第20話:思いつき
『お待たせしました』
イズコで通話を繋いで少し。聖職者のような服装をした冒険者装備の千麻さんが姿を現した。
テスト勉強とかで最近ログインしていなかったから、久々に見た彼女の神秘的な雰囲気にちょっと息を呑む。
『どうかしましたか?』
僕が何も言わなかったからか。彼女が眼鏡を直しながら首を傾げる。
「あ、ううん。別に。それより、わざわざこっちに来てくれてありがとう」
『構いませんよ。私も先ほどログインしたばかりで、目的もございませんでしたので」
千麻さんが微笑むと、僕の脇に並んでカルディアな神殿を見上げる。
『随分古そうな神殿ですね』
「そうだね。あ、そういえばここの宝箱って開けてる?」
『いいえ。こちらに来たのは今日初めてでしたので』
「そっか。ちょっと付いてきてくれる?」
『はい』
僕は彼女を引き連れて中に入ると、そのまま神殿の一番奥にある天使のような石像の前に置かれた宝箱まで案内した。
「これなんだけど。開けてみてくれる?」
『はい。……これは、装備重量を増やせる装備ですか?』
「うん。僕も同じのだったから、ここは固定でこれが出るみたいだね」
『そうなのですね。素材集めで狩りをしてもすぐ重量を超えてしまいますから、序盤の救済用なのかもしれないですね』
「たしかにそうかも」
二人でそんな会話を交わしていると、ふとひび割れ崩れ落ちている天井から漏れている光が消え、神殿内が少し暗くなった。
「あれ?」
思わず僕が天井を見上げると、どこかからさーっという音が耳に届く。
とほぼ同時に、空いている天井から、雨粒が降ってきたのが見えた。
『雨ですね』
「本当だね」
僕達のいる辺りはちゃんと天井もあるから雨に濡れることはない。
ゲーム内では雨が降ると、水属性の魔法や技が強くなって、火属性の魔法や技が弱くなったり使えなくなったりってことはある。
一応着ている服や自分達も濡れたりってのはあるんだけど、結局はゲームだしそこまで影響を受けることはない。
ただ、ここでは宝箱以外になかったし、イベント的なものも何もない。
一人だったらこのままぼんやり雨宿りするところだけど……。
「どうしよっか?」
『そうですね……』
念のため千麻さんに聞いてみると、彼女は遠くの穴の空いた天井を見ながらちょっと人差し指のみ顎に当て考えた後。
『優汰君が問題ないのであれば、ここで雨宿りするのはいかがでしょうか?』
そんな提案をしてきた。
なんとなく、僕に気を遣ってくれたのかな?
これまでの僕だったらきっとこうする。何となくそれを理解している千麻さんだからこそ、そうじゃないかなって気持ちになる。
まあ、元々勉強の息抜きでログインしたし、僕はこういう景色のをのんびり見るのも好き。断る理由なんてまったくない。
「じゃ、そうしよっか」
『はい』
互いに笑いあうと、どちらからともなく目の前の段差に並んで腰を下ろす。
「そういえば、千麻さんはどれくらい休憩するつもりだったの?」
『具体的には決めていませんでしたが。優汰君は?』
「僕もあんまり。一応テスト範囲の勉強自体はできてたし」
『流石ですね』
「そんなことないよ。きっと千麻さんもそうじゃない?」
『ふふっ。そこはご想像にお任せします』
微笑みながらも、どこか自信を感じる態度。
きっと彼女もそういうところはちゃんとしてそう。
僕は彼女に微笑み返すと、顔を遠くの天井に向けた。
雨が天井に溜まりだしたのか。崩れた天井の端から水が細い滝のように流れ落ちる。
遺跡のような神殿をより神秘的に見せる、ファンタジーだからこそ経験できる光景に、僕は目を奪われていた。
「凄いなぁ。あんな水の流れまで再現してるなんて」
感心しながらふと横を見ると、こっちを見ていた千麻さんと目が合った。
あれ? 雨を見てたんじゃないの?
僕がそんな疑問を持つのと、彼女が頬を染め僕から顔を逸らしたのはほぼ同時だった。
『そ、そうですね。本当に、現実かと錯覚するくらいの演出ですよね』
ちょっと慌てながらそう言葉を返した彼女が、バツの悪そうな顔をしながらちらっと横目で僕を見る。
「え、えっと、僕の顔に、何か付いてた?」
思わずそう口にしたけど、よくよく考えたらゲームの中なんだ。動いてもいない時に何か付いてるなんてありえないじゃないか。
自分の意味不明な言葉と見られていた気恥ずかしさが重なって、顔が紅潮するのがわかる。
『す、すいません。や、やはりその、優汰君の素顔を見られる機会なんてその……な、中々ないもので、思わず見惚れておりました……』
そ、そっか。み、見惚れてたんだ……。
一人称視点だから忘れがちなんだけど、ゲーム内の僕は顔出ししてるから表情が丸わかりだったっけ。
視線を落とし目を伏せた千麻さんの恥ずかしそうな声が、より僕の羞恥心を煽る。
それに耐えられず咄嗟に顔を背けると、気持ちをごまかすため再び滝のように流れる雨に目をやった。
でも、そこから互いの言葉が続かない。
雨音と流れる水が床に落ちる心地よい音を聴きながら、僕達はただ沈黙する。
ど、どうしよう。
千麻さんと二人っきりになると、いっつもこんな感じになっちゃうんだよね。
話すネタ……話すネタ……そ、そうだ。
「あ、あの。千麻さん」
『は、はい』
「えっと、千麻さんって、来月誕生日だよね?」
『え? 何故知ってらっしゃるのですか?』
横を見ると、彼女がちょっと驚いた顔をする。
「あ、えっと。この間、只野先輩が教えてくれたんだ。確か六月六日だよね?」
『は、はい。そのとおりです』
千麻さんは僕の質問に少し戸惑ってるみたいだけど、急に聞かれたら確かに驚いちゃうよね。
……あれ? でもこの先、どう話を広げればいいんだろう?
えっと、えっと……。
「ち、ちなみに、誕生日に何か欲しい物、あるかな?」
って、僕は何を聞いてるの!?
その話は沙和さんに教えてもらったじゃないか!
僕が選んだ物ならきっと喜んでくれるって……。
思いつきで会話しているせいで、失敗ばかりしてる自分が情けなくなる。
だけど会話を振ったのは自分。そう思い直して千麻さんの答えを待っていると、彼女はふっと目を伏せた後、何故か寂しげな笑みを浮かべたんだ。




