第二十七話 綻び
揺らいだ共鳴の意味を、フィリアたちが解き明かします。
大神殿が、混乱に包まれた。
「共鳴が乱れたということは……つまり、判定は無効ということか」
貴族たちのざわめきが、次第に大きくなっていく。ヴィオラは、その混乱に紛れるように、静かに表情を取り戻しつつあった。
「――大神官殿。判定が乱れたのであれば、私への疑いは、これ以上向けられるべきではないと存じます」
ヴィオラの声は、落ち着きを取り戻していた。
だが、フィリアは、そこで声を上げた。
「――お待ちください」
大神殿の視線が、一斉にフィリアへ向いた。
「共鳴が乱れたことこそが、答えなのではないでしょうか」
「――どういう、ことだ」
大神官が、困惑した様子で尋ねた。大神殿を埋め尽くす貴族たちの視線が、一斉に、若い令嬢へと集まった。
「単純な問いに、はっきりと『いいえ』と答えたにもかかわらず、共鳴が乱れた。これは、二つの可能性を示しています」
フィリアは、震える声を、意志の力で抑えながら続けた。
「一つは、心の底に、答えと矛盾する何かを抱えている場合。もう一つは――共鳴そのものを、意図的に歪める何かが、働いている場合です」
マルクスが、進み出た。
「私からも、申し上げます。先日、王都近郊の闇市場で、『共鳴を乱す護符』が、貴族らしき使いの手によって購入された記録を確保しています」
マルクスは、証拠として押収した護符の実物を、掲げて見せた。
「この護符は、身につけているだけで、真偽判定の精度を大きく落とす効果を持つとされています。もし、この場にいる誰かが、同種の品を隠し持っているとすれば――先ほどの共鳴の乱れにも、説明がつきます」
大神殿に、緊張が走った。
「――失礼を承知で、申し上げます」
セドリックが、進み出た。
「ヴィオラ卿。身の潔白を示すためにも、身体検査を受けていただくことは、可能でしょうか」
ヴィオラの顔から、初めて、明確な動揺が見えた。
「――王太子殿下。それは、あまりに、無礼な要求では」
「無実であれば、何も問題はないはずです」
セドリックの声は、揺るがなかった。
「それとも――何か、都合の悪いものでも、身に着けていらっしゃいますか」
沈黙が、大神殿を支配した。フィリアは、その沈黙の中で、貴賓席の父ギルバートが、両手を固く握りしめているのを見た。祈るような、それでいて何かを覚悟したような表情だった。
傍聴席の一角で、リーゼが、両手を胸の前で握りしめ、じっとヴィオラを見つめていた。ミラも、オスカーも、固唾を呑んで成り行きを見守っている。これまでフィリアと共に歩んできた人々の視線が、今、一点に集まっていた。
◇
やがて、ヴィオラは、静かに息を吐いた。
「――結構です。お受けいたします」
その声には、これまでの余裕が、僅かに揺らいでいた。
女官によって、別室で簡単な身体検査が行われた。大神殿に残された者たちは、誰も口を利かなかった。長い、重い時間だった。フィリアは、その静寂の中で、これまでの三十日間の全てが、この一瞬に集約されていくのを感じていた。しばらくして戻ってきた女官の手には、小さな布袋が握られていた。
「――ドレスの内側、胸元に、これが縫い付けられていました」
女官が、布袋を大神官に差し出した。中には、鈍く光る、小さな金属製の護符が入っていた。
大神官が、それを鑑定用の道具で確かめる。
「――間違いない。これは、共鳴を歪める効果を持つ、禁制の魔道具だ」
大神殿に、大きなどよめきが広がった。
ヴィオラの顔から、完全に、微笑みが消えていた。
「――それは……」
「先ほどの闇商人からの証言と、押収品の護符の意匠、完全に一致します」
マルクスが、静かに、しかし確かな声で告げた。
「潔白であるならば、このような品を、身に着ける必要はありません」
「言い訳のしようが、ない、ということですか」
セドリックが、静かに、しかし容赦のない声で続けた。
「これまで、状況証拠だと言い張ってきた全てが、この護符一つで、意味を変えます。証拠を隠す必要がなかったのなら、なぜ、これほどまでに手の込んだ細工が必要だったのか」
ヴィオラは、答えなかった。ただ、扇子を握る指先が、微かに白くなっていくのが見えた。
「先の筆跡鑑定の結果と合わせれば、もはや、疑いの余地はありません」
マルクスは、静かに、しかし止めを刺すように言葉を継いだ。
大神殿に、これまでで最も大きなどよめきが広がった。ヴィオラは、もはや、それに反論する言葉を持たなかった。
◇
ヴィオラは、しばらく、何も言えずに立ち尽くしていた。
フィリアは、その姿を見つめながら、複雑な想いに胸を締め付けられていた。
(お義母様――もう、言い逃れはできない)
(でも、まだ、これだけでは)
フィリアは、深く息を吸い、声を張った。
「もう一度、お尋ねします。護符なしで、正直に答えていただけますか」
大神官が、護符を取り上げ、改めて問いを発した。
「――ヴィオラ・フォン・ラングドン。改めて問う。そなたは、フィリア・フォン・ラングドンを陥れるため、何らかの関与をしたか」
大神殿に、痛いほどの静寂が満ちた。
ヴィオラは、しばらく目を閉じていた。そして、ゆっくりと目を開けると、これまでとは全く違う、乾いた声で答えた。
「――いいえ」
その瞬間、魔法陣が、これまでで最も激しく、濁った光を放った。誰の目にも、その意味は、もはや明らかだった。
ヴィオラは、大きく肩で息をつくと、それでも、その場に立ち尽くしたまま、動かなかった。彼女の口から、これまで一度も聞いたことのない、掠れた声が漏れた。
「――違う。私は、私はただ……」
その先の言葉は、震えるばかりで、形にならなかった。大神殿を包んでいたざわめきが、その光景を前に、水を打ったように静まり返った。誰もが、その先の言葉を、息を詰めて待っていた。
第二十七話「綻び」をお読みいただき、ありがとうございます。
護符の発見と、二度目の鑑定式で、ヴィオラの嘘が誰の目にも明らかになる回にしました。ここまで積み上げてきた証拠と証言が、一つに繋がる瞬間を書けて、感慨深いものがあります。次回、ついに真相の全貌が明かされます。
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