第18話:ご褒美
「瑠音のために真剣に悩んでやってるのもそうだけど、今日の応援だってそう。お前は道中で赤の他人を助けて、間に合わないかもしれない試合に必死に駆けつけて、なんならなり振り構わず俺を応援までしてよ」
「そんな。僕なんて全然だよ。もっと早く家出ればよかったのにそうしなかったし、思わず名前で呼んじゃったし……」
「ばーか。それがいいんだよ」
自分のダメさ加減にちょっと落ち込みそうになったけど、彼女はそれを笑い飛ばす。
「お前の必死さに本気を感じたからこそ、俺は思えたんだ。あの日、俺は優汰に力をもらったんだろ。勝って見せるって約束したんだろ。だったら、ここで終われるわけねえってさ」
少し風が強くなり、お互いの髪がなびき乱れる中、彼女は体ごとこっちを向く。
「あの瞬間まで、俺はプレッシャーでまともな動きじゃなかったし、相手に狙われて疲れ切ってた。でも、お前の本気の声援があったから変われたんだ。実際、俺とお前の立場が逆だったら、俺はあそこまでできなかった。TOP4として下手に注目を浴びているせいで、お前に迷惑がかかるんじゃ。そんな事を考えちまったに違いねえ。だからお前は凄いんだ。本当によ」
普段の笑顔とはどこか違う、まるで夕日のように優しい笑みを浮かべた喜世さん。
彼女の言葉で自分に自信が持てるかと言えばわからない。
ただ、喜世さんの微笑みを見て、本気でそう思ってくれたんだっていうのはしっかりと伝わってくる。
「なあ。優汰。もしお前が瑠音を選んだとしても、俺や沙和、千麻と友達でいてくれるか?」
「え? 勿論だよ。僕はみんなと友達でいたいし」
「そっか。だったら、お前がどんな選択をしたって構わないぜ。お前が本気で瑠音のことを考えて行動するなら、きっとそれが奇跡を起こすさ。今日みたいにな」
僕が瑠音さんのことを考えて行動すれば、か……。
その答えは出てないし、奇跡が起きるなんて流石に都合が良すぎると思う。
だけど、なんだろう。
喜世さんにこう励まされると、理由もないのに何とかなりそうな気がしてくるから不思議かも。
「……うん。ちょっと僕なりに考えてみるよ。まあ、その前に中間テストを頑張らないとだけど」
僕はそう言って笑顔を返すと、瑠音さんがげっという顔をした後、げんなりしながら頭をガシガシと掻く。
「やっべっ。そういや明日からなんだよなぁ。面倒くせえ……」
でも、確かに今日まで必死にバレー部のフォローをしてきたのに、いきなり明日から中間テストってなれば、こんな顔にもなるよね。
それでも、喜世さんが頑張れるようにするなら……。
思い浮かんだ方法に、少し自分の胸のドキドキが強くなる。
で、でも、喜世さんのためにも、頑張らなきゃ。
「優汰。どうしたんだ?」
緊張していた僕に気づいた喜世さんに対し、僕は数歩前に出ると、意を決して彼女をギュッと抱きしめた。
「ゆゆゆ、優汰!?」
背が低いせいで、彼女の首下付近に顔がいく。
ジャージからほのかに感じる汗の匂いが、海の香りと交じる。それは別に嫌じゃないけど、そこに喜世さんがいるって改めて強く感じる。
「な、なんでこんな──」
「や、約束したし」
──「あ、あのよ。もし今度の試合で勝ったら、ご褒美にまたしてくれねえか?」
──「え? また?」
──「ああ。その、やっぱそういうのがあると、より頑張れるしよ。な? 頼む!」
そう。これは以前、彼女と交わした約束。
「そ、それに……こ、こういったのがあれば、喜世さんも中間テスト、頑張れるかなって」
今日のことだってそうだったんだし、きっとこうすればやる気が出るんじゃないかって思ったんだけど。僕が空回りしてたらどうしよう?
