第二十一話 継母との対面
残り十日。ヴィオラが、初めて一人で、フィリアの前に現れます。
その日の午後、離宮に思いがけない来客があった。
「――お義母様が、お一人で?」
フィリアは、取り次ぎに来たマルクスの言葉に、驚きを隠せなかった。
「面会を、正式に申請されています。断る理由は、今のところありません」
マルクスは、静かに続けた。
「私は、隣室で控えています。何かあれば、すぐに」
「――お願いします」
フィリアは、深呼吸をして、応接の間へ向かった。カインは、部屋の隅に控えることを許された。
◇
「――フィリア」
ヴィオラは、いつもと変わらぬ、柔らかな微笑みを浮かべていた。だが、フィリアには、その笑みの奥に、これまで以上に張り詰めたものを感じ取っていた。淡い香水の香りが、部屋にふわりと広がる。以前は、その香りに安心を覚えていたことを、フィリアはふと思い出した。今は、ただ、警戒心を煽るだけだった。
「お義母様。今日は、どのようなご用件で」
「――娘の様子が、心配で来ただけよ」
ヴィオラは、椅子に腰を下ろした。
「最近、いろいろと調べ回っていると聞いたわ。オスカーのこと、リーゼ様のこと。大変な思いをしているのでしょうね」
その言葉には、表面上、心配する継母の響きがあった。だが、フィリアは、その裏に潜む意味を、感じ取らずにはいられなかった。
「事実を、明らかにしたいだけです」
フィリアは、静かに答えた。
「私を陥れた誰かが、まだ、どこかにいますから」
「――そう」
ヴィオラは、微かに目を細めた。
「事実というものは、時に、誰かを深く傷つけるものよ。フィリア、あなたは、それでも構わないの?」
その一言に、フィリアの背筋が凍りついた。表面上は、単なる助言のようにも聞こえる。だが、その言葉の奥には、明確な警告が滲んでいた。
「――誰を、傷つけると仰るのですか」
フィリアは、真っ直ぐにヴィオラを見つめた。
「例えば――この家族、全員をよ」
ヴィオラは、優雅に微笑んだままだった。
「お父様の名誉。アレンの未来。私たち家族全員の立場。あなたが真実を暴こうとすればするほど、それら全てが、危うくなるかもしれない」
「それは――脅しですか」
「まさか」
ヴィオラは、小さく笑った。
「母として、娘の将来を案じているだけよ。真実というものは、時に、誰も幸せにしないこともある。そう言っているの」
フィリアは、拳を握りしめた。手のひらに、爪が食い込む。
(今、この人は――遠回しに、私を脅している)
(でも、証拠になるような言葉は、一言も口にしていない)
完璧なまでの、言葉の綱渡りだった。
「お義母様は、あの夜、本当は何をご存知なのですか」
フィリアは、思い切って踏み込んだ。
「私が何を知っているか、ですって?」
ヴィオラは、扇子をゆっくりと広げた。
「何も。ただの、心配性な母親でしかないわ。あなたが、そう見てくれないのは、残念だけれど」
その答えは、あまりにも滑らかで、あまりにも用意されていた。フィリアは、その滑らかさそのものに、確信を深めていく自分に気づいた。
◇
「アレンは、あなたのことが大好きよ。あなたが、あの子に何かあってほしくないと思っているのは、私にも分かるわ」
ヴィオラの声が、僅かに柔らかくなった。
「あの子は、まだ何も知らない。事件のことも、あなたが今、何を調べているのかも。あの子の平穏な日々を、壊したくはないでしょう?」
フィリアの心臓が、大きく跳ねた。
(アレンを、盾に使っている)
(この人は――本当に、何のためらいもなく)
「――アレンには、何の罪もありません」
フィリアの声は、震えていた。
「あの子を、この件に巻き込むつもりは、私にもありません」
「それなら、話は早いわ」
ヴィオラは、立ち上がった。
「これ以上、事を荒立てないことね。真実がどうであれ、鑑定式で、あなたの潔白さえ証明されれば、それで十分ではなくて?」
その言葉を最後に、ヴィオラは、優雅に一礼して部屋を出ていった。去り際、フィリアの横を通り過ぎる一瞬、扇子の陰でその口元が、笑みの形のまま、僅かに歪んだのを、フィリアは見た気がした。
◇
「――聞いていましたか」
フィリアは、ヴィオラの気配が完全に消えたのを確認してから、震える声で言った。
隣室から、マルクスとカインが姿を現した。
「ええ。全て」
マルクスの声は、これまでになく硬かった。
「あれは、脅迫に限りなく近い。ですが、法的に問題視できる、明確な脅迫の言葉は、一言もありませんでした」
「巧妙すぎる」
カインが、拳を握りしめた。
「これまでの証拠も、全部、彼女は否定も肯定もしないまま、うまくすり抜けている」
フィリアは、深く息を吐いた。恐怖と、それ以上の確信が、胸の中で渦巻いていた。
(今の態度――あれは、間違いなく、後ろめたいことがある人間の態度だった)
(もう、疑いようがない)
「マルクス様。今の会話、証拠として使えますか」
フィリアは、尋ねた。
「――正直に申し上げます。単体では、弱いです。ですが、これまで積み上げてきた状況証拠と合わせれば、彼女の人物像を裏付ける、重要な材料にはなります」
マルクスは、羊皮紙を取り出し、会話の内容を書き留め始めた。
「――決めました」
フィリアは、拳を握りしめて顔を上げた。
「もう、遠慮しません。残された時間で、鑑定式の場でも覆せない、決定的な証拠を掴みます」
「残り、十日」
カインが、静かに言った。
「短い。だが、俺たちなら、やれる」
フィリアは、窓の外を見た。ヴィオラが乗ってきた馬車が、庭を出ていくところだった。
「あの人は、今日、私に警告しに来ました。ということは」
フィリアは、その馬車を目で追いながら、静かに続けた。
「私たちは、それだけ、あの人にとって脅威になっている、ということです」
第二十一話「継母との対面」をお読みいただき、ありがとうございます。
ついにヴィオラが、フィリアと直接対峙する回にしました。証拠になる言葉は一切口にせず、それでいて明確な脅しを匂わせる――そんな巧妙さを意識して書いています。残り十日、いよいよ物語は終盤に向けて動き出します。
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