第二十二話 護符の行方
残り九日。ルカの足取りが、思わぬ場所に繋がります。
ヴィオラとの対面があった翌日、マルクスが、緊迫した表情で離宮に駆け込んできた。
「――ルカの足取りが、掴めました」
「本当ですか」
フィリアは、思わず立ち上がった。
「金の流れを、さらに遡って調べていました。短剣の代金だけでなく、他にも、同じ口座から不自然な支払いが、複数見つかったのです」
マルクスは、書類を机に広げた。
「その中に、王都の裏市場――違法な魔道具を扱う闇商人への支払いと思われる記録がありました」
カインの目が、鋭くなった。
「闇商人、というと」
「表の商業組合には登録されていない、非合法の品を扱う商人です。国境近くの町にも拠点があり、先日の短剣の工房とも、地理的に近い」
フィリアの脳裏に、セドリックが語った「共鳴を歪める護符」の話が過った。
「――もしかして」
「ええ。私も、同じ懸念を持ちました」
マルクスは、頷いた。
「精神への干渉、あるいは共鳴を乱す効果を持つとされる魔道具は、正規の流通ルートでは、王家の厳重な管理下にあります。ですが、闇市場でなら、話は別です」
「つまり、お義母様は――鑑定式そのものを、欺くための護符を、既に手に入れている可能性がある、ということですか」
フィリアの声が、震えた。
◇
「証拠として、その闇商人本人の証言を得られれば、決定的だ」
カインが、身を乗り出した。
「――取引記録は掴めても、本人と接触するのは、簡単ではありません」
マルクスは、首を振った。
「非合法の商人です。正式な召喚状を出せば、逃げられるだけでしょう」
「なら、俺が行く」
カインが、立ち上がった。
「近衛の身分は隠して、一人の客として接触する」
「危険です」
フィリアが、思わず口を挟んだ。
「相手は、非合法の取引をする人間です。正体がばれれば」
「だからこそ、俺が適任だ」
カインは、静かに、しかし確固たる声で言った。
「マルクス殿は、監査官という立場上、目立ちすぎる。あんたは、離宮を出られない。俺しかいない」
フィリアは、しばらく言葉を失った。彼の言う通りだと分かっていても、危険な役目を託すことへの不安は拭えなかった。
「――必ず、無事に戻ってきてください」
「約束する」
カインは、フィリアを見つめた。
「あんたを一人残して、消えるつもりはない」
その言葉に、フィリアの胸が、じんと熱くなった。
◇
その日のうちに、カインは、闇商人の拠点があるとされる国境近くの町へ発った。旅装に身を包んだ彼の後ろ姿を、フィリアは離宮の門まで見送った。
「――どれくらい、かかりそうですか」
「早ければ、今夜のうちに片がつく。長引いても、日をまたぐことはないはずだ」
「……分かりました」
フィリアは、それでも短くはない時間の重さを、噛み締めるように呟いた。
「連絡は」
「無理に取らない方がいい。潜入中の余計な動きは、疑いを招く」
カインは、それだけ言うと、馬に跨った。
「――行ってくる」
「気をつけて」
馬が走り去るのを、フィリアはいつまでも見送っていた。門番が声をかけるまで、その場を動けなかった。
◇
フィリアは、離宮で、これまでにない不安な時間を過ごした。マルクスと共に、これまでの証拠を再度整理しながら、鑑定式当日の対策を練る。
「――鑑定式で、もし共鳴が歪められた場合、私たちには、何ができますか」
フィリアは、マルクスに尋ねた。
「事前に、大神官府に不正の可能性を伝えておけば、二重の監視体制を敷いてもらえるはずです。ですが、それだけでは、確実とは言えません」
「では」
「今まで集めてきた物的証拠――金の流れ、証言、短剣の依頼主――これら全てを、鑑定式当日、公の場で提示できるよう、準備しておくことです。共鳴という魔法の結果だけに頼らない、揺るがない証拠の束を」
フィリアは、深く頷いた。
その日の午後、フィリアは、証拠を整理する手を止め、ふと前世の記憶を辿った。ゲームの中では、こうした「土壇場での証拠開示」という展開は、なかったはずだ。だが、前世で読んだ推理小説の記憶が、頭の隅で疼いた。
(証拠は、一つずつ提示するより、相手が言い逃れできない順番で並べる方がいい)
(まず状況証拠で追い詰め、最後に、本人が否定できない一撃を――)
フィリアは、紙とペンを取り、証拠を提示する順番を、自分なりに整理し始めた。金の流れ、制服の生地、短剣の依頼主、証言の数々。それぞれをどの順で並べれば、最も効果的か。
「――随分と、手慣れた組み立て方ですね」
マルクスが、感心したように言った。
「前世の知識、とだけ言っておきます」
フィリアは、小さく笑った。マルクスは、怪訝そうに片眉を上げたが、それ以上追及せず、静かに手元の書類に目を戻した。何を言っても、この監査官は、深追いしない代わりに、見過ごしもしない――そんな距離の取り方が、フィリアには、今はありがたかった。
窓の外で、夕日が沈み始めていた。
「残り、九日」
フィリアは、静かに呟いた。
その頃、離宮の庭では、リーゼから届いた見舞いの手紙が、フィリアの机の上に置かれたままになっていた。開封する余裕もなく、証拠の整理に没頭していたことに、フィリアは今更ながら気づいた。手紙を開くと、短い言葉が綴られていた。
『焦らず、でも諦めずに。私も、できることを続けます』
フィリアは、その一文を、何度も読み返した。証拠の数字や記録に埋もれかけていた心が、少しだけ、和らぐのを感じた。
(証拠は、揃いつつある。あとは――カインが無事に、闇商人からの証言を持ち帰ってくれるかどうか)
夜になっても、フィリアは眠れなかった。寝台に横たわりながら、何度も、カインが最後に見せた背中を思い出す。
(カイン、どうか、無事で)
彼の不在が、これほど心細いものだとは、フィリアは、これまで気づいていなかった。夜が更けるにつれ、その想いは、確かな形を持って、フィリアの胸に刻まれていった。
第二十二話「護符の行方」をお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ「鑑定式を歪める護符」という、クライマックスに直結する伏線が具体的な形を持ち始めました。カインが単身で危険な調査に向かう展開に、フィリアの想いも重ねて描いています。次回、その結果が明らかになります。
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