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無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


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第二十六話 断罪の儀、開廷

運命の日。真実の鑑定式が、ついに始まります。

 王宮の大神殿は、荘厳な静けさに包まれていた。


 高い天井、石造りの柱、中央に描かれた巨大な魔法陣。その周囲には、王族、有力貴族、大神官たちが居並び、フィリアの断罪の儀を見届けようとしていた。


 フィリアは、白い儀式用の衣を纏い、魔法陣の中央に立たされた。素足に、石畳の冷たさが伝わってくる。三十日前、同じ衣を纏って断罪された夜のことが、脳裏をよぎった。あの時は、絶望しかなかった。今は、違う。


 傍らには、カインとマルクス。少し離れた場所に、セドリックと、証言のために呼ばれたリーゼ、そしてオスカーとミラの姿もあった。


 貴賓席の一角には、ヴィオラと父ギルバートの姿もあった。ヴィオラは、いつも通りの、穏やかな微笑みを浮かべていた。だが、フィリアには、その微笑みの裏に、これまでとは違う、張り詰めたものを感じ取っていた。


(今日で、全てが終わる)


(お義母様も、それを、分かっているはず)


 ◇


「――これより、フィリア・フォン・ラングドンに対する、真実の鑑定式を執り行う」


 大神官の重々しい声が、大神殿に響いた。


「対象者は、いくつかの問いに答える。その答えの真偽を、魂の共鳴によって判定する」


 フィリアは、深く息を吸った。


「フィリア・フォン・ラングドン。問う。そなたは、リーゼ・ヴァインに対し、毒を盛ろうとしたか」


「――いいえ」


 フィリアは、はっきりと答えた。


 魔法陣が、淡い光を放った。その光は、澄んだ、揺るぎない輝きを見せた。


 大神殿に、ざわめきが広がった。


「――真実、と出た」


 大神官が、静かに告げた。


 フィリアは、僅かに安堵の息を吐いた。だが、まだ終わりではない。真犯人を明らかにするための、本当の戦いは、これからだった。


 ◇


「フィリア様の潔白が示されたところで」


 セドリックが、進み出た。


「王太子として、本件の追加の証拠と証言の提示を、正式に要請する」


 大神官が、頷いた。


「――許可する」


 マルクスが、これまで集めた証拠を、一つ一つ、丁寧に提示していった。


 消えた帳簿。工房への内々の注文。金の流れ。短剣の依頼主。そして、闇商人が売った、共鳴を歪める護符。証拠が一つ提示されるごとに、大神殿のざわめきは大きくなっていった。集まった貴族たちの間に、これまでの「毒殺未遂事件」という単純な図式が、根底から覆っていく気配が広がっていく。


「――これらの証拠は、いずれも、ラングドン公爵夫人、ヴィオラ様に繋がるものです」


 マルクスの声は、これまでになく、力強かった。


 貴賓席のヴィオラは、微笑みを崩さなかった。だが、その頬に、僅かな強張りが見えた。


「――異議を、申し上げます」


 ヴィオラが、立ち上がった。


「それらは、全て状況証拠に過ぎません。私が、何かをしたという、直接の証拠はどこにもございません」


「証人の証言もあります」


 フィリアは、静かに、しかし確かな声で言った。


「ミラさん。あなたが見た光景を、この場でお話しいただけますか」


 ミラは、震えながらも、前に進み出た。


「――夜会の日、灰色がかった銀髪の男が、赤みがかった髪の女性に、頭を下げているのを見ました」


 大神殿が、静まり返った。


 ヴィオラは、まだ動じなかった。


「――赤みがかった髪の女性など、この国に、私だけではございません。憶測でしかない証言に、何の意味がありますでしょうか」


 その反論は、冷静で、隙がなかった。フィリアは、内心で唇を噛んだ。


(本当に、一片の隙も見せない)


 マルクスが、さらに一枚、書類を掲げた。


「工房から届いた、内々の注文記録です。制服の生地を発注した際の筆跡と、廃業届の代理人欄に記された筆跡――両方を、専門の鑑定士に照合させました」


「――結果は」


 セドリックが、鋭く尋ねた。


「同一人物による筆跡である可能性が、極めて高いとの鑑定結果です」


 大神殿に、どよめきが走った。ヴィオラの口元が、僅かに強張った。


「筆跡鑑定など、絶対のものではございません」


「ええ、単体では。ですが」


 マルクスは、静かに続けた。


「これまで積み上げてきた全ての証拠と、方向が一致しています」


 傍聴席がざわめく中、フィリアは、貴賓席のギルバートの顔を見た。父は、青ざめた表情で、妻と娘を交互に見つめていた。その視線には、これまで見たことのない、深い苦悩が滲んでいた。


 ◇


「では、鑑定式の場で、直接、お尋ねします」


 セドリックが、進み出た。


「大神官殿。ヴィオラ卿にも、鑑定式による質問を、正式に要請する」


 大神殿に、驚きのざわめきが広がった。被疑者以外への鑑定式の適用は、極めて異例のことだった。


 大神官は、しばらく思案した後、頷いた。


「――王太子殿下の要請、認める」


 ヴィオラの表情が、初めて、僅かに揺らいだ。


「ヴィオラ・フォン・ラングドン。問う。そなたは、フィリア・フォン・ラングドンを陥れるため、何らかの関与をしたか」


 大神官の声が、大神殿に響いた。


 ヴィオラは、一瞬、目を伏せた。そして、静かに、はっきりと答えた。


「――いいえ」


 魔法陣が、光を放った。


 だが、その光は――澄んでいなかった。濁り、乱れ、不安定に揺らめいていた。


 大神殿に、大きなざわめきが広がった。


「――これは」


 大神官が、困惑した声を上げた。


「共鳴が、乱れている。真偽の判定が――正しく出ていない」


 大神殿中の視線が、一斉にヴィオラへ向けられた。ざわめきは、もはや隠しようのない疑念の声に変わっていく。誰もが、判定の異常の意味を測りかね、困惑と憶測が入り混じった声を上げていた。


「共鳴が乱れるなど、前代未聞だ」


「まさか、鑑定式そのものに、不備があるのでは」


 貴族たちの声が、次第に大きくなっていく。フィリアは、その喧騒の中で、ヴィオラの表情から目を離さなかった。


 フィリアの心臓が、大きく跳ねた。


(護符――やはり、使っている)


 ヴィオラの顔から、初めて、完璧な微笑みが消えた。


第二十六話「断罪の儀、開廷」をお読みいただき、ありがとうございます。


ついに鑑定式が開かれ、フィリアの潔白が証明されると同時に、ヴィオラへの直接的な追及が始まりました。恐れていた通り、共鳴を歪める護符の存在が、鑑定式の結果を揺るがし始めています。次回、この危機的状況に、フィリアたちがどう立ち向かうのか――物語もいよいよ大詰めです。


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