第九話 都合のいい答え
残り二十二日。事件に、あまりにも早い「解決」が示されます。
金袋に刻まれていた三日月の紋章は、鋳造刻印を専門に扱う職人によれば、王都南部にある小さな貨幣工房のものだと分かった。
マルクスの許可を得て、カインがその工房を訪ねたその日の朝、思いがけない報せが離宮に届いた。
「――犯人が、捕まった?」
フィリアは、書状を持ってきたマルクスの言葉に、耳を疑った。
「昨夜、王都で商会を営む男、ジェラルド・ホーンが拘束されました。あなたの事件に関わる証拠と、一致する品が、彼の屋敷から発見されたとのことです」
「一致する品、とは」
「眠り月草の残り。そして――三日月の紋章が入った印章」
フィリアは、しばらく言葉が出なかった。
「――誰が、彼を見つけたのですか」
「宰相府の調査班です。あなたたちの調査とは、別の経路で動いていたようです」
フィリアの背筋に、冷たいものが走った。
(別の経路。あまりにも、都合がよすぎる)
◇
その日の午後、カインが工房から戻ってきた。彼の表情は、複雑だった。
「金袋を作った工房の主人に話を聞いた。この紋章の意匠を発注したのは――半年前、代理人を通じてだったそうだ」
「ジェラルドという名前は」
「聞いたこともないと言っていた。それに、代理人の特徴も聞いてきた」
「どんな」
「地味な身なりの、初老の男だったそうだ。声は低く、訛りがなかった――王都の中央区で育った人間の話し方だ、と主人は言っていた」
フィリアは、その特徴を頭の中で書き留めた。
「ジェラルド様は、王都の外れの出身だと聞いています。訛りがない、というのは」
「地方出身の商人には見えない、ということだ」
カインは、腕を組んだ。
「妙な話だ。捕まった男の屋敷から証拠が出た、というが、金袋を発注した人物とは、繋がりが見えない」
「私も、同じ違和感を持っています」
フィリアは、書状をもう一度読み返した。
「ジェラルド・ホーンという名前――聞いたことがあります。ラングドン家と、商売上の因縁がある商人です」
「因縁?」
「数年前、父の事業と競合して、大きな取引を失敗させられたとか。父が、苦々しく語っていたのを覚えています」
カインの目が、鋭くなった。
「――動機は、あるということか」
「ラングドン家に恨みを持つ人間として、筋書きは通ります。でも」
フィリアは、首を振った。
「あまりにも綺麗すぎる筋書きです。私を陥れる動機と、リーゼに毒を盛る動機、両方が一人の人間に都合よく揃っている」
「事件の後始末を、急いで終わらせたい人間がいる、ということか」
「ええ。しかも」
フィリアは、拳を握った。
「このまま彼が真犯人ということになれば――鑑定式は、形だけのものになる可能性があります」
「形だけ、とは」
「真犯人が既に見つかっているなら、鑑定式は、私の潔白を確認するための儀式ではなく、ジェラルドの罪を確定させるための、追認の場になるかもしれません」
フィリアの声には、焦りが滲んでいた。
「それでは、本当の黒幕は、永遠に明らかにならないままです」
前世の記憶が、頭の片隅で警鐘を鳴らしていた。ゲームのシナリオに、ジェラルド・ホーンという名前は、一度も出てこない。都合よく用意された「答え」は、シナリオにない人物である分、なおさら作為的に見えた。
「ゲームには、いない人物です」
フィリアは、思わず呟いた。
「ゲーム?」
「――独り言です。忘れてください」
フィリアは、慌てて口をつぐんだ。前世の記憶の話は、カインにもまだ完全には打ち明けていない。
◇
夕方、マルクスが再び訪れた。
「拘束されたジェラルドに、面会の申請を出しました。私が立ち会う形で、あなたたちが話を聞くことを許可します」
「――ありがとうございます」
フィリアは、深く頭を下げた。
「一つ、申し上げておきます」
マルクスは、静かに続けた。
「私も、この『解決』には違和感を持っています。証拠が揃うのが、あまりにも早すぎる。まるで、最初から用意されていたかのように」
「同じ考えです」
フィリアは、頷いた。
「誰かが、都合のいい答えを、私たちに押し付けようとしている」
「宰相府の調査班――その中に、事件を早期に終わらせたがっている人間がいるのかもしれません。政治的な理由で」
マルクスは、珍しく自分の推測を口にした。
「鑑定式が長引けば長引くほど、王家の威信に関わる、という声もあります。誰かが、その声に応えようとしている可能性はある」
「面会は、明日の朝に設定します。それまでに、聞くべきことを整理しておいてください」
マルクスが去った後、フィリアはカインと共に、窓辺に立った。夕日が、離宮の庭を赤く染めていた。
「残り、二十二日」
カインが、静かに言った。
「早すぎる解決には、必ず裏がある」
「ええ」
フィリアは、拳を握りしめた。
「ジェラルドという人が、本当に無関係なのか。それとも、彼自身も、何かの駒として使われているだけなのか――明日、確かめます」
「聞くことは、絞った方がいい」
カインが、静かに言った。
「向こうも、監視の目の中で話す以上、迂闊なことは言わないだろう。核心を突く質問は、一つか二つに絞って、確実に反応を引き出す」
「――そうですね」
フィリアは、頷いた。
「まず、金袋を発注した代理人の特徴。地味な身なりで、訛りのない初老の男。これに、ジェラルド様が心当たりを示すかどうか」
「もう一つは」
「眠り月草の入手経路です。あの毒草は、市場に出回るものではありません。専門の栽培者か、闇の流通に頼るしかない。ジェラルド様の商売の範囲で、それが可能かどうか」
カインは、小さく頷いた。
「反応一つで、演技か本物か、ある程度は見えてくるはずだ」
「ええ」
フィリアは、拳を胸に当てた。
「明日、確かめます」
庭の木々が、夕風に小さく揺れていた。フィリアは、その音に耳を澄ませながら、頭の中で明日の質問を、一つずつ組み立て直した。
(都合のいい答えに、飛びついてはいけない)
(本当の真実は、まだ、その奥にある)
第九話「都合のいい答え」をお読みいただき、ありがとうございます。
事件があまりにも早く「解決」してしまう、という展開にしました。読者の方にも「これで終わり?」という違和感を持ってもらえたら狙い通りです。フィリアたちが、その違和感を頼りに、さらに奥へと踏み込んでいく次回に繋げます。
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