第二十三話 国境の町にて
残り八日。カインが、危険な取引の場に足を踏み入れます。
国境近くの町は、王都とはまるで違う空気を纏っていた。
人の往来は多いが、どこか猥雑で、法の目が届きにくい雰囲気が漂っている。カインは、近衛の身分を隠し、旅の商人という体で、闇市場の噂を頼りに、目当ての店を探し歩いた。
最初のうちは、成果らしい成果もなく時間だけが過ぎた。声をかけた相手の大半は、探りを入れただけで口を閉ざした。護符が本当にこの町にあるのか、確証すらない中での賭けだった。
日が暮れかけた頃、ようやく、それらしき場所に辿り着いた。表通りからは見えない、路地裏の古びた酒場。その奥に、目的の商人がいるという。
「――珍しい客だな」
薄暗い部屋の奥、フードを目深に被った男が、カインを値踏みするように見た。
「効き目の強い、精神系の魔道具を探している」
カインは、事前に用意していた偽の依頼を、淡々と口にした。
「借金取りから、逃げたい。証言を、都合よく歪めさせたい――そういう品だ」
商人は、しばらく沈黙した後、口の端を歪めた。
「――高くつくぞ」
「金なら、ある」
カインは、懐から金貨の入った袋を取り出した。事前に、マルクスが用意した資金だった。
商人は、その重みを確かめてから、奥の棚から一つの小箱を取り出した。
「共鳴を乱す護符だ。使い方は、簡単だ。身につけているだけで、魔法による真偽判定の精度を、大きく落とせる」
カインの胸が、大きく跳ねた。
(――これだ)
「――この品、最近、他にも売ったことがあるか」
カインは、慎重に切り出した。
「守秘義務というものがあってな」
商人は、笑った。
「だが、そうだな。似たような品を、一月ほど前、貴族らしい身なりの使いに売ったことはある。詳しいことは、話せないが」
「その使いの特徴は」
商人は、突然、疑わしそうにカインを見た。
「――お前、何を探ってる」
空気が、一瞬にして張り詰めた。
カインは、内心の緊張を押し殺しながら、平静を装った。
「同業者の噂を集めているだけだ。同じ品を、他の誰かに先に使われて、効果が薄れているなら困る」
「――そういうことか」
商人は、僅かに警戒を緩めたが、それでも完全には消えなかった。
「その使いは、左手に、何か布を巻いていなかったか」
カインは、記憶に賭けて、鎌をかけた。
商人の目が、僅かに見開かれた。
「――よく知っているな。確かに、そんな男だった。痩せ型で、指が異様に長い」
(ルカだ。間違いない)
カインの背筋に、確信が走った。だが、それを表には出さず、平然とした顔を保った。
◇
その時だった。店の外で、複数の足音が響いた。
「――踏み込みだ!」
商人が、鋭く叫んだ。
「お前、まさか、裏切ったのか!」
「違う!」
カインは、咄嗟に否定したが、商人は既に剣を抜いていた。
(マルクス殿が、裏で正規の捜査部隊を動かしていたのか)
カインの脳裏に、瞬時にその可能性が過った。詳細は知らされていなかったが、有り得ないことではない。
商人の一撃を、カインは辛うじて剣で受け止めた。鋭い痛みが、腕に走る。浅く、切られたようだった。
「――くそ!」
商人は、混乱に乗じて、裏口から逃げ出そうとした。カインは、その動きを読み、素早く追いすがる。
路地裏での短い攻防の末、カインは、商人を取り押さえることに成功した。踏み込んできたのは、マルクスが手配した、王家の捜査部隊だった。
「――カイン殿、無事ですか」
部隊を率いていたのは、マルクス本人だった。
「怪我をしているようですが」
「かすり傷だ」
カインは、腕を押さえながら、荒く息を吐いた。
「――護符と、証言は」
「確保しました。商人本人も、身柄を拘束します」
マルクスは、静かに頷いた。
「あなたが、囮になって商人を引き寄せてくれたおかげです」
「もう一つ、収穫がある」
カインは、腕の痛みを堪えながら言った。
「護符を売った使いの特徴を、聞き出した。左手に布を巻いた、痩せ型の男。――ルカで、間違いない」
マルクスの表情が、初めて大きく動いた。
「――これで、護符の入手経路と、ルカの人物像、両方が確定します」
カインは、深く息を吐いた。
(これで――決定的な証拠が、揃った)
◇
その足で離宮に戻ったカインを、フィリアは涙を堪えながら迎えた。
「――怪我をしたと聞きました」
「かすり傷だ、たいしたことはない」
カインは、包帯の巻かれた腕を見せながら言った。
「それより、成果があった。護符と、商人の証言、両方を確保した。それに、ルカの人物像も、また一つ裏付けが取れた」
「――ありがとうございます」
フィリアの声が、震えた。
「無事に、帰ってきてくれて」
「約束しただろう」
カインは、静かに微笑んだ。フィリアは、その笑顔を見て、これまで張り詰めていたものが、一気に緩むのを感じた。思わず、彼の腕に触れそうになって、慌てて手を引っ込める。
「――痛みますか」
「これぐらい、なんてことはない」
カインは、そう言ってから、フィリアの様子に気づいたのか、少し表情を和らげた。
「そんな顔をするな。ちゃんと、帰ってきただろう」
「――ええ」
フィリアは、小さく笑った。
「残り、八日」
カインが、静かに言った。
「証拠は、揃った。あとは、鑑定式当日、これを全て公にする」
「本当に、これで終わらせられるでしょうか」
フィリアは、思わず本音を漏らした。
「終わらせる」
カインは、迷いなく答えた。
「あんたが、ここまで諦めずに来たんだ。俺たちも、最後まで付き合う」
フィリアは、深く頷いた。窓の外、夕焼けが、離宮を茜色に染めていた。決着の日が、確実に近づいていた。
第二十三話「国境の町にて」をお読みいただき、ありがとうございます。
カインが危険を冒して手に入れた護符と証言が、いよいよクライマックスに向けての最後のピースになります。彼の無事を願うフィリアの想いも、丁寧に描きたかった場面です。残り八日、いよいよ物語は最終局面へ向かいます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!




