第十八話 追い詰められて
残り十三日。証言者たちの周りに、不穏な影が忍び寄ります。
その報せが届いたのは、翌朝のことだった。
「――オスカーさんが、解雇されました?」
フィリアは、マルクスの持ってきた書状を見て、耳を疑った。
「ラングドン公爵家からの正式な通達です。理由は、『長年の勤めに対する、名誉ある引退の勧奨』とされています」
「そんな……。あの人が、急に辞めるはずがありません」
フィリアは、拳を握りしめた。
「証言をした、直後です。偶然とは思えません」
「私も、同じ考えです」
マルクスは、静かに頷いた。
「表向きは、円満な引退という形を取っています。強制的に解雇されたという証拠はありません。ですが」
「タイミングが、あまりにも出来すぎている」
カインが、低く呟いた。
「証言をした人間を、次々と、周りから排除している。オスカー殿の次は、誰だ」
フィリアの脳裏に、村で震えていたミラの姿、そしてリーゼの顔が浮かんだ。
「――リーゼ様と、ミラさんの安全を確認してください」
フィリアの声には、隠しきれない焦りがあった。
「すぐに手配します」
マルクスは、すぐさま部屋を出ていった。
◇
その日の午後、リーゼから緊急の報せが届いた。彼女自身は無事だったが、実家の男爵家に、匿名の脅迫状が届いたという。
『これ以上、余計なことに関わるな。娘の身の安全を保証できなくなる』
フィリアは、その文面を読んで、全身の血の気が引くのを感じた。
「――リーゼ様を、巻き込んでしまった」
「あんたのせいじゃない」
カインが、静かに言った。
「向こうが、卑劣な手を使っているだけだ」
「でも、私が調査を続けたから、リーゼ様が危険に晒された事実は変わりません」
フィリアは、両手を握りしめた。爪が、掌に食い込むほど強く。
「もし、リーゼ様に何かあったら――私は、自分を許せません」
「フィリア様」
マルクスが、静かに口を挟んだ。
「ここで手を止めれば、リーゼ様や、これまで証言してくれた人々の勇気を、無駄にすることになります」
その言葉に、フィリアは、はっとして顔を上げた。
「――そうですね」
「怯えて止まれば、相手の思う壺です」
マルクスは、珍しく、感情のこもった声で続けた。
「私も、リーゼ様と男爵家の警護を、強化するよう手配します。証言者を守りながら、調査を進める――それが、今の私たちにできることです」
フィリアは、深く息を吸い、頷いた。
「――ええ。止まりません」
◇
夕方、カインが、王都の情報筋から得た話を持ち帰ってきた。
「オスカー殿の行方が分かった。王都の外れの、小さな宿にいるらしい」
「会いに行けますか」
「マルクス殿の許可があれば」
二人が視線を向けると、マルクスは静かに頷いた。
「私も同行します。今度は、正式な聞き取りではなく、彼自身の安全を確認するための訪問という形にしましょう」
◇
訪ねた宿で、オスカーは、以前よりも痩せた顔で三人を迎えた。狭い部屋には、荷造りされたままの鞄が一つ、隅に置かれているだけだった。
「――フィリア様。申し訳ございません。私が、あのような証言をしたばかりに」
「謝らないでください」
フィリアは、静かに首を振った。
「あなたは、正直に話してくれただけです。悪いのは、あなたを排除しようとした側です」
オスカーは、しばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「――一つ、お伝えしていなかったことがあります」
「何でしょうか」
「解雇を言い渡された時――奥様が、直接、私に告げに来られました。その時の、奥様の目を、私は忘れられません」
オスカーの声が、震えた。
「普段の、物腰の柔らかい奥様とは、まるで違う目でした。まるで、邪魔なものを片付けるような――そんな、冷たい目を」
部屋の空気が、静まり返った。
「その時、奥様は、何か仰いましたか」
フィリアは、静かに尋ねた。
「――『長年のご奉公、感謝します』と。それだけでした。ただ、口調は丁寧でも、有無を言わせない響きがありました。まるで、決定事項を告げているだけのような」
オスカーは、震える指を握りしめた。
「四十年近く、あの家に仕えてきました。旦那様の代からです。それが、たった一度の証言で、こんな形で終わるとは」
「四十年……」
フィリアは、その重さを、噛み締めるように繰り返した。
(お義母様の、本当の顔)
(少しずつ、仮面が剥がれ始めている)
「その証言、正式に記録させていただいてもよろしいですか」
マルクスが、静かに尋ねた。
「――はい。もう、隠す理由もありません」
オスカーは、静かに頷いた。それから、フィリアに向き直った。
「フィリア様。どうか、ご無事で。私にできることは、もう、これぐらいしかありませんが」
「あなたの証言は、決して無駄にしません」
フィリアは、深く頭を下げた。
◇
宿を出た後、夕暮れの道を歩きながら、フィリアは静かに息を吐いた。
「残り、十三日」
「相手は、確実に追い詰められている」
カインが、隣で言った。
「証言者を消そうとするほどに、な」
「でも、その分、私たちの周りの人々も、危険に晒されています」
フィリアは、拳を握りしめた。
「これ以上、誰も傷つけたくありません。でも、止まるわけにもいかない」
「――両方、成し遂げればいい」
カインは、フィリアを見た。
「証拠を集めながら、周りの人間も守る。簡単じゃないが、俺たちなら、できる」
フィリアは、その言葉に、静かに頷いた。
「オスカーさんの新しい住まいと、当面の生活費は、私の名義で、手配できますか」
フィリアは、マルクスに向き直った。
「四十年、この家に尽くしてくれた人を、路頭に迷わせるわけにはいきません」
マルクスは、僅かに目を見開いた後、小さく頷いた。
「――手配します。それは、被疑者としてのあなたの権限を、少し超えるかもしれませんが」
「構いません。私にできることは、これぐらいしかありませんから」
フィリアは、オスカーが言った言葉を、そのまま自分に返すように呟いた。
第十八話「追い詰められて」をお読みいただき、ありがとうございます。
証言者たちへの圧力という形で、犯人側の焦りを描いた回です。オスカーの証言から、ヴィオラの「素顔」が少しだけ垣間見える場面も入れました。証拠を集めることと、周囲の人々を守ること――フィリアたちの戦いは、二つの側面を同時に背負うことになります。
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