第二十話 鑑定式の正体
残り十一日。フィリアたちは、鑑定式そのものの仕組みを調べ始めます。
セドリックが、王家の記録保管庫から持ち出せる範囲で調べてきた資料を携えて、再び離宮を訪れたのは、その翌日のことだった。
「――『真実の鑑定式』について、詳しく調べてきた」
セドリックは、応接の間の机に、古びた書物を広げた。
「この儀式は、王家に代々伝わる大神官の秘術だ。対象者に、いくつかの質問を投げかけ、その答えに込められた『魂の共鳴』を読み取る」
「魂の共鳴、ですか」
フィリアは、身を乗り出した。
「答えが真実であれば、共鳴は澄んだ光を帯びる。嘘であれば、共鳴は濁り、乱れる――そう記されている」
「――絶対に、誤魔化せない仕組みなのですか」
カインが、鋭く尋ねた。セドリックは、しばらく言葉を選ぶように沈黙した後、口を開いた。
「――記録によれば、過去に一度だけ、疑わしい事例がある」
「疑わしい、とは」
「三百年ほど前、鑑定式で『真実』と判定された証言が、後に嘘だったと判明した事件だ。当時の記録は曖昧だが、対象者が、強い精神抵抗の魔法――あるいは、特殊な護符のようなものを用いて、共鳴を歪めた可能性がある、と記されている」
部屋の空気が、張り詰めた。
「――つまり、鑑定式は、絶対に信頼できるものではない、ということですか」
フィリアの声には、抑えきれない緊張があった。
「絶対とは言い切れない。だが、通常の状況では、極めて高い精度を持つ。今回のような、権力と金を持つ人間が相手だとすれば――万全とは言い切れない」
セドリックは、拳を握った。
「もし、相手が、共鳴を歪める手段を持っていたら――鑑定式そのものが、覆される危険がある」
「その護符というのは、どこで手に入るものですか」
フィリアは、身を乗り出した。
「正規の流通では、手に入らない。記録には、『闇市場で稀に取引される禁制品』とだけある」
セドリックの声が、僅かに沈んだ。
「三日月商会のような、非合法の商いに通じていた人間であれば――入手経路が、あったとしてもおかしくない」
フィリアとカインは、思わず視線を交わした。三日月商会という名前が、また新たな形で、目の前の危機に繋がっていた。
◇
マルクスが、静かに口を開いた。
「私からも、一つ、報告があります」
「何でしょう」
「短剣の工房から、依頼主の情報が届きました」
全員の視線が、マルクスに集まった。
「依頼主の名義は、代理人を通じて隠されていましたが、支払いに使われた口座を辿ることができました。その口座への入金元は――」
マルクスは、一度言葉を切った。
「ラングドン公爵家の、家政費から分離された、個人の裁量で動かせる資金でした」
フィリアは、大きく息を呑んだ。
「――お義母様の、私的な資金ですか」
「断定はできません。ラングドン家の家政費は、複数の人間が管理に関わっています。ですが、この個人裁量分の資金を主に扱っていたのは――ヴィオラ様であることが、記録から確認できました」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「口座の記録は、いつまで遡れますか」
カインが、尋ねた。
「約一年半分です。それ以前は、記録の保管期限が過ぎており、追えません」
「一年半、というと」
フィリアの脳裏に、これまでの手がかりが、一つの時系列として繋がり始めた。
「制服の内々の注文があったのが、一年前。それより前から、この資金は動かされていた、ということですか」
「その可能性が高いです」
マルクスは、静かに頷いた。
「入金と出金の記録を見る限り、一年半の間に、断続的に、まとまった金額が動いています。今回の短剣の代金は、その最後の一つに過ぎません」
フィリアは、拳を強く握りしめた。
(お金の流れという、動かぬ証拠)
(でも――これだけでは、まだ足りない)
「これは、大きな一手になる」
カインが、低く言った。
「だが、状況証拠の積み重ねだけでは、鑑定式の場で、相手が言い逃れる余地が残る」
「そこで、共鳴を歪める手段を使われたら」
フィリアの声が、震えた。
「せっかく積み上げた証拠が、鑑定式という最後の場で、覆されてしまうかもしれません」
セドリックが、静かに口を開いた。
「だからこそ、鑑定式当日までに、共鳴に頼らずとも揺るがない、物的証拠と証言を、可能な限り積み上げておく必要がある」
「――万が一、鑑定式が歪められても、揺るがない証拠を」
フィリアは、その言葉を、静かに繰り返した。
「ええ」
セドリックは、頷いた。
「私も、大神官府に、当日の鑑定式に不正がないか、二重三重の監視をつけるよう、正式に要請する」
◇
夜、フィリアはカインと共に、窓辺に立った。
「残り、十一日」
「時間は少ない。だが、材料は揃いつつある」
カインの声には、確かな手応えがあった。
「金の流れ、短剣の依頼主、証言者たちの言葉――全部が、一つの方向を指している」
「ええ」
フィリアは、静かに頷いた。
「あとは、それを、誰にも覆せない形にすること」
「護符のことは、俺も、初耳だった」
カインは、腕を組んだ。
「もし、向こうが本当にそれを手に入れていたら――最後の最後で、全部がひっくり返る可能性がある」
「怖いですか」
フィリアは、彼を見た。
「あんたよりは、怖くないだろう」
カインは、そう言ってから、少し表情を緩めた。
「だが、油断はしない。護符の存在も、頭に入れて動く」
「――私も」
フィリアは、夜空を見上げた。
「証拠を積み上げるだけでなく、護符そのものの入手経路も、追う必要があります。三日月商会の残党を、もう一度、洗い直しましょう」
「明日、マルクス殿に相談する」
カインは、短く頷いた。それから、フィリアの隣に並んで、同じ夜空を見上げた。
「――残り十一日。長いようで、短い」
「ええ」
フィリアは、静かに息を吐いた。
「でも、一日ごとに、確実に真実へ近づいています。それだけは、確かです」
二人は、それ以上何も言わず、しばらくの間、並んで夜空を見つめ続けた。
第二十話「鑑定式の正体」をお読みいただき、ありがとうございます。
物語のクライマックスに向けて、「鑑定式は絶対ではないかもしれない」という重要な伏線を投入しました。同時に、金の流れという具体的な証拠も浮上し、いよいよ真相究明が佳境に入ります。残り十一日、決着に向けて加速していきます。
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