第10話:青春
僕は、この試合のほとんどを見ていない。
だから、それまでの展開と今の展開について、何ら比較できないんだけど。
きっと試合を最初から見ていた人ほど驚いている。それだけは何となくわかった。
一気に声援が大きくなった西葛橋の応援団。
喜世さんの名前を叫ぶ黄色い声援にも、さっきまであった悲痛さは皆無。間違いなく声は明るい。
八王子実技の応援団だって、声の大きさでは負けてない。
だけど、応援団に必死さを感じるようになった理由は、今の得点差になったからのは明白。
十五対十四。気づけばリードは一点差。
八王子実技の選手達に焦りが見える中、そんなものを吹き飛ばすと言わんばかりに、喜世さんはここまで見違えるように躍動していた。
隣を守る先輩の守備範囲すら抑えた動きでレシーブでボールを拾い。
前衛に立てば背の高い相手のブロックなんてものにしないジャンプ力と威力でブロックを破っていく。その球威に、相手のレシーブが乱れる展開も増えたけど、彼女の躍動はそれだけじゃない。
後衛でもボールを回してもらいバックアタック。
サーブでもプロ顔負けの鋭いジャンプサーブでサービスエースを決める展開が一気に増えた。
相手選手が見せた驚愕の顔は、きっとここまでの力を残してたのかって顔。
でも、本当に疲れを感じさせないくらい、喜世さんは汗を流し、赤い髪をなびかせながら宙を舞い、コートを動き回っていた。
先輩も間違いなくプレイが上手だ。
無理をさせないためなのか。彼女はブロックやスパイクは一切しない。でも、トスの柔らかさや早さは素人目にも凄さしか感じないし、相手の強いスパイクをもろともせず、レシーブも乱れなくボールの球威を抑え込んでいる。
喜世さんが活躍するほど、相手は彼女を無視できなくなり、ブロックにも枚数を掛け、後衛も勢いのあるボールを警戒し構えてしまう。
それを利用して、西葛橋は時折別の選手に鋭いトスを上げ、素早いフェイントでネット際にボールを落とし得点を重ねるシーンも出てきた。
こうなると、完全にペースは西葛橋。試合の流れが良くなるほどに、他の選手達の動きも良くなって、レシーブの際に圧倒されることもかなりなくなった。
相手が強豪校。それは動きから見ても間違いないと思う。
だけど、もうその差はない──ううん。なんなら西葛橋のほうが実力が上に見えるくらいだ。
でも、その中心にいるのは、やっぱり喜世さんだ。
ドンッ
ここまではっきり聞こえる、相手コートに喜世さんのスパイクが刺さった音。
審判の笛の音に合わせ、電光掲示板が示していた得点のスコアが並ぶ。
「おっしゃあっ!」
喜世さんがガッツポーズを見せると、周囲の選手達がハイタッチで出迎える。
ここにきて何度も見てきた光景はその後も途切れることなく、試合はそのまま西葛橋がリードを広げていった。
動きのキレが落ちない──なんなら尻上がりにより調子を上げている喜世さんの動きに、仲間も相手も、観客たちも目を奪われている。
そこにいるのはやっぱり、僕が知っているTOP4の一人。
女子相手に使っていいのか迷うけれど、格好良さと華やかさを両立させた彼女は、もうこの場所の完全な主役だった。
……実のところ、沙和さんがアオハルって言葉をよく口にしてるけど、僕は今もまだ青春ってどんな感じなのかあまりわかってない。
友達と一緒に学校生活を送る。僕が経験できてなかったそういった物がそうなのかなって漠然と思っていたくらい。
だけど、今の喜世さんと他の選手達を見ながら、僕はなんとなく思っていた。
きっと、彼女は今、凄く青春してるんじゃないかなって。
汗を流し、髪を振り乱しながら真剣に前を向き、試合に挑む。
両校の選手が喜び、苦しみ、だけど戦い続ける。
きっと、昔の僕だったら目を逸らしこの場を離れてしまっていたと思う眩しい光景を、僕は疲れも忘れてただじっと見守っていた。
