第5話:TOP4だからこその悩み
一通り家の掃除や洗濯などを終えたのは、もう完全にお昼時。
時間的に喜世さんは学校に向かわないと行けない時間になっていた。
「優汰。悪かったな。沙和のわがままが発端だったとはいえ、みんなで押しかけちまってよ」
「ううん。こっちこそ、部活前に家のことまで手伝わせちゃってごめんね」
「気にすんなって。この程度で疲れるほどやわじゃねえからよ」
髪の色と同じ赤いジャージの上下姿で立っている喜世さんは、言葉通り疲れ一つ感じさせない笑顔を向けてくれた。
その手には昨日持ってきてた鞄が握られてる。
ちなみに僕や沙和さん達は未だパジャマのまま。
まあ、家で過ごしているだけだし、こんな格好でも誰にも迷惑をかけないしね。
「下に面条を待たせてあるわ。さっき話した通り、途中でマックデュナートのドライブスルーに入ってもらうから好きな物を頼んで食べなさい」
「悪い。いつも助かるぜ。瑠音」
「いいわよ。まさか掃除に夢中になって、こんな時間になるとは思ってなかったもの」
本当にそれは思う。
結局布団や洗濯を干して、掃除もしたんだけど。みんなが乗り気でまるで大掃除化のように各部屋の掃除機掛けから窓拭き。お風呂場の掃除まで手分けしてやってくれて、おかげで見違えるように部屋が綺麗になった。
その分時間が押しちゃって、喜世さんが一緒にお昼を食べる時間がなくなっちゃったんだよね。
ただ、だったら車内でささっと食べられれば大丈夫だろうってことで、瑠音さんがさっき話したような手筈を整えてくれたんだ。
こういう時、本当に彼女は行動が早いし凄いと思う。
「荷物はそのまま面条に家に届けさせるわ。車の中で必要な物だけ別分けになさい」
「ああ」
「きよっち! 優くんからいっぱい元気もらったんだしー、今日もがんばだよ!」
「ああ。お前もテストの勉強をちゃんとしろよ。優汰と遊ぶことばっかり考えてたら、承知しねえからな」
「だ、大丈夫ですー」
言葉とは裏腹に、喜世さんの言葉で動揺した沙和さんがそっぽを向きながら、口笛を吹きながらごまかすような仕草をする。
それを見て、喜世さん達が顔を見合わせ、肩を竦め苦笑いした。
「じゃ、そろそろいくか」
「そうね。面条を待たせていることだし」
「喜世。気をつけてくださいね」
「ああ」
「喜世さん。頑張ってね」
「任せろって。じゃあ、またな」
「いってらっしゃーい!」
僕達が思い思いに手を振ると、喜世さんも軽く手を振った後、そのまま玄関を開け外に出ていった。
「さて。そろそろ私達も着替えて、お昼の準備でもしましょうか」
「そうだねー。今度はどんな料理かなー。楽しみー!」
千麻さん言葉に、沙和さんが大きく伸びをしながらわくわくした顔をする。
それを見て、瑠音さんは彼女に苦笑いを向けた。
「まったく。貴女は食い気ばかりね」
「仕方ないじゃーん。二人の作るご飯、めっちゃ美味しいしー。だいたいるとっちだって料理できないんだから、あーしと同じ食べ専っしょ?」
「ま、否定はしないけれど。二人とも、楽しみにしてるわよ」
沙和さんの鋭い指摘に動じることなく、自然に僕と千麻さんに微笑みかけてくる瑠音さん。
でも、料理の腕を褒められるのは僕としては嬉しいし、やる気にも繋がるよね。
「うん。千麻さん、頑張ろうね」
「はい。腕によりをかけ作って差し上げましょう」
千麻さんと笑顔を交わした後、三人は客間に、僕は寝室に向かい私服に着替えることにした。
◆ ◇ ◆
昼食を済ませ、少し休憩した後始まった勉強会。
僕達はリビングのローテーブルをソファから少し離し、薄手のクッションを座布団代わりに、正座しながら勉強をしていた。
瑠音さんと千麻さんが、数学の教科書に書かれた例題を黙々とノートの上で解いていく中、僕は沙和さんに付き添って数式の展開について教えていた。
「さっき教えたパスカルの三角形でこの式を展開する場合、どうするかわかる?」
「これはちょっとわかってきたかも。えーっと、これがこうでしょ? で、三乗だから1,3,3,1になるよね。だからー、αが3乗でー、ここがこっちとこっちを合わせて……」
