第7話:驚く話
「なんか例のストーカーの事件。被害者は一年A組の貴堂君っぽいですよ」
「え?」
休みも明けて、月曜日のお昼時。
僕は今日も食事スペースで只野先輩と岩良さんに誘われ、同じ席で昼食を取っていたんだけど。
そんな中、岩良さんが手を口に添え、僕達にこそこそとそんな事を言ってきた。
例のストーカー事件っていうのは、今朝の全校集会でのこと。
校長先生が、この学校の生徒でストーカー被害を起こした人がいたということで、そういう行為に及ばないこと。被害を受けている生徒がいたら教師に相談すること、といった注意喚起をしたのが話の発端だった。
勿論、誰が被害を受けたのか。加害者は誰なのかといった話はなかったけれど、僕はそれがこの間の貴堂君の一件じゃないかって思ってはいた。
だからこそ、彼女が口にした真逆の内容に素直に驚いてしまう。
「どういうことでござるか?」
岩良さんの話す内容に、並んで座っている只野先輩が箸を動かすのを止め、興味津々に尋ねると、彼女は神妙な顔で話を続けた。
「なんか、彼が木曜から学校休んでるみたいなんだけど、友達がMINEで連絡しても既読にすらならなかったんだって。で、週末その子が彼のマンションを尋ねてみたら、家はもぬけの殻。近くの人に聞いたら、木曜に突然引っ越してったって聞いたみたい」
「ふむ。平日に引っ越しとは。確かに尋常でないでござるな」
「ですよね? 元々貴堂君って、高校に入ってから一人暮らししてたみたいなんですけど。週末は中学時代の友達を家に呼んで、夜な夜な遊んでたなんて話もあったし、その中に加害者でもいたのかも、なんてみんな話題にしてましたよ」
「まあ、確かにあの者は随分と容姿端麗。そのような事がある可能性も十二分に考えられるでござるな」
「そうですよね。最近は武氏先輩にお熱だったし、嫉妬されちゃったとかありそう」
岩良さんの話は、確かに可能性はありそうだと思う。
でも、僕はそれを鵜呑みにはできなかった。
事件の後、瑠音さんからその後について一切話を聞いてない。
だから実際の所はわからないけど、どうしてもあの日の一件が関係しているようにしか思えなかったから。
今思い返しても、あれは結構な事件だったはず。だけど、TOP4との思い出が勝ってて全校集会までこの事を忘れてた。
そういう意味じゃ、僕はみんなに癒されたって事なのかも。
まあ、恥ずかしいことも多かったけど……。
僕が自分で食堂で買った焼きそばパンを食べながら、そんな事を考えていると。
「でもー、貴堂君も結構イケメンだったし、ハマっちゃう子がいるのもわかるかも」
岩良さんがそんな事を言うと、サンドイッチを口にした。
瞬間、ビクリとしたのは何故か只野先輩。
眼鏡の下の目が見えないけど、どこか見冷や汗を搔いているように見える。
「先輩。どうかしたんですか?」
思わずそう尋ねると。
「い、いや。大した話ではないのだが……。彩瀬は、あのような者が好みでござるか?」
僕への返事もそこそこに、只野先輩は急に彼女に対しそんな質問を投げかける。
それを聞いて、サンドイッチを飲み込んだ岩良さんは。片目だけ開け先輩に少し冷たい目を向けた。
「好みも何も、イケメンを嫌いな人なんて早々いないですよ」
「だ、だが、彼の者は随分と遊び人では──」
「そうかもしれないですけどー、実際に話してみたら、めちゃくちゃいい人だったかもしれないじゃないですか。本当に被害に合ってるなら、それだけ魅力があった証にもなりますし。大体、先輩だって長月先輩のことが好きなんですよね?」
「そ、それは、そうでござるが……」
彼女がどこかトゲのある言い方をすると、なぜか只野先輩は少し口ごもる。
初めて出会った時の印象だと、間違いなく千麻さんの事を気にかけてるように見えたんだけど。
いざこういう時にあまり強く出ないのは、もしかして僕と同じで、自分に自信がないとかかな?