ちょっと不安になって上を見上げると、顔を真っ赤にし目を丸くしていた喜世さんと目が合った。
「……ったく。優汰。ありがとな」
瞬間。ふっと優しい目をした喜世さんが、少し前屈み気味になり背の低い僕を両腕で抱きしめ返してきた。
そのまま、ふっと脇を掠める彼女の顔。
直後、頬に何か柔らかい物が触れた感触と一緒にちゅっという音が耳元で聞こえ──。
「……え!?」
僕が思わず目を丸くすると、彼女は僕をギュッと抱きしめたまま。
「お、お前が急にこんなことをしてくれたから、その……し、仕返しだ」
少し恥ずかしそうな声でそう言っていた。
し、仕返しにしたって、頬にキスなんて……。
一気に僕の恥ずかしさが頂点に達し、さっきまでの比じゃないくらい顔を真っ赤にしてしまう。
自分から抱きしめたくせに、その熱を冷ますかのような潮風に、ふっと我に返る。
よ、よく考えたら、周りに人がいたりしない!?
見える範囲を目だけで追うと、ずいぶん遠くに家族連れが見えたりはしたけど、こっちを見ている人も、近くにいる人もいなさそう。
それにはほっとしたものの、早くなった鼓動が収まる気配はない。
ほ、ほんと僕は駄目だ。後先考えずに行動して、結局やめ時に困ってる。
喜世さんが離してくれる様子もないけど、この間も喜んでたからそこは安心かも。
ただ……頬とはいえ、キスをされたんだよね……。
き、喜世さんも、TOP4のみんなも時々妙に大胆になるよね。
ベッドで僕に抱きついてきた千麻さんや瑠音さんも、お風呂場に入ってきた沙和さんも……。
みんなのこういう触れ合いにも慣れないとって思ってるけど、やっぱり今の時点で慣れる雰囲気はない。
っていうか、そんなも無理だよ。みんな魅力的な美少女なんだし……。
ほんと。これまでの学校生活とここ一ヶ月の生活が変わりすぎて、一体僕に何があったんだろう? って改めて感じてしまう。
「はぁ……これが最後にならなきゃいいんだけどな……」
と、小さなため息と共に、耳元で喜世さんの声が聞こえる。
「え? これが最後?」
「ああ」
喜世さんが腕の力を抜き、僕を解放する。
お、終わりにしてもいいのかな?
僕も同じように手を広げ彼女から離れると、顔を赤くしたまま彼女は少し寂しそうに笑う。
「もしお前が瑠音を婚約者に選んだら、友達とはいえあんまりこういうこともできなくなるだろ」
「あ、そっか……」
今はまだ友達だからいいかもしれないけど、確かに恋人がいるのにこういう事を他の女子にしてたら不誠実だよね。
まあ、今が問題ないのかも怪しいけど、TOP4のみんながこういう事をしてるって言うんだから、多分大丈夫だとは思う。多分……。
「だ、だから、公園にいる間だけでいいからよ。その……手、繋がせてくれねえか」
「え? 手を、繫ぐの?」
「あ、ああ。だ、駄目か?」
こっちの様子を窺いながら、自信なさげに尋ねてくる喜世さん。
ま、まあ、腕を組むとかよりはなんとなく悪くないし、何より今日は喜世さん頑張ってたもんね。
「い、いいよ。今日も頑張ってたし、ご褒美ってことで」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ、いくぜ」
「う、うん」
エスコートするかのように、彼女が僕の脇に立ち率先して僕の手を握る。
ぼ、僕も握り返したほうがいいんだよね?
ぎゅっと握り返してあげると、喜世さんが少しはにかむ。
「そ、それじゃ、もう少し散歩すればいいかな?」
「あ、ああ。そうしようぜ」
互いに緊張しながら、僕等はその後も公園を散歩したんだけど、手が触れていることとか、歩幅合わせなきゃとかそっちばっかりに気がいって、少しの間だけど悩む気持ちを忘れられたんだ。
……ずっと、恥ずかしかったけど。




