368.案件対策
本日1話更新です。
王太子殿下がご協力を、って……あまりにも唐突なファーレンドルフ先生の言葉に、テアちゃんもガン君もきょとんとしちゃってる。
でも私としては、またもや王太子殿下案件だなんて、イヤな予感しかしないんですけど?
「昨日の図書館での出来事については、私たちも報告を受けています」
ファーレンドルフ先生とオードウェル先生が目を見かわし、うなずきあってる。
「こちらにつきましても、陛下は迅速にご対応くださいました」
「王太子殿下は、陛下ならびに王妃殿下から厳しくお叱りを受けられました。そしてもちろん、貴方がたにはなんのお咎めもありません」
澄ました顔でオードウェル先生にそう言われちゃった。
ガン君がホッとしたような顔をしてる。
まあ、さすがにあの勇者テアちゃんは、ちょっと不敬すぎてお咎めがあるかもって感じだったもんね。テアちゃん本人は涼しい顔をしてるけど。
オードウェル先生はさらに、その澄ました顔で続けられる。
「図書館での出来事については、王太子殿下ならびに側近2名は王妃殿下がご査収くださるまで何度でも反省文を書いて提出、その上で側近のうちソルデリーア侯爵家令息フリードヘルム君は当面の間側近としての役目を謹慎、というご処分だそうです」
あ、塩令息に関してはスヴェイが言ってた通りになりそうね。当面の間ということで謹慎させて王太子殿下から遠ざけて、そのまま側近から外すっていう。
それに、王妃殿下がご査収くださるまで反省文を何度でもって……恰好だけの反省文なんか書いて寄こしても許しませんってことだよね。さすが、王妃殿下はわかってらっしゃる。
今度はファーレンドルフ先生が苦笑しながら言われる。
「それで、王太子殿下が自身でお書きになった反省文を王妃殿下へ提出にこられたときに、どうやらいろいろと察してしまわれたようなのです」
「察して、というのは……?」
ガン君の問いかけに先生がたは顔を見合わせ、そしてまずファーレンドルフ先生が口を開いた。
「陛下が緊急で学院理事会を招集されて、学院内でずっとその対応をされていました。しかも、周囲からはゲルトルード嬢という名前が漏れ聞こえてくる。これは、何かあったのだろうと」
「そこで、もし学院内でゲルトルード嬢に何か問題が生じているのであれば、謝罪の意味を込めてぜひ力になりたいと、王太子殿下は、非常に、熱心に、お申し出になったそうです」
そ、そんな殊勝なことを王太子殿下が?
私はまたテアちゃんガン君と顔を見合わせちゃったんだけど。
いや、でもコレって、殊勝とかじゃなくて……?
「それでですね」
ファーレンドルフ先生が苦笑している。「王妃殿下も今回のことを王太子殿下にご説明されまして……王太子殿下は、それならばご自分がゲルトルード嬢の側にいて周囲の目を引けば、よほどのことがない限り手を出してくるような愚か者はいないだろうと、おっしゃられたそうです」
「それはまあ、確かにそうでしょうね」
なんかオードウェル先生が、投げやりな合いの手を入れちゃってる。
で、やっぱりファーレンドルフ先生は苦笑してるんだ。
「王太子殿下は、今後我が算術選抜クラスが開催する計算勉強会に、すべて出席すると私に告げてこられました」
ええええ、ちょっと待って、やっぱソレってどう考えても、目的は私じゃないよね?
私は思わず自分の横に座ってるテアちゃんを見ちゃったんだけど、テアちゃんはまったく反応ナシ。いや、むしろ眉間にしわ寄せちゃってる。
そんでもって、ガン君は遠い目をしてる。
ファーレンドルフ先生もすっごく困ったようなビミョーな感じの苦笑をされちゃってるんだけど……これはやっぱり、アル先輩が王太子殿下のアレについても報告されちゃったんだな?
つまりその、王太子殿下に勇者テアちゃんのナニかが刺さっちゃったようです、って。
それにさっきの投げやりな合いの手からして、オードウェル先生も報告を受けていらっしゃると思って間違いなさそう。
王太子殿下……本気でいらっしゃいますのね?
本気で、この勇者テアちゃんとまずはお友だちから、とでも?
だからこの機会に、私をダシにしてテアちゃんにぐぐっと接近すべく、そのようなことをお申し出になったんですよね?
