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無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


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第十九話 リーゼの決意

残り十二日。脅迫を受けてもなお、リーゼが選んだ道。

 脅迫状の一件があった翌日、フィリアはリーゼの身を案じながらも、離宮を出ることを許されない身では、彼女の様子を直接確かめることができずにいた。


 だが、その日、マルクスの手配した警護に伴われて、リーゼ自らが離宮を訪れた。


「――リーゼ様。危険ではありませんか」


 フィリアは、彼女の顔を見るなり、真っ先にそう尋ねた。


「大丈夫です。今日は、警護の方が何人もついてくださっていますから」


 リーゼは、そう言って微笑んだが、その笑顔には、以前にはなかった強張りがあった。


「――脅迫状のこと、聞きました。本当に、申し訳ありません」


 フィリアは、深く頭を下げた。


「私が、あなたを事件に巻き込んでしまった」


「頭を上げてください、フィリア様」


 リーゼの声は、思いのほか、しっかりとしていた。


「私は、自分の意志で、あなたに協力しています。誰かに強制されたわけではありません」


「でも、今回のことで、命の危険まで――」


「――怖かったです。正直に言えば」


 リーゼは、俯いた。


「脅迫状を読んだ時、手が震えました。両親も、心配して、もう関わるのをやめるようにと」


 フィリアは、その先の言葉を、静かに待った。


「でも、考えたんです。もし、ここで私が怖がって、証言を撤回したら――どうなるか」


 リーゼは、顔を上げた。その目には、強い意志が宿っていた。


「フィリア様は、無実の罪で処刑されるかもしれません。私が、その手助けをしてしまったことになります」


「リーゼ様……」


「私は、あの夜、本当に何が起きたのか、まだよく分かりません。でも、少なくとも、フィリア様が私に毒を盛ろうとした、というのは、絶対に違うと確信しています」


 リーゼの声は、はっきりとしていた。


「だから、私は証言を続けます。何があっても」


 ◇


「――ありがとうございます」


 フィリアは、深く頭を下げた。その声には、感謝と、それ以上の重い想いが込められていた。


「その代わり、一つ、お願いがあります」


 リーゼは、真剣な表情で続けた。


「この事件が解決したら――本当は、何が起きたのか、私にも、全部教えてください。今は、恐怖の方が大きくて、深く考えられていません。でも、真実を知りたい気持ちは、私の中にもあります」


「――約束します」


 フィリアは、静かに頷いた。


 その様子を見守っていたマルクスが、静かに口を開いた。


「リーゼ様の勇気ある証言、正式な記録として、しっかりと保管します。この証言は、鑑定式において、大きな意味を持つはずです」


「――マルクス様」


 リーゼが、彼を見た。


「一つ、伺ってもよろしいですか。あなたは、なぜ、これほどまでにフィリア様の調査に協力してくださるのですか。最初は、監視役だと伺っていたのですが」


 マルクスは、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


「――私にも、かつて、無実の罪で追い詰められた人間を、助けられなかった経験があります」


 その言葉に、フィリアもリーゼも、思わず息を呑んだ。


「詳しくは、また機会があれば。今は、ただ――同じ過ちを、繰り返したくないだけです」


 部屋には、しばらく静かな沈黙が流れた。フィリアは、マルクスの横顔を見つめながら、彼にもまた、彼自身の物語があることを、改めて感じていた。


(機械的であろうとするあの人が、唯一、揺らいだ瞬間)


(きっと、簡単には語れない過去なんだろう)


 リーゼも、同じことを感じたのか、それ以上は踏み込まず、静かに頷いた。


「――ありがとうございます、マルクス様。あなたのような方が監視についてくださって、正直、少し安心しています」


「安心されるのは、少し違います」


 マルクスは、いつもの淡々とした調子に戻って言った。


「私は、あくまで公正であろうとしているだけです。フィリア様の味方をしているわけではない」


「――それでも、十分です」


 リーゼは、小さく笑った。フィリアも、その様子を見ながら、静かに頬を緩めた。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。こんな些細なやり取りの中にも、確かな絆が育ちつつあることを、フィリアは感じていた。


「そういえば」


 リーゼが、ふと思い出したように言った。


「両親には反対されましたが、実は、こっそり調べていたことがあるんです。私なりに、あの夜のことを」


「――何を調べたのですか」


 フィリアは、身を乗り出した。


「夜会の招待客名簿です。父の伝手で、写しを見せてもらいました。あの日、招待されていながら、途中で早々に帰った方が、数名いたと分かったんです」


「早く帰った、というのは」


「事件が起きる、少し前の時間帯にです。偶然かもしれませんが、気になって」


 リーゼは、小さな紙片を取り出した。


「名前を、書き出しておきました。お役に立つか分かりませんが」


 マルクスは、その紙片を受け取り、目を通した。


「――これは、有用な情報です。招待客の動きを、時間帯ごとに整理できていなかった。ありがとうございます、リーゼ様」


「少しでも、フィリア様のお役に立てたなら」


 リーゼは、はにかむように笑った。


 ◇


 リーゼが帰った後、カインが、静かに口を開いた。


「――リーゼ嬢は、強い人だ」


「ええ」


 フィリアは、頷いた。


「でも、その強さに、これ以上甘えるわけにはいきません。彼女を、絶対に守らなければ」


「そのために、俺たちがいる」


 カインの言葉に、フィリアは静かに微笑んだ。


 窓の外で、夕日が沈み始めていた。


「残り、十二日」


 フィリアは、静かに呟いた。


「証言者たちの想いを、無駄にしないためにも――真実に、辿り着きます」


 マルクスは、リーゼが残した名簿の写しを、丁寧に鞄へしまいながら呟いた。


「早く帰った招待客――その中に、答えがあるかもしれません」


「――誰の名前が、ありましたか」


 フィリアが、尋ねた。


 マルクスは、紙片にもう一度目を落とし、ゆっくりと顔を上げた。


「これから、一人ずつ確かめます。焦って結論を急げば、また同じ過ちを繰り返す」


 その答えは、フィリアの問いに、まだ応えていなかった。

第十九話「リーゼの決意」をお読みいただき、ありがとうございます。


 脅迫を受けてもなお前に進むリーゼの強さと、マルクスが抱える過去の欠片を少しだけ覗かせる回にしました。フィリア一人の戦いだったものが、少しずつ、多くの人々の想いを背負った戦いに変わっていく――そんな重みを込めています。


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