第15話:ふたつの話
「え? 僕に」
思わず問い返すと、瑠音さんはこくりと頷く。
「ふたつ目の話は喜世にも聞いてほしいから、先にひとつ目の話をするわ。よろしくて?」
「う、うん」
僕が関係する話って、何かやらかした……あ。もしかして、遅刻した事を怒られるとか?
いくら人助けをしたりしたからって、試合までの時間を考えなさすぎだったと思うし、それを怒られたって仕方ないよね。
心当たりがあったからこそ、先に心構えをして彼女の言葉を待っていると、瑠音さんはゆっくりと口を開いた。
「優汰様。貴女は喜世を応援した時、あの子の名前を呼んだわよね」
……え……あ!!
──「喜世さん! がんばって!」
確かに僕、思いっきり喜世さんの名前を呼んでた……。
あまりの失態に僕は顔を青ざめさせた。
あの試合で先輩も僕の存在に気づいてたけど、もしかしてあれって、僕が喜世さんの名前を叫んだことで、どんな関係か聞かれたんじゃないのかな?
もしかして、あの後も色々な生徒から質問攻めにあってるんじゃ……。
思わずその場で無言で俯き奥歯を噛んでいると。
「優汰様。顔をお上げになって」
瑠音さんが少し優しい声で僕に声を掛けてくれた。
顔を上げると、こちらの表情を見て気を遣ったのか。彼女は小さく微笑んでくれる。
「私は別に、貴女を責めたいわけじゃありませんのよ。実際、必死に会場に駆けつけた貴方様が、あの場で喜世を名前で呼んだからこそ、あの子もまた力を振り絞り勝利したのは間違いありませんもの」
「だよねー。あの瞬間のるとっちの笑顔! ぜーったい優くんが来たーって喜んだ顔してたっしょ。しかもあの後、胸に指をトントンとかして合図しちゃってさー。あまりのエモさにあーしも興奮したもん!」
うんうんと相槌を打つ沙和さんを見て、瑠音さんが急に捲し立てるように話し始めた。
「ですわよね! 私もあの光景にはいたく感銘を受けましたわ。なんなら、私も応援いただく機会があるのならば、是非あのように応援いただきたいと強く思いましたもの! 優汰様に本気で名前で呼ばれ声援を受けるなんて。嗚呼。喜世はどこまで幸せ者なのかしら。もし私が喜世と同じ立場にたったとしたら。そう考えるだけで、私も興奮が収まりませんわ!」
興奮しながら矢継ぎ早に話をすると瑠音さん。
あれって完全に僕が我を忘れて名前を口にしちゃっただけなんだけど。そこまで嬉しいものだったんだ。
で、でも、喜世さんの状況を悪くしたはずだよね? それなのに、あの応援でもよかったの?
「コホン」
何て返せばいいのかもわからず呆然としていると、ますます熱を帯びそうな瑠音さんに釘を差すかのように、軽く咳き込んだのは千麻さんだった。
「瑠音。気持ちは痛いほどわかりますが、本題から話が逸れていますよ」
眼鏡を直し冷静にそう言ってるけど……千麻さん、瑠音さんの気持ちが痛いほど気持ちがわかるんだ。
あの時の僕の応援を見て、青春みたいなのを感じたとか?
瑠音さんがそこまで興奮する理由がわかってないせいで、なんとなくもやもやが晴れない。
僕が首を傾げたのを見て、瑠音さんもまた軽く咳払いをすると、少し顔を赤らめたまま表情を引き締める。
「と、とにかく。あそこで名前を呼んでしまった理由はともかく、この先のことを考えるのでしたら、名前で呼んでしまった理由を考えておいたほうが身のため。それをお伝えしたかったのですわ」
「そっか。確かに明日学校とかで色々言われそうだもんね」
「そうですね。とはいえ、喜世が周囲にどう弁解していたかにもよりますので、後ほど彼女が来てから口裏を合わせたほうがよいかと」
「だねー。喜世って文化祭の投票では四番目だったけどー、ファンの熱の入りようは一番って言っても過言じゃないしねー」
そうなんだ。
個人的には沙和さんのファンとかのほうが彼女とよく話してて積極的な印象があるけど、それはあくまで友達寄りってファンが多いのかな?
それはともかく。
「助言をありがとう。喜世さんが来たら相談してみるよ」
僕は感謝を伝えると、一度ストローを吸い和紅茶フラペラテを口に含む。
これでひとつ目の話は落ち着いたと思う。でも、まだ話は終わってないんだよね。
和紅茶フラペラテをゴクリと飲み込んだ僕は、同じくキャラメルフラペオレを少し飲んだ瑠音さんに話しかけた。
「えっと、それでもうひとつ僕に話があるんだよね?」
「え、ええ。そうね」
……あ。またあの時の顔だ。
さっきまでだって真剣な顔をしてたけど、それとは違う少し憂いのある表情。
これって多分、さっきより重い話ってことなのかも……。
あからさまに空気が変わったのを見て、沙和さんも笑顔を隠しちょっと真剣な顔をする。
「ね。それってー、最近るとっちがずっと悩んでるやつ?」
「え?」
突然のツッコミに、瑠音さんは焦ったのか目を泳がせる。
「べ、別にずっと悩んでなどおりません──」
「はい嘘ー! あーし達、どれだけの付き合いだと思ってんの。ね? ちっちー」
「ええ。ここ一週間、あなたが何か考えこちらの話を聞いてない事も多かったじゃないですか。流石にそれで隠し通せていると思われても困ります」
二人の言葉に押された瑠音さんは、一度そっぽを向くと大きなため息を漏らす。
「……ま、そうね。私もあれで隠せるとは思っていなかったもの」
「でしょー? ちなみに優くんは気づいてた?」
「う、うん。時折何か言いたげだったから。でも、話したくないなら無理強いはしたくないなと思って、深く突っ込まなかったけど」
「……ほんと。情けないわね」
瑠音さんがふっと自嘲すると、改めて背筋を正し僕達の方を見る。
「迷惑をかけていたのは謝るわ。ただ、これは私にとって、先程の話以上に重い話だわ。……いえ。私だけではなく、優汰様にも。沙和や千麻。喜世にとっても」
「え? あーし達にとっても?」
その言葉には、流石の沙和さんや千麻さんも目を丸くする。
僕に対する話なのに、他のみんなも関係する話ってなんだろう?