少し前までにあった不安はない。
けど、周囲の観客から感じるような凄い興奮もない。
ただただ、試合の行く末を見つめ続け。そして──。
ネット際、今日一番の高さまで飛んだ喜世さんが、先輩の見事なトスに合わせてボールをスパイクする。
相手選手二人の懸命なブロック。だけど、試合終盤になっても衰えない力強いボールに負け、腕を弾かれ通してしまう。
勢いを失うことのないまま、ボールはコートの隅に飛んでいく。
相手選手が間に合わないと感じてダイビングして腕を伸ばすと、なんとかボールに届いた。
だけど、ボールは無情にも大きくコートの後ろに飛んでいき、そのまま床に落ちた。
ピピーッ
「わぁぁぁぁっ!」
一気に観客席から一際大きな歓声があがる。
「おいおい!? これ、完全に番狂わせだぞ」
「あの選手、一体何者だよ!?」
近くで試合を見ていた立ち見の観客も興奮する中、僕は手摺りを掴んでいた手を離すとそのまま両腕を上に添えもたれ掛かった。
ほんと、良かった……。
結果を見て感じたのは、ただただ安堵。自然と笑みをこぼしながらコートを見ると、喜世さんが先輩や他の選手みんなに抱きしめられ困惑している姿が見えた。
まるで優勝したかの喜びよう。だけど、本当に嬉しいんだろうし、こうなっても仕方ないと思う。
反対のコートでは、力尽きた八王子実技の選手達がへたりこんだりうなだれてる。立ったまま悔し泣きしている選手もいた。
でも、こっちもまた本気で悔しいんだと思う。勝つために一生懸命頑張ってきたのもあるけど、こんな点差で負けちゃったんだから。
結局、最終スコアは十七対二十五。
序盤あった十点近い差を覆されただけじゃなく、まるで正反対に近い得点差にされたっていうのは、ただ負けたよりショックは大きいと思う。
……多分、相手校にも先輩みたいに、今年が最後になる三年生もいるんだよね。
そんな事を考えると、少し胸が痛む。でも、勝ち負けっていうのは結局こういうものなんだよね。
都の予選を抜けてもインターハイがあるし、そこで優勝をしないかぎり、遅かれ早かれ負けが付いて回るんだから。
勿論、喜世さん達が勝ったのだって、まだ予選の一回戦。勝負は始まったばかりだし、油断もできない。でも、今この瞬間は喜んだっていいよね。
喜びの積み重ねが、未来に繋がるんだから。
妙に落ち着いた気持ちでコートを眺めていると、両校の生徒が一度エンドラインに整列し挨拶を交わす。
そのままネットに向かうと、互いにネットを挟み選手同士が握手をした。
喜世さんが相手の選手の何人かに話をされると、恥ずかしそうにはにかんでいる。きっと褒められてるのかな。
もし相手選手が、彼女がただの助っ人だって知ったらどんな顔をするだろう?
ふとそんな事を思ったけど、そういうのは知らないほうがいいこともあるよね。
挨拶を終えベンチに戻る時、喜世さんが先輩に声を掛けられると、何か話をし始めた。すると、突然驚いた顔をした喜世さんが慌てて両手を振って何かを否定してるけど、一体何があったんだろう?
様子を窺っていると、喜世さんと先輩が僕の方を見た。
喜世さんが少し恥ずかしそうに、腕を天に突き上げた。
きっと僕にアピールしてくれてるんだよね。
肘を手摺についたまま右手を振って応えると、隣にいた先輩が少しニヤニヤしながら何かを口にして、喜世さんがまた慌てた顔をする。
……あ。もしかして、僕のことでからかわれてる?
よくよく考えたら、急に大声を出しちゃってたし、目立っちゃってたのかも……。
現実に気づいた瞬間、僕もまた恥ずかしさを覚え始めた。
え、えっと、確か今日は勝ったらもう一試合あるはず。
それまではどこかに行っておこうかな。流石に喉も乾いたし。
またこっちを見た喜世さん達に対し、僕はニコッと微笑むとそそくさとその場を後にしたんだ。




