで夢のように輝く神殿の中、ひとりある決意をしたんだ。
それが、僕の願う未来に繋がると信じて。
◆ ◇ ◆
あれから二日が経ち、運命の金曜日がやってきた。
僕は学校の制服姿のまま、面条さんが運転する車の後部座席に座り、車窓の先で流れる夜景をぼんやりと眺めていた。
中間テストは無事終わったけど、僕はイズコでみんなに今日の話が終わるまではシャインズ・ゲートに入らないでおくって伝えておいた。
瑠音さんのお父さんが、どんな人かはわからない。
ただ、僕だってTOP4の四人や只野先輩達以外とまともに話してないし、大人相手となればなおのこと話し慣れなさから何も言えなくなるかもしれない。
だから、少しでも頭の中で整理して、ちゃんと話をできるようにって心構えをしないとって思ったんだ。
相手がわからない以上、脳内でシミュレートできるわけじゃないし、緊張感だって拭えない。
でも、そこはもうそういうものと思って諦めてる。
実際、今だって既に緊張で手汗を掻いてるくらいなんだから。
ちなみに、中間テストが一段落ついたからか。
それとも噂話が巡り巡って流れてきたのか。
急にクラスメイトから喜世さんを名前で呼んじゃった件を質問されるようになったけど、そこはもう自分が興奮しちゃって、最近知ったばかりの名前を呼んじゃっただけって話でごまかした。
これは葛橋臨海公園で喜世さんと会った時にこうするって口裏を合わせてた内容だったし、一部は事実だからこそ普通に伝えることができた。
勿論、僕達の関係性を勘ぐる生徒もいたけど、沙和さんがきっかでTOP4と知り合ったばかりだし、こんな僕に喜世さんが興味を持つわけないでしょ? という話をしたら、みんなは妙に納得して受け入れてくれた。
まあ、誰だって陰キャな僕が積極的にTOP4と話してるなんて、信じられるはずないしね。
悲しいけれど、この理由は無駄に説得力が高かったと思う。
窓の外の景色がちょっと見慣れてきた町並みに変わった頃。
「まもなく到着致します」
面条さんの落ち着いた声が運転席から届く。
……そろそろ本番。
僕は緊張をほぐしたくて、目を閉じ右手を胸に当てると大きく深呼吸を繰り返す。
僕が選ぶ選択で、すべてが決まる。
そんな不安は勿論あったけど、答えを決めて挑めるだけ気持ちは楽。
あとはやれる限りの事をして、運を天に任せるだけ。
……よし。がんばろう。
大切な友達のために。
僕は静かに目を開くと、再び流れる車窓にめをやりながら、運命の時が来るを待っていた。




