第二十四話 証拠能力
残り七日。積み上げた証拠に、最後の壁が立ちはだかります。
護符と闇商人の証言を得た翌日、セドリックが、険しい表情で離宮を訪れた。
「――厄介なことになった」
「何かあったのですか」
フィリアは、その表情から、良くない報せだと察した。
「宰相府の一部が、集めた証拠の『証拠能力』に、異議を申し立ててきた」
「証拠能力、ですか」
「闇市場での取引によって得られた品と証言は、非合法な手段で入手されたものだ、と。正式な裁きの場で、そのような証拠を採用すべきではない、という主張だ」
フィリアの拳が、震えた。
「――それでは、せっかく手に入れた証拠が、無意味になってしまいます」
「そう簡単に、通させはしない」
セドリックの声には、確固たる意志があった。
「だが、相手も、あらゆる手を尽くしてくる。この異議申し立てを主導しているのが、誰か分かるか」
「――もしや」
「ヴィオラ卿と、以前から親交のある、宰相府の官僚だ。以前、鑑定式の前倒しを推し進めようとした一派と、同じ人脈だ」
部屋の空気が、重く沈んだ。
「最初から、繋がっていた、ということですか」
フィリアの声が、掠れた。
「――全てが、一本の線で結ばれていた」
「断定はまだできない。だが、その可能性は高い」
セドリックは、拳を握りしめた。
「宰相府の中にも、お義母様に近い人間がいる、ということですか」
「少なくとも、一人や二人ではないだろう」
セドリックは、苦い顔をした。
「ラングドン公爵家は、この国でも屈指の名家だ。長年かけて築いた人脈は、私が思っていた以上に、根深いところまで広がっている」
「そんな中で、殿下が私に味方することは、危険ではありませんか」
フィリアは、思わず尋ねた。セドリックの立場を思えば、当然の懸念だった。
「危険は承知の上だ」
セドリックは、迷いなく答えた。
「王太子としての立場を守るために、目の前の不正を見過ごすようでは――そもそも、王になる資格がない」
◇
「――対抗策は」
マルクスが、静かに口を開いた。
「証拠の入手経路そのものは、確かに正規の手続きを経ていません。ですが、王家直属監査官である私が、正式な捜査の一環として認可した行動です。この点を、強く主張します」
「その主張が、通る見込みは」
「五分五分、というところでしょう」
マルクスは、正直に答えた。
「宰相府の力は、決して小さくありません。ですが、王太子殿下が、公式に支持を表明してくだされば、状況は変わります」
「マルクス様ご自身にも、責任が及ぶのではありませんか」
フィリアは、彼を見て尋ねた。
「独断で調査を認可したとなれば、あなたの立場も危うくなります」
「――構いません」
マルクスは、僅かに間を置いてから答えた。
「私は、公正であることを、自分の役目としてきました。証拠を握り潰す側に立つくらいなら、この職を失う方が、まだましです」
その言葉には、これまでにない強さがあった。フィリアは、彼の中にある、揺るがない一線を、初めて見た気がした。
セドリックは、頷いた。
「私が、正式に、この証拠の正当性を保証する。王太子としての名において」
「――殿下」
「これ以上、迷わない、と言っただろう」
セドリックは、フィリアを見た。
「お前が、これだけの証拠を、命懸けで集めてきた。それを、手続き論で握り潰させはしない」
フィリアは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
夜、フィリアはカインと共に、窓辺に立った。カインの腕には、まだ包帯が巻かれている。
「――どこまでも、しぶとい相手だ」
カインが、低く言った。
「証拠を消し、証言者を排除し、それも駄目なら、手続きで潰そうとする」
「それだけ、追い詰められているということです」
フィリアは、静かに言った。
「本当に潔白な人間なら、こんな手を使う必要はありません。あの手この手で証拠そのものを封じようとするのは――やましいことがある証拠です」
「そうだな」
カインは、頷いた。
「あとは、鑑定式当日、この証拠能力の議論に、決着をつけるだけだ」
「殿下と、マルクス様が、力を尽くしてくださっています。私たちにできることは」
フィリアは、拳を握りしめた。
「これまで集めた証拠を、鑑定式の場で、一片の隙もなく提示できるよう、準備しておくことです」
カインは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「殿下も、マルクス殿も、自分の立場を賭けて動いてくれている。皆、あんた一人のために、それだけの危険を背負っている」
「――分かっています」
フィリアの声が、僅かに震えた。
「だからこそ、絶対に、無駄にはできません」
「無駄にはならない」
カインは、フィリアの肩に、そっと手を置いた。
「あんたは、この三十日近く、一度も諦めなかった。断罪された夜、探偵にでもなってやると啖呵を切ったあんたを、俺は、ずっと見てきた」
フィリアは、その言葉に、目頭が熱くなるのを感じた。
「――こんな時に、そんなことを言わないでください」
「本当のことだ」
カインは、静かに続けた。
「これだけの人間が動いているのは、あんたが、それだけのものを、周りに示してきたからだ」
窓の外で、月が静かに輝いていた。
「残り、七日」
フィリアは、静かに呟いた。
(ここまで来た。あと少し)
(何があっても、真実に辿り着く)
「一つだけ、聞いてもいいか」
カインが、不意に尋ねた。
「もし、証拠能力の異議が通ってしまったら――あんたは、どうするつもりだ」
フィリアは、しばらく黙り込んだ後、静かに答えた。
「その時は、証拠ではなく、言葉で戦います。鑑定式の場で、私自身の口から、全てを語ります。誰にも遮らせずに」
その声には、恐怖ではなく、静かな覚悟だけがあった。
第二十四話「証拠能力」をお読みいただき、ありがとうございます。
証拠を集めるだけでは終わらない、「その証拠を、いかにして正式な場で通用させるか」という、政治的な壁を描いた回にしました。証拠を消す、証言者を排除する、それでも駄目なら手続き論で潰す――犯人側の手口が、追い詰められるほど過激になっていく様子を意識しています。
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