沙和さんは眉間に皺を寄せ、ひとりぶつぶつと解法を確認しながら、真剣な顔でノートに向かう。
このパターンの展開の法則は覚えてくれたのか。シャープペンシルがすらすらっと式を書き出していく。
……うん……うん……いい感じ。
「っと。これでどーお?」
「……うん。これで正解」
「やったー!」
真顔から一転、凄く嬉しそうな顔で沙和さんが万歳した瞬間。
ピピピッ ピピピッ
休憩時間を伝えるアラートがスマホから鳴り出した。
「ほっ。良かったー。これ以上やったら、知恵熱で寝込んじゃうとこだった」
満足気にその場で床にごろりと仰向けになった沙和さん。
「まったく。大げさね」
「ちっちーやるとっちは勉強できるからそう思うだけー。あーしにとってはそれくらい難題なのー」
瑠音さんの言葉に、沙和さんは寝っ転がったままべーっと舌を出す。
それを見てくすりと笑った千麻さんは、すっとその場で立ち上がった。
「ちょっとお茶を用意しますね」
「あ、僕も手伝うよ」
「大丈夫ですよ。沙和に勉強を教えてお疲れでしょうから。座ってゆっくりしててください」
立ち上がろうとした僕を制した彼女は、そう言い残しひとりキッチンに歩いていく。
勉強疲れはみんな同じだと思うんだけど。こういう優しさはやっばり千麻さんらしいな。
あ。そうだ。
僕は休憩時間をいいことに、みんなにこんな事を聞いてみた。
「そういえば、みんなは喜世さんの試合、応援に行くの?」
テスト前に試合があるとはいえ、彼女が頑張ってるなら友達として応援に行くんじゃないかな?
そう思っての質問だったんだけど、みんなの答えは予想外の回答だった。
「いいえ。行かないわよ」
「え? そうなの?」
向かいにいる瑠音さんは、僕と目が合うと困った顔をする。
もしかして別の予定があるのかな?
脇で横になっていた沙和さんが上半身を起こしてきた。
「まーねー。だいたい会場が大変なことになっちゃうし」
「え? 会場が?」
会場が大変なことに?
僕は不可解な言葉に首を傾げてしまう。
「まあ、そのような反応になられても仕方ないですよね」
キッチンでお茶の準備をしている千麻さんもちょっと申し訳ない顔をしてる。ということは、三人とも応援にいかないってことなんだよね。
未だすっきりしない僕の気持ちが表情に漏れていたのか。
|みんなが僕にその答えを教えてくれた。
「私達が会場に行くとなれば、他の生徒もこぞって応援に行ってしまうのよ」
「え? それって応援される部員からしたら、すごく嬉しいんじゃない?」
「勿論、それが試合が目当てだったらねー」
試合が目当て……あ。そういうことか。
「同じ会場に行くのは、TOP4目当てってこと?」
「そ。残念だけどねー」
沙和さんは残念そうな顔をしながら、ふぅっとため息を漏らし肩を竦める。
「応援が多いといっても、それはあくまで私達を見たいため。そんな状況では、部員達だって逆に落ち着かないし複雑でしょう?」
「確かに。試合そっちのけで、アイドル目当てで会場に行っているみたいなものだもんね……」
最近距離感が近いから忘れがちだけど、彼女達は学校一の人気者。
喜世さんは試合に出てるから、彼女を応援する生徒は嫌でも試合を見てくれると思う。だけど、みんなの場合は違う。たしかにそれは部員としては複雑かも。
「喜世が頑張っている所に応援に行けないのは心苦しいですけど、こればかりは仕方ないですね」
お茶を注いだ湯呑を持って戻ってきた千麻さんは、会話に加わりながら僕達にお茶を配ってくれる。
「そうだねー。ま、今に始まった話じゃないけどねー」
「ま、喜世もそこはわかっているからこそ、こういう機会に応援に誘われたことなんて、中学入ってすぐくらいまでだったわね」
沙和さんと瑠音さんの表情がちょっと曇る。
でも、それだったら仕方ないのかも。こればかりは、僕がなんとかしてあげられるものでもないし。
僕もまた少し残念な気持ちになりながらも、そんな気持ちをお茶と共に飲み込んだんだ。