で、当の勇者テアちゃんはというと……。
「そんな、王太子殿下にそのようなお気遣いをいただくなどとむしろ迷惑、いえ、申し訳なく思いますわ」
テアちゃん、迷惑って言っちゃったよ……。
しかもテアちゃん、さらに容赦ない。
「それに、王太子殿下が毎回ご出席となると、ほかの参加者の方がたが萎縮されてしまわないか、わたくしは懸念いたします」
要するに、みんな気を遣わなきゃいけなくて面倒くさいから来ないでほしい、と。
そりゃもう私だって、そんなやんごとなきおかたが毎回毎回勉強会にご参加になるだなんて、面倒くさいとしか……げふんげふん、申し訳ないとしか思えないけどね。
うーん、なんかもうここまできっぱり好感度ゼロどころかマイナスだと、ちょっと王太子殿下を応援してあげたくなっちゃうな……うん、王太子殿下、頑張ってくださいませ。
ただし、今回のこれで、テアちゃんの王太子殿下に対する好感度が、さらに下がりまくった感は否めません。
そんでもって、胃の辺りを手で押さえてるガン君も、励ましてあげたくなるね。うん、ガン君もちょっといろいろたいへんだと思うけど頑張って。
しかし、無情にも王妃殿下は王太子殿下の暴走を止めてくださらなかったそうで、王太子殿下の毎回勉強会参加はもう決定事項だそうです。
王妃殿下……もしかして本当に本気で、テアちゃんを王太子妃候補だとお考えだったり……?
どうしよう、私まで遠い目になっちゃうよ……。
一通りのお話が済んだので、私たちは資料室を出て教室に移動した。
教室には3年生の先輩お2人はもちろん、2年生の先輩3人もそろっている。
そこでファーレンドルフ先生が、昨日の図書館での出来事の始末について説明をされた。
まずは、王太子殿下と側近お2人の処遇について。それに、私たち巻き込まれた生徒は全員お咎めなしであること。
そこまではよかったんだけど、さらに今後開催される九九の勉強会に毎回王太子殿下がご参加になるという話を聞かされて、先輩がたもそろって引いちゃいましたわよ。
「毎回……あの、毎回、王太子殿下がご参加を……?」
「本当に、すべての勉強会に、ご参加なのですか……?」
王太子殿下毎回ご参加の理由についてファーレンドルフ先生は、2年生もいるこの場では諸般の事情によりみたいな感じで濁してくださったんだけど……うん、みなさんの視線がテアちゃんに流れてます。
そりゃあもう、みなさんも昨日、目撃しちゃったもんね。あの、王太子殿下に勇者テアちゃんのナニかが刺さっちゃった瞬間を。
そのテアちゃんご本人は、やっぱりぷんすかしちゃってるのがまた。
「毎回王太子殿下がご参加になると、ほかの参加者のかたが萎縮されてしまう可能性が高いですよね。あるいは逆に、王太子殿下に取り入りたいから参加するというような、勉強会本来の目的を無視したかたも参加される可能性が高いのではないですか?」
ホンット、それ。
テアちゃんの言ってることが、まっとうすぎる。
それにそもそも、王宮の女官さんたちの勉強会なんて、ほぼ女子会になると思うよ? それでも参加しちゃうの、王太子殿下ってば?
ぷんすかテアちゃんの懸念を受けて、ファーレンドルフ先生が口を開かれた。
「計算勉強会への申し込みは、本日でいったん締め切ろうと思っています。すでにかなりの数の申し込みがきていますので」
「かなりの数って……」
えっと、王宮の女官さんたちだけでなく?
思わず声を漏らしてしまった私に、ファーレンドルフ先生がうなずく。
「はい、最初にお話ししたトルデリーゼ女史からのお申し込みのほか、王宮官吏の方がた、家庭教師の方がた、それに学院内でも興味を持った学生のみならず、多数の教職員からもお申し込みを受けています」
そんなに?
王宮の女官さんだけでなく、男性官吏の方がたからもお申し込みがあったんだね?
それに、学院内の生徒のみならず多数の教職員からも、って……私は、教室の隅にちらっと視線を送っちゃう。
そこにはオードウェル先生が……お話し合いが終わってもナゼかそのまま一緒に教室に移動してこられて、澄ました顔で座っていらっしゃったりする。
「さらに学院外でも、就学前の令息令嬢に指導してほしいというご依頼が何件かきていますね」
ファーレンドルフ先生のさらなる説明に、私はアッと思い出す。
そうだよ、昨日ペッテ先輩とアル先輩が言ってた。ユベールくんに九九を教えるために、ご自宅まで行ってきたって。
私が思わずペッテ先輩とアル先輩に顔を向けちゃうと、お2人がうなずいてくれた。
「うん、ホーフェンベルツ侯爵家にはすでに俺たち2人でお伺いしたんだけどね」
「メルグレーテ夫人が、早速翌日から、計算表と縦並べ計算式のすばらしさを広めてくださっているらしくて」
メルさまー!
