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無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


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第七話 監査官マルクス

残り二十四日。新たな監視者が、離宮に着任します。

 マルクス・ヴェインが離宮に着任したのは、翌朝のことだった。


 茶色の髪を整え、隙のない立ち姿をした青年だった。年齢はカインより少し上だろうか。彼は、離宮の門をくぐると、真っ先にフィリアの部屋を訪れ、淡々と名乗った。


「王家直属特別監査官、マルクス・ヴェインです。以後、こちらに常駐いたします」


「――よろしくお願いします」


 フィリアは、令嬢らしい微笑みを浮かべた。だが、内心では、彼の一挙一動を注意深く観察していた。


「まず、規則をお伝えします」


 マルクスは、手にした書類に目を落としながら続けた。


「離宮への訪問者は、全て事前に私の許可を得ること。警護の外出も、行き先と目的を記録に残すこと。書状のやり取りは、私が検分いたします」


 カインが、眉を寄せた。


「――外出のたびに、許可がいるのか」


「そういう決まりになりました」


 マルクスは、感情の読めない声で答えた。


「私情は挟みません。あなたがフィリア様の潔白を信じているのか、疑っているのか、そこにも興味はない。ただ、決められた手続きを、正確に遂行するだけです」


「随分と、機械的な物言いですね」


 フィリアは、探るように言った。


「感情で判断を誤る人間を、私は何度も見てきました」


 マルクスは、初めて、僅かに表情を動かした。


「機械的である方が、公正でいられる。少なくとも、私はそう考えています」


 その言葉には、どこか実感のこもった響きがあった。フィリアは、その響きに、僅かな興味を覚えた。


(この人は――少なくとも、誰かの手先で嬉々として動くタイプではなさそうだ)


(だとしたら、味方にはならなくても、少なくとも、公正な壁として機能するかもしれない)


「一つ、伺ってもよろしいですか」


 フィリアは、静かに尋ねた。


「あなたは、私が有罪だと思いますか。無罪だと思いますか」


「今の段階では、どちらとも判断していません」


 マルクスは、即答した。


「判断するための材料が、まだ揃っていない。揃うまでは、判断を保留する。それが、私の仕事のやり方です」


 その返答は、フィリアにとって、意外なほど誠実に響いた。


「――結構です。それで十分です」


 マルクスは、僅かに視線を落とした。


「一つ、申し添えておきます。私は、この件が公正に裁かれることを望んでいます。もし本当に、あなたが冤罪であるなら――それを見過ごすつもりはない」


 その一言に、フィリアは思わず彼の顔を見返した。


「――意外な、お言葉ですね」


「私にも、理由があります」


 マルクスは、それ以上語らず、書類を閉じようとした。だが、フィリアは、その手が一瞬止まったのを見逃さなかった。


「――理由、というのは、あなた自身のご経験に関わることですか」


 マルクスは、書類を閉じる手を止めたまま、少しの間、沈黙した。


「……昔、身内が、証拠不十分のまま裁かれたことがあります。それ以上は、今は申し上げられません」


「――お聞きして、申し訳ありませんでした」


「いえ。仕事の話に、私情を混ぜてしまった。忘れてください」


 マルクスは、いつもの平坦な声に戻すと、書類を閉じた。


「詳しくは、また機会があれば」


 彼は、一礼して部屋を出ていった。フィリアは、その背中を見送りながら、小さく息を吐いた。


(理由がある、か)


(彼にも、彼なりの過去があるのかもしれない。証拠不十分のまま裁かれた身内――それは、今の私の状況と、どこか重なる)


 ◇


 マルクスが去った後、部屋にはカインだけが残った。


「厄介な奴が来た」


 カインは、低く呟いた。


「外出のたびに許可がいるとなると、これまでみたいに自由には動けない」


「でも、彼は――少なくとも、最初から敵として振る舞うつもりはないようです」


 フィリアは、窓の外を見た。


「公正であろうとする人間なら、証拠を積み上げれば、味方につけられるかもしれません」


「甘い読みかもしれない」


 カインは、腕を組んだ。


「王家が送り込んだ人間だ。王家の意向――つまり、評議会で前倒しを支持していた連中の意向を、汲んで動く可能性もある」


「そうかもしれません。でも、今の段階で疑心暗鬼になっても、前には進めません」


 フィリアは、拳を握った。


「まずは、彼の目を盗まず、正面から向き合う形で、調査を続ける方法を考えましょう」


「――どうやって」


「監査官の許可が必要なら、堂々と申請すればいい。『警護の巡回』ではなく、『被疑者本人の希望による、証拠確認の申し出』として」


 カインは、驚いたようにフィリアを見た。


「――正面から、堂々と行くのか」


「隠れて動けば、疑われた時に言い訳ができません。でも、正式な手続きを踏んで動けば、マルクス様も、拒否する理由を見つけにくいはずです」


 フィリアの声には、これまでにない強さがあった。


「工房の件も、三日月商会の件も、私は知りたい。潔白を証明するための調査だと、堂々と申し出ます」


 カインは、しばらくフィリアを見つめた後、小さく笑った。


「――あんた、本当に、変わってきたな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 夕方、フィリアは早速、マルクスに書状を書いた。事件に関わる証言と証拠を、正式な手続きの下で集めたい、という申し出だった。文面を練るのに、随分と時間がかかった。強すぎれば警戒され、弱すぎれば軽んじられる――その塩梅を、フィリアは何度も書き直した。


 カインは、その間、部屋の隅で黙って見守っていた。急かすでもなく、口を挟むでもなく、ただ、ペンを走らせるフィリアの横顔を見ていた。


 返事は、その日のうちに届いた。


『申し出、了承する。ただし、全ての調査には、私が同行、あるいは事後報告を義務とする』


 フィリアは、その一文を読んで、小さく息を吐いた。


「――半分は、勝ち取れました」


「半分、か」


 カインが、窓の外に目をやった。太陽が、山の向こうに沈みかけている。


「残り、二十四日」


「監査官という壁ができた分、これまでより慎重に進めなければなりません」


 フィリアは、書状を丁寧に折りたたんだ。


「でも、止まるわけにはいきません」


 カインは、それには答えず、静かに立ち上がると、部屋の扉に手をかけた。振り返らないまま、一言だけ残す。


「――次の外出申請、俺が書いておく。今夜のうちに」


 扉が閉まる音が、静かな部屋に短く響いた。

第七話「監査官マルクス」をお読みいただき、ありがとうございます。


新キャラクターのマルクスは、敵でも味方でもない「公正であろうとする第三者」として登場させました。フィリアが、隠れて動くのではなく、正面から堂々と調査を申し出るという戦略を選ぶあたりに、彼女の成長を感じてもらえたら嬉しいです。


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