どこか煮えきらない只野先輩の反応に、ため息を漏らした岩良さんは、呆れ顔をする。
「ま、長月先輩はTOP4で一番優しいんって評判ですし、只野先輩がハマるのもわかります。だけど、私だってうら若き乙女ですから。先輩と同じように、貴堂君くらいのイケメンには興味だって示しますよ」
「そ、そうか。まあ、彩瀬もまた其方なりに魅力があるでござるし、きっと貴堂とやらに声をかければ、振り向いてもらえたやもしれんな」
只野先輩が顎に手を当て納得しながらそう口にすると、ふっと岩良さんが目を見開く。ちょっと頬が赤くなってる見えるけど、どうしたんだろう?
そう思っているうちに、彼女は腕を組み只野先輩から顔を背けた。
「せ、先輩。何ですか急に。取って付けたように私に魅力があるなんて言ったって、私は騙されませんからね」
「いいい、いや。そ、そんな事はないでござるよ。そ、その、長月殿ほどではないにしろ、彩瀬もまた魅力的──」
慌ててフォローしようとした只野先輩。
だけど、突然向けられたとても冷たい白い目に、先輩はビクリと怯えたような顔をする。
「ですよねー。そりゃー私が長月先輩に勝てるわけありませんもんねー。まったく」
取りつく島もない。
そんな言葉が似合うくらいの不貞腐れ顔をした岩良さんは、顔を青ざめ固まった只野先輩を無視し、紙パックのジュースを飲み始めた。
こういう時、僕も気の利いた台詞を口にできる自信なんてない。
ただ、なんとなく岩良さんが、千麻さんと比較されて機嫌を悪くしたのだけはわかる。
でも、岩良さんって、そこまで千麻さんと差があるかな?
……うーん……。
「岩良さんだって、長月さんに負けてないと思うけど」
「え?」
僕がそう口にすると、岩良さんと只野先輩の声が被る。
そ、そこまで変な事を言ったつもりはないんだけど……。
僕は頬を掻きながら、その理由を口にした。
「長月さんは確かに物静かで落ち着いているけど、岩良さんは彼女にはない気さくさ。どちらかといえば武氏寄りの話しやすさは絶対にあると思うし。外見だって、制服の着こなしも綺麗だしスタイルだっていいでしょ?」
「そ、そうですか?」
「うん。それに、髪もちゃんと手入れされていて綺麗だし、顔だって愛嬌があって可愛いと思うよ。だから、長月さんとは違う魅力があって素敵だと思う」
僕の美的センスが正しいかは、今でも正直自信がない。
でもTOP4と友達になって色々な表情を見るようになったからこそ、長月さんにない、岩良さんの良さっていうのもちゃんとあるように見えたんだ。
「只野先輩もそう思いませんか?」
顔を赤くして戸惑う彼女をよそに、先輩に話を振ってみると。
「そ、そうでござるな。どちらにもどちらの良さあり。彩瀬も負けていないでござるよ」
「そ、そうだと、いいですけど……」
両手を頬に近づけ、ちょっとにやけそうになった彼女は、僕達の視線に気づくと急に口に握った手を当て咳払いする。
「コ、コホン。ま、まあ、只野先輩の言葉は取って付けたようだったんで信用しませんが、有内先輩の言葉は信じときます」
「せ、拙者も言葉足らずだっただけで、先程の言葉は本音──」
「だといいですけどー」
僕には笑顔だったけど、只野先輩には舌をベーっと出し不満を示す岩良さん。
こういう所はやっぱり彼女の魅力だと思うんだけど、いつも只野先輩への当たりは強いよね。
折角の幼馴染なんだし、もっと仲良くしてもいいと思うんだけど、どうしても二人はこうなんだろう?
僕はそんな疑問を思いながら、再び焼きそばパンを口に運ぶと、どこか不思議な二人の関係を眺めていた。




