第9話:届け
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
やっと駅前……あと少し!
息も絶え絶えになりながら、駅前の横断歩道を渉と、そのまま体育館の方に走り続けた。
走ってすぐ息苦しくなったのは、間違いなく僕の運動不足のせい。
春先の陽気は体の熱が溜まる早さを上げ、走っている僕により早く汗を掻かせている。
こういう時、やっぱり僕は運動が苦手だってわかる。
途中でみんなに返事をし忘れたことに気づいたけど、今はそれどころじゃない。
とにかく、早く体育館に行かないと!
体育館前に着いた僕は、その場で前屈みになり息を整えながら周囲を見渡す。
体育館の入り口は……あそこでいいのかな?
そう考えた瞬間、ちゃんと確認しないまま、僕は走り出すと、建物の入り口に入った。
観覧席は二階と三階。って事は、階段……そっち!
「ごめんなさい!」
エントランスにいた人を避けながら、目に留まった階段まで走り一気に駆け上がる。
もう呼吸が乱れすぎてて息苦しい。でも、早く行かなきゃ!
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
駆け上がった階段の先。二階も観覧席の後ろ側に出た僕は、再び太ももに両手を突き前屈みになりながら、無理やり顔をあげ、そこから見えるアリーナに目をやった。
コートは四面。反対の側面に大きく掲げられた電光掲示板に、今試合をしている高校とセット数が表示されてる。
Dと書かれた西葛橋と八王子実技の試合は互いに一セットずつ取ってる。
Dの試合をしてるコートは?
僕は電光掲示板の向かいに位置する観覧席のない場所に行くと、手摺に捕まり立ち見のままアリーナからうちの高校を探す。
……あ。いた!
丁度一番手前で行われていた試合。得点は……え!? 十二対三!?
あまりの大差に目を丸くしていると、僕の目の前で西葛橋のコートの隅にボールが勢いよく落ちるのが見えた。
ダイビングしてレシーブをしたけど間に合わず倒れ込んだ選手──あれは喜世さんだ。
相手の選手達が喜ぶ中、くそっと言わんばかりに悔しそうな顔をして立ち上がった赤いユニフォーム姿の彼女は、まるで僕と同じくらい大きく肩で息をしてる。
観覧席にいる八王子実技の応援団らしき方から大きな歓声と声援。それは意気消沈している西葛橋の応援団とは雲泥の差。
喜世さんを応援するファンらしき男女の声援も聞こえるけど、彼女はそれが耳に届いていないかのように。一切そっちを見ようとしない。
ピピーッ
何かを示すように審判の笛がなると、両校の選手が互いのベンチ前に集まっていく。
軽やかに集合し笑顔も見える、青いユニフォームの八王子実技高校の選手。対する喜世さん達は、足取りも重く笑顔もない。
戻った選手達に控えの選手が水筒を渡す。
喜世さんもそのひとつを受け取り口をつけると、水筒を手に持ったまま悔しそうな顔で天を仰いだ。
……僕が今まで見てきた中で、一番辛そうに見える喜世さん。
そんな彼女に、事の発端になった先輩が歩み寄ると、何か話をしている。
話を聞き、少し驚いた彼女が首を横に振るけど、先輩は真剣な顔で何かを伝え続けていた。
ここまで声が聞こえないから、内容はわからない。ただ、悲壮感だけはひしひしと伝わってくる。
先輩の足にはテーピングが巻かれてるけど、もしかして強行出場しようとしてるのかもしれない。
喜世さんがあんなに疲弊しているのなんて、普段の姿からは考えられない。
試合を見てはいなかったけど、さっきの一球も喜世さんのいるライン際を狙ってた。
八王子実技は強豪校だって言ってたし、多分、集中して喜世さんを狙い、余計に動き回らせて疲れさせたって可能性は十分あるのかも。
先輩の怪我の具合はわからないし、彼女が試合に出て事態が好転するかもわからない。
でも、そもそも喜世さんは優しいから、先輩の怪我が治りきってないと知ったら、きっと試合に出すことすら許さない気もする。
夜の丘で喜世さんが露呈した不安が現実となった今、この展開を変えることなんてできるのかな……。
喜世さんだってあれだけ疲れ切ってるんだ。これ以上無理は利かないかもしれないし、もう諦めるしか──。
僕まで彼女達に感化されそうになったその時。
──『いいじゃねーか。その調子だぜ』
ふと、ファンタジー・フォレスト時代にブレキオが掛けてくれた言葉を思い出した。
……そうだ。
彼は……ううん。彼女は僕がどれだけ動きが悪くたって、一生懸命動きを教えてくれたじゃないか。
上手くできるようになってきたら、ちゃんと褒めてくれたじゃないか。
あの時はまだ友達じゃなかった。それなのに、できの悪い僕を見捨てることもせず、ずっと特訓してくれたじゃないか。
そう。諦めちゃ駄目なんだ。
喜世さんは先輩のために試合に勝つ。そのために彼女達の願いを聞き、こうやって頑張ってるんだから。
まだ終わってない。
だからちゃんと届けるんだ。
諦めてほしくない。そんな僕の思いを。
息苦しさそっちのけで、僕は手摺を握る手に力を入れ、少し背筋を伸ばし大きく息を吸う。
そして、今までの人生で最も大きな声を出すべく、腹の底から叫んだ。
「喜世さん! がんばって!」
叫んだ直後。はっとした喜世さんがこっちに顔を向ける。
本当はもっと声を掛けたかった。だけど、走ってきたせいでもう一度叫べる余力なんてない。
それでもせめて熱意を伝えようと、僕はじっと喜世さんだけを見つめた。
と。彼女の表情にふっと普段みたいな笑顔が浮かぶと、右手の親指で左胸をトントンっと叩く。
あれは……。
その動きをリアルで見た初めて。
だけど、僕はその動きで理解した。彼女が「任せろ」って言ったんだって。
なんでそう思ったのか。
それは、ファンタジー・フォレストでブレキオが何度も見せていたエモートだから。
一緒に口にする言葉は「任せとけって」。
自信満々の笑顔とともに、チャット欄にその言葉が並んだ後、ブレキオは必ず言葉通りに戦闘で活躍し、僕達を勝たせてくれたんだ。
懐かしさと頼もしさを感じながら、僕が頷き返すと、喜世さんは先輩に何かを話し始めた。
それを聞いて驚いた先輩は、すぐに真剣な顔に戻る。
でも、喜世さんは両手で先輩のほっぺをつまみ少し伸ばすと、笑顔でウィンクしてみせた。
少し唖然としていた先輩も、釣られて笑顔になると、顧問の先生に何かを話し始める。
喜世さんの方は他の選手を集めて円陣を組ませると、先輩が輪に加わったのを見て何かを伝えた。
すると、彼女達の失意しかなかった顔つきが変わり、やる気が戻ってくる。
なんとなく、まだ終わっていないって空気を感じ始めてか。
西葛橋の応援団の声が大きくなる。八王子実技の応援団に負けないくらい。
うん。これならいけるかも。
……違う。絶対にいける。喜世さん達なら、絶対勝ってくれる。
僕は試合の先にある未来を信じながら、もう一度ギュッと手に力を込め、試合を見守ることにしたんだ。




