第二十八話 真実の光
全ての糸が、一つに繋がる時。
濁った光が、大神殿の空気を、重く塗り替えていた。
誰も、言葉を発せなかった。大神殿を埋め尽くす貴族たちの視線が、じっとヴィオラに注がれている。ヴィオラは、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、彼女の口から、乾いた笑い声が漏れた。
「――ふふ。ここまで、ということでしょうね」
その声には、これまでの優雅さの欠片もなかった。フィリアは、初めて目にする継母の素顔に、息を呑んだ。
「――お義母様」
「もう、隠す意味もないわね」
ヴィオラは、静かに、しかし、はっきりとした声で言った。
「ええ、私がやったわ。あなたを陥れるために、全てを仕組んだ」
大神殿に、大きなどよめきが走った。貴賓席では、ギルバートが、崩れ落ちるように椅子に沈み込んでいた。
◇
「――なぜ、ここまでのことを」
フィリアの声は、震えていた。大神殿の重い沈黙の中、彼女は、継母の答えを、まっすぐに待った。
「私が、あなたに、何をしたというのですか」
ヴィオラは、乾いた目で、フィリアを見つめた。
「あなたは、何もしていないわ。ただ――ラングドン家の、正統な長女として、生まれてきただけ」
その言葉に、フィリアは、言葉を失った。
「私は、先妻が亡くなった後に嫁いだ、後添えの妻。社交界では、いつまでも『後妻』としか見られない。アレンがどれだけ優れていても、あなたがいる限り、公爵家を継ぐのは、あなたか、あなたの婿だけ」
ヴィオラの声には、長年抱え続けてきた、深い澱のようなものが滲んでいた。
「私は、見てきたの。私と同じ立場だった、遠縁の女性が――夫が亡くなった途端、先妻の子供たちに、実家ごと放り出されるのを。財産も、地位も、全て奪われて」
「――だから、私を」
「あなたが生きている限り、アレンには、何も残らない。旦那様が亡くなれば、私たちは、いつか同じ目に遭う。そう、確信していたわ」
ヴィオラは、静かに首を振った。
「悪役令嬢が処刑される、というゲームのような噂話が、社交界に広まっていたのを利用したのよ。あなたが、前世の記憶を持っていることまでは、知らなかったけれど――『都合のいい筋書き』は、いくらでも作れた」
フィリアは、深く息を吸った。怒りと、悲しみと、それでも拭いきれない、家族への複雑な想いが、胸の中で渦巻いていた。
「三日月商会も、ルカという男も――全部、あなたが」
「ルカは、昔からの知り合いよ。訳あって、この国では表立って生きられない事情を抱えていた。私が、彼の弱みを握っていた、と言った方が正確かしら」
ヴィオラは、他人事のように淡々と語った。
「三日月商会は、彼に作らせた、使い捨ての道具。役目を終えれば、消える手筈になっていた」
「――そこまで、周到に」
フィリアの声が、掠れた。
「一年半かけて、準備したわ。あなたが思っている以上に、長い時間をかけて」
「アレンは、何も知りません」
「ええ。あの子には、関係のないことよ」
ヴィオラの声が、初めて、僅かに揺らいだ。
「あの子にだけは……幸せに、生きてほしかった」
「その方法が、これだったのですか」
フィリアの声には、抑えきれない怒りが滲んだ。
「私を殺そうとして、証言者を脅し、暗殺者まで送り込んで――それが、アレンのためだったと?」
ヴィオラは、何も答えなかった。ただ、静かに目を伏せるだけだった。
◇
「――ヴィオラ・フォン・ラングドン」
大神官の重々しい声が、大神殿に響いた。
「そなたの罪、鑑定式と、そなた自身の告白によって、明白となった。王家に対する重大な背信、及び、公爵令嬢への殺害未遂の罪。この罪状は、国王陛下の裁可を仰ぎ、正式な処罰が下される」
衛兵たちが、静かにヴィオラを取り囲んだ。
連行される直前、ヴィオラは、フィリアに向き直った。
「――フィリア」
「……何ですか」
「あなたが憎かったわけでは、なかったのよ」
ヴィオラの声には、初めて、人間らしい弱さが滲んでいた。
「ただ、恐ろしかった。何も持たない自分と、アレンの未来が。それだけだった」
その言葉を最後に、ヴィオラは、衛兵に連れられ、大神殿を後にした。
◇
大神殿に残されたのは、重い静寂だった。
ギルバートが、よろめきながら、フィリアの元に歩み寄った。
「――フィリア。すまなかった」
父の声は、これまで聞いたことのないほど、力なかった。
「私が、もっと早く気づいていれば……お前を、あんな夜に、あんな目に遭わせずに済んだかもしれない」
「お父様のせいでは、ありません」
フィリアは、静かに首を振った。
「お義母様は、それだけ、周到だったのです」
「アレンには……なんと伝えれば」
ギルバートは、両手で顔を覆った。
「私が、伝えます」
フィリアは、静かに言った。
「あの子は、まだ何も知りません。でも、いつか知る日が来ます。その時、姉として、傍にいてあげたいのです」
フィリアは、その場に、しばらく立ち尽くしていた。
「――終わった、のか」
カインが、静かに歩み寄った。
「ええ」
フィリアの声は、掠れていた。
「でも、勝った、という気持ちには、なれません」
「そうだろうな」
カインは、フィリアの肩に、そっと手を置いた。
「それでも、あんたは、正しいことをした。あんたが、諦めなかったから、真実が明らかになった」
フィリアは、深く息を吐いた。窓から差し込む光が、大神殿を静かに照らしていた。
(お義母様の言葉――全てが、言い訳にはならない)
(でも――同じ立場に立たされたら、私は、違う選択ができただろうか)
簡単には答えの出ない問いを抱えながら、フィリアは、静かに大神殿を後にした。
処刑まで、あと三十日。その猶予は、今日、確かに終わりを迎えた。
第二十八話「真実の光」をお読みいただき、ありがとうございます。
ついにヴィオラの真意が明らかになりました。単純な悪ではなく、彼女なりの恐怖と絶望が動機にあった、という形で書きたかった回です。フィリアの複雑な感情も、丁寧に描いたつもりです。物語も、いよいよ終盤――次回、事件の後始末と、それぞれの結末を描きます。
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