第二十九話 それぞれの結末
事件の後始末と、それぞれが迎える結末を描きます。
鑑定式から三日後、国王による正式な裁可が下された。
ヴィオラの罪状は、王家に対する背信、及び公爵令嬢への殺害未遂。極刑もあり得る重罪だったが、最終的な処罰は、辺境への流刑と決まった。
その裁定に、フィリアが一枚噛んでいたことを、彼女自身は誰にも語らなかった。ただ、国王への直訴の場で、フィリアは一つだけ、こう申し出た。
「――アレンには、罪はありません。母の罪で、あの子の未来まで奪わないでいただきたいのです」
その言葉が、どれほど裁定に影響したかは分からない。だが、ヴィオラの処罰が極刑ではなく流刑となった背景に、フィリアの想いがあったことは、確かだった。
◇
離宮の幽閉が解かれた日、フィリアはラングドン公爵邸に戻った。
「――お帰り、フィリア」
父ギルバートは、以前よりも老けた顔で、それでも確かな安堵を浮かべて娘を迎えた。
「お父様……」
「すまなかった。あの夜、お前を、すぐに信じてやれなかった」
ギルバートは、深く頭を下げた。
「いえ」
フィリアは、静かに首を振った。
「証拠が、あまりにも精巧でした。お父様だけの落ち度ではありません」
「――アレンのことだが」
ギルバートの声が、僅かに沈んだ。
「あの子には、全ての真実を、少しずつ話していくつもりだ。今はまだ、母親が遠くへ行った、としか伝えていない」
「――それでいいと思います」
フィリアは、庭で一人、寂しそうに座るアレンの姿を見つめた。
彼女は、そっと弟の隣に腰を下ろした。
「――姉様」
「アレン。少し、話をしましょう」
フィリアは、優しく語りかけた。
「お母様は、遠くへ行くことになったの。でも、それは、あなたのせいじゃない。あなたは、何も悪くない」
「――母様は、悪いことをしたの?」
アレンの問いに、フィリアは、しばらく答えを探した。
「――大人にも、間違えることがあるの。お母様は、あなたのことを、とても大切に想っていた。それだけは、本当よ」
完全な答えではなかったかもしれない。だが、今のアレンに伝えられる、精一杯の真実だった。
「姉様は、これから、ずっとここにいてくれる?」
アレンが、不安そうに尋ねた。
「ええ。もう、どこにも行かないわ」
フィリアは、弟の頭を、そっと撫でた。アレンは、小さく頷くと、フィリアの肩に、頭を預けてきた。
◇
その夜、セドリックが、正式な使者として、ラングドン邸を訪れた。
「――フィリア。改めて、詫びを言わせてほしい」
彼は、深く頭を下げた。
「あの夜、私は、お前の言葉より、大広間の空気を信じた。王太子としての立場を言い訳に、自分の目で見た違和感を、握り潰した」
「殿下……」
「今回のことで、思い知った。立場や体面を理由に、目の前の人間を信じないことが、どれほどの罪になり得るか」
セドリックの声には、確かな悔恨があった。
「私は、これから、王太子として、もっと自分の目と耳を信じる。誰かの言葉や、都合のいい筋書きに、流されないように」
フィリアは、その言葉を、静かに受け止めた。
「――婚約者としては、失格だったかもしれません」
セドリックは、苦笑した。
「だが、一人の人間として、お前を尊敬している。この先、どんな形であれ、お前の力になりたいと思っている」
「――ありがとうございます」
フィリアは、静かに微笑んだ。
二人の関係は、もう、以前のようには戻らないだろう。だが、そこには、確かな、新しい形の信頼が芽生えていた。
◇
全ての後始末が落ち着いた頃、フィリアはリーゼと、久しぶりにゆっくりと話す時間を持った。
「――フィリア様。本当に、良かったです」
リーゼは、涙ぐみながら言った。
「あなたの証言と勇気がなければ、ここまで辿り着けませんでした」
「私は、ただ、本当のことを話しただけです」
リーゼは、はにかむように笑った。
「でも、その『本当のこと』を話すのが、一番、難しいことだったと思います」
フィリアは、深く頷いた。
マルクスも、正式な報告書の作成という名目で、最後にラングドン邸を訪れた。
「――監査官としての任務は、これで終了です」
「これまで、本当にありがとうございました」
フィリアは、深く頭を下げた。
「あなたの公正さがなければ、この事件は、決して解決しませんでした」
「私は、ただ、事実を追っただけです」
マルクスは、いつもの淡々とした調子で言った。だが、その口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「――いつか、お話しできる日が来れば。私自身の、過去についても」
「――お待ちしています」
フィリアは、静かに頷いた。
◇
夕方、フィリアは、庭でカインと二人きりになった。護衛の任も、正式には今日で終わる。
「――これから、どうするのですか」
フィリアは、尋ねた。
「近衛に、正式な報告書を出す。その後のことは、まだ決めていない」
カインは、素っ気なく答えた。
「離宮の任が終われば、あんたの傍にいる理由も、なくなる」
フィリアの胸が、小さく痛んだ。
「――理由が、なければ、いられませんか」
その問いに、カインは、しばらく黙り込んだ。
「あんたが、望むなら」
カインは、視線を逸らしたまま、低く言った。
「命令じゃなく、俺自身の意志で、傍にいることもできる」
「――望みます」
フィリアは、迷わず答えた。
「これからも、傍にいてください」
カインは、驚いたように顔を上げ、それから、これまで見たことのない、柔らかな笑みを浮かべた。
窓の外、夕日が、ラングドン邸の庭を、温かな橙色に染めていた。三十日という長い戦いの果てに、フィリアは、これまでとは違う、新しい日々の始まりを、静かに感じ取っていた。
第二十九話「それぞれの結末」をお読みいただき、ありがとうございます。
事件の後始末と、各キャラクターたちのその後を描いた回です。セドリックには、単なる裏切り者では終わらせず、しっかりと自分の過ちに向き合う場面を用意しました。次回、いよいよ最終話です。
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