あああああ、そうか、きっとレオさまからお話がいってて、私の名を高めるために協力してくださってるんだ。
ファーレンドルフ先生は、計算表と縦並べ計算式が学院内で非常に注目を集めていること、そのためまず学院内で希望者参加型の特別講義を開催しようと考えていると、説明を続けられる。
「これは勉強会ではなく講義となりますので、教壇には私が立ちます」
ええもう、先生のそのお言葉に私は思いっきり胸をなでおろしちゃったわよ。
そんな、生徒だけでなく先生まで参加されちゃうような講義で私に講師をやれとか言われちゃったら、全力で拒否するしかないもんね。
「その上で、この算術選抜クラスのみなさんには、補助教員のような形で参加してもらおうと考えています」
つまり、私たち算術選抜クラスのメンバーが講義室の中に散らばって、質問のために挙手した人がいればその席へ行って指導をする、ってことらしい。
要するに、そういう個別指導が必要なほど多数の参加が見込まれてるってことだわ。
「その特別講義は、今日までに勉強会への参加申し込みをしている人だけを対象にします。王太子殿下もご参加いただきますが、すでに申し込みをしている人たちは王太子殿下のご参加を知りませんから、本当に学びたい人だけの講義になると思います」
ファーレンドルフ先生の説明に、ぷんすかテアちゃんもうなずいてる。
「それに、教職員の方がたも多数参加されますので、王太子殿下のみに注目が集まることも避けられるでしょう。その後、王宮の女官や官吏の方がたの勉強会を開催するとして、そこに王太子殿下がご参加されても、まあ、言い訳は立つのではないかと」
うん、ファーレンドルフ先生も最後はちょっと苦笑して本音が漏れちゃってます。
なお、学院外での個別指導については、基本的に3年生の先輩お2人が対応されるとのこと。
放課後とはいえ、私たち1年生や2年生の先輩がたが何度も個別指導に駆り出されるとなると、学業に支障が出るおそれもあるからということで。
3年生のペッテ先輩とアル先輩は、もう卒業に必要な単位はすべて取り終えてるもんね。
それから、私たち算術選抜クラスのメンバーは、その特別講義で使用する練習問題を作成しようということになった。
そりゃもう、九九を覚えたら即計算してみなきゃね。
初級向け、中級向け、上級向けみたいな感じで、何種類か問題集を作って配布しようっていう話し合いが始まった。
と、そこで、それまで澄ました顔で教室の隅に腰を下ろしておられたオードウェル先生が、すっと私のところへやってこられた。
「それではゲルトルード嬢、ドロテア嬢、貴女がたお2人には、わたくしにその計算表と縦並べ計算式ですか、それをいまからご教授いただけるかしら?」
え、ええっと……?
私もテアちゃんも、思わずファーレンドルフ先生を見たんだけど、先生はなんかあらぬ方に視線をさまよわせていて私たちと目を合わせてくれない。
「大丈夫よ、ファーレンドルフ先生のご許可はいただいているから」
って、すんごいにこやかにおっしゃるオードウェル先生、実はかなり押しが強くていらっしゃいますね?
それでまあ、そういうことなんだろうと、私とテアちゃんはオードウェル先生に九九の表と筆算の仕方を説明した。
オードウェル先生はとっても熱心に、なんかもう目を輝かせて次々に質問してこられ、すぐに練習問題も始められちゃう。
「これは……本当にこの表があれば、計算器具はいらないわね。それにこうやって縦に数字を並べて、桁ごとに計算するというのは本当にわかりやすいわ」
「この表を丸暗記していただくと、もっと素早く計算できるようになります。わたくしも、自分でやってみて本当に驚きました」
ぷんすかしてたテアちゃんが、にこにこしながら説明してる。
だから私も、やっぱりそこは愛想よく説明しちゃうよね。
「掛け算だけでなく、割り算にも応用できるんですよ」
「そうなの? 割り算に応用って、どのように?」
オードウェル先生、すごいです。
なんかこう、学ぶことにものすごく貪欲な感じなの。知的好奇心を刺激されまくってますっていう状態で、本当に楽しそうに次々と練習問題を解いていかれて。
こういうのって本当に、年齢じゃないんだよねえ。
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