第六話 監視の目
残り二十五日。評議会の結果と、工房を巡る手がかりが交差します。
評議会の結果は、翌日の午後、セドリックの使いによってもたらされた。
今回は本人が訪れる余裕はなかったらしく、代わりに一枚の書状が、カインを介して届けられた。フィリアは、震える指でそれを開いた。
『前倒し案は否決。理由は手続き上の不備。ただし、条件付き』
フィリアは、詳細を読み進めた。
「――『真実の鑑定式』までの期間は、従来通り三十日を維持する。ただし、離宮の警護体制を見直し、王家直属の特別監査官を一名、常駐させる』」
フィリアは、書状から顔を上げた。
「監査官、ですか」
「聞いたことのない役職だ」
カインは、眉を寄せた。
「王家が直接、監視の目を送り込んでくる、ということか」
「表向きは、私の身の安全を守るため、という名目でしょうね」
フィリアは、書状を握りしめた。
「でも、実際は――私たちの動きを、逐一報告させるためのものです」
「調査がやりにくくなる」
カインの声に、苛立ちが滲んだ。
「監査官が常駐すれば、俺が外に出る口実を作るのも、これまでより難しくなる」
「時間は守られました。でも、自由が削られた」
フィリアは、深く息を吐いた。
「一長一短、というところでしょうか」
「殿下は、これが精一杯だったんだろう」
カインは、書状を見つめた。
「監査官が誰になるかで、状況は変わる。味方に近い人間なら、まだいい。だが」
「敵の差し金だったら」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
「監査官の名前は、書状に」
フィリアは、もう一度文面に目を落とした。
「――『マルクス・ヴェイン』とあります」
「ヴェイン、というと」
「リーゼの家名と同じです。ですが、男爵家は分家も多い。同じ姓というだけで、繋がりがあるとは限りません」
「用心はしておくべきだ」
カインは、腕を組んだ。
「明日には着任するだろう。あんたの言動は、これまで以上に見られることになる」
「分かっています」
フィリアは、書状を折りたたんだ。
「令嬢らしく、大人しく幽閉されている振りをします。調査は、あなたに頼らざるを得ませんね」
「上等だ」
カインは、初めて微かに口の端を上げた。
「俺の方が、動きやすい」
◇
その日の夕方、カインは布切れを持って、ラングドン家御用達の工房を訪ねる許可を得た。監査官の着任前に、最後の自由な外出になるかもしれない――そう考えての行動だった。
工房の主人は、老齢の職人だった。カインの顔を見ると、驚いたように目を見開いた。
「――カイン坊っちゃん。いや、もう坊っちゃんという歳でもないか」
「世話になった」
カインは、短く頭を下げると、懐から布切れを取り出した。
「これに、見覚えは」
職人は、布切れを受け取り、光にかざした。指先で織り目を確かめ、糸を一本抜き取って匂いを嗅ぐ。長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「――これは、うちの糸だ。間違いない」
「うちの、ということは」
「うちが仕立てた制服の生地だ。ただし」
職人は、布切れを机の上に置いた。
「この色合いは、通常の受注品じゃない。特別に染料の配合を変えて、少量だけ作った時のものだ」
「誰が、その特別な注文を」
「一年ほど前だったか。ラングドン公爵家から、内々にという条件で、少量の制服生地を頼まれた。数着分だけ、通常とは違う色合いで、というな」
カインの表情が、凍りついた。
「――ラングドン家から、直接」
「ああ。注文主の名前までは聞かなかった。屋敷の使いが来て、口頭で伝えられただけだ。だが、代金は間違いなく公爵家の紋章が入った封筒で支払われた」
カインは、しばらく言葉を失った。
(三日月商会が手配した、なりすました侍女の制服)
(その生地の出所が――ラングドン家からの内々の注文)
背筋を、冷たいものが這い上がった。
(これは、外部の犯行じゃない)
(少なくとも、ラングドン家の内側に、この事件と繋がっている人間がいる)
「屋敷の使い、というのは、男か。それとも」
カインは、念のために尋ねた。
「女だったな。侍女らしい格好の女だった。顔はよく覚えていない――こっちも忙しい時期で、応対もそこそこだった」
「――どんな年頃だった」
「若くはなかった。中堅どころ、というか。まあ、あの家には侍女も女官も大勢いるだろうから、特定は難しいだろう」
職人は、そう言って肩をすくめた。カインは、それ以上の手がかりは引き出せないと悟り、礼を言うと、離宮への道を急いだ。夕闇が、王都の街並みを覆い始めていた。
◇
「――家の中、ですか」
報告を聞いたフィリアの声は、掠れていた。
「一年前に、内々の注文があったそうだ。数着分、通常と違う色合いの制服生地。使いに来たのは、中堅どころの侍女らしい女だったと」
「一年前……」
フィリアは、目を伏せた。
(一年前から、準備されていた)
(行き当たりばったりの犯行じゃない。誰かが、長い時間をかけて、この日のために準備していた)
脳裏に、幾つかの顔が浮かんだ。父。異母弟。そして――継母のヴィオラ。
どの顔も、まだ決定的な証拠には結びついていない。だが、輪の中心が、少しずつ、自分の家の中へと絞られていくのを、フィリアは感じていた。
「屋敷の侍女や女官の名簿は、手に入りますか」
「監査官が来る前になら、まだ動ける。明日の朝一番で、家令に当たってみる」
「お願いします」
フィリアは、震える指先を、そっと握り込んだ。令嬢としての仮面の下で、何かがひび割れそうになっているのを、自分でも感じていた。
「監査官が来る前に、この情報を、どう活かすか」
カインは、窓の外を見た。太陽が、完全に沈もうとしている。
「残り、二十五日」
「――ええ」
フィリアは、拳を握りしめた。
「家の中の誰が、これに関わっているのか。慎重に、でも、急いで調べなければ」
言いかけて、フィリアは口をつぐんだ。頭に浮かんだ名前を、まだ声にする勇気が出なかった。
「――ヴィオラ様が、まさか」
その先の言葉は、闇に溶けて消えた。
第六話「監視の目」をお読みいただき、ありがとうございます。
評議会の前倒し案は否決されましたが、代わりに「特別監査官」という新たな障害が加わりました。そして、布切れの調査から、事件がラングドン家の内部と繋がっている可能性が浮上します。まだヴィオラの名前は出しませんが、輪は少しずつ狭まっています。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!