喜世さんと千麻さんの表情を見ても、まったくピンときてないみたいだった。
「失礼致します」
と。会話が切れたこのタイミングで、面条さんが瑠音さんの後ろから声を掛けてきた。
瑠音さんが肩越しに彼を見ると、会釈していた面条さんが顔を上げる。
「まもなく荒井様がこちらに到着致します」
あ。もう合流できるんだ。
そういえば祝勝会の準備って進んでたのかな?
「あとどのくらいかしら?」
「既にマンションのエントランスにおりますので、数分後には到着なされるかと」
「そう。じゃ、到着次第すぐ案内してちょうだい。あと、食事などは手筈通りに準備なさい」
「承知しました。では、失礼致します」
面条さんは瑠音さんの指示を聞くと、執事らしい綺麗な会釈をして去っていく。それを見届けた瑠音さんは、再び僕達に顔を向けた。
「では、詳しい話は全員揃ってからにしましょう」
「ま、あーしはいいけどー」
「私も構いませんが」
「じゃ、じゃあ。そうしよっか」
そう返事をしたものの、結局また理由を聞けないまま、僕達は微妙な空気のまま喜世さんを待つことにした。
◆ ◇ ◆
あれから数分。
その間会話らしい会話もなく、ちょっと気まずい空気が漂っていたんだけど。
「あー。マジ疲れたぜ」
それを一蹴したのは、ジャージ姿で現れた喜世さんだった。
流石に疲れた顔をしていた彼女も、僕達の姿を見ると笑顔で手を上げる。
「よっ。待たせたな」
「いいえ。大して待っていないわ。安心なさい」
「だといいけどよ」
瑠音さんと会話を交わした喜世さんは、そのまま空いた椅子に座った瞬間べたっとテーブルに身を伏せると、そのまま僕達の飲みかけのドリンクに目をやる。
「あーあ。今日も頑張り過ぎで疲れちまったし、こういう日にはエクストラホイップエクストラチョコチップエクストラパウダーにチョコソースまで追加したダークモカチップクリームフラペラテのグランテが飲みてえなぁ」
……え? エクストラホイップの、何?
あまりに長い意味のよくわからない言葉に僕が思わずきょとんとすると、沙和さん、千麻さん、瑠音さんの三人がくすっと笑う。
「まったく。何度邪魔されたら済むのかしら。面条。ちゃんと覚えたわね?」
「はい。ダークモカチップクリームフラペラテのグランテサイズに、エクストラホイップ、エクストラチョコチップ、エクストラパウダー、チョコソースを追加でカスタマイズ。荒井様。以上でよろしかったでしょうか?」
「ああ。悪いけど頼むぜ」
「承知しました」
あ、これ、スタビのカスタマイズを含めた注文なのか。まるで呪文みたいだったし、喜世さんが口にしなれてるくらい矢継ぎ早に話してたからさっぱりわからなかった。
「今のって、お店で言ったら通じるの?」
「まあな」
べたーっとテーブルに伏せたまま、にんまりとする喜世さん。
たさ、やっぱりどこか疲れた顔をしてるのは、それだけ彼女が頑張った証拠なのかも。
「喜世。疲れてる所悪いけれど、飲み物が届いたら少し私の話を聞いてもらうわ。優汰様へのお礼は後で二人っきりになったらゆっくりなさい」
「はいはい。ちなみに、何か問題ごとか?」
「……ええ」
笑顔が自嘲に見えるのは、きっと間違いじゃない。
その空気を感じ取ってか。喜世さんが口にテーブルから身を起こすと、右足を左足の上にあぐらを掻くみたいにあげ瑠音さんの方を向いた。
「じゃ、今話せ。ちゃんと聞いてやるよ」
「よろしいの?」
「ああ。何度も邪魔されてるんだろ? それでも話したいって事は、本気の悩みだろ?」
「……そうね」
まるで試合中の時みたいに、既に真剣な顔を見せている喜世さんを見て、瑠音さんは三度笑顔を仕舞う。
再び張り詰めた空気。ちょっと気後れしそうになるけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
僕も喜世さんみたいにちゃんと向き合わないと。
「それで、どんな悩みなの?」
「悩みというか、お願いね」
「お願いって……さっきの感じだと、優くんだけじゃなく、あーし達にもって事?」
「ええ」
沙和さんの言葉に瑠音さんは静かに頷くと、手を胸元に当て大きく深呼吸すると、ゆっくり、噛み締めるようにこう言ったんだ。
「優汰様を、私の恋人にしたいのよ」




