第十七話 王太子の決意
残り十四日。暗殺未遂の報せが、王太子を動かします。
短剣の柄に刻まれた意匠を頼りに、マルクスが調べを進めたのは、その翌日のことだった。
「――見つかりました。武器工房です。ただし」
マルクスの表情は、これまでになく険しかった。
「王都の工房ではありません。隣国との国境に近い、小さな町にある工房です。しかも、その工房の顧客名簿は、通常は外部に一切出さない決まりになっている」
「それでも、調べがついたのですか」
フィリアは、身を乗り出した。
「私の職権で、正式に開示を要求しました。今、返答待ちです。時間はかかりますが、遅かれ早かれ、依頼主の情報は手に入るはずです」
カインは、腕を組んで唸った。
「国境近くの工房を使う理由は」
「足がつきにくいからでしょう。王都で名の知れた工房よりも、監視の目が届きにくい」
フィリアは、その説明に頷きながらも、胸の奥で新たな不安が広がるのを感じていた。
(それだけ用意周到な相手が、次はどんな手を打ってくるのか)
◇
その日の夕方、思いがけない訪問者があった。今度は、堂々と正門から――セドリックだった。
「暗殺未遂があったと聞いた」
彼は、部屋に入るなり、フィリアの無事を確かめるように、まっすぐ彼女を見た。
「――殿下」
「無事で、よかった」
セドリックの声には、隠しきれない安堵があった。
「今回は、隠れて来たわけではない。正式に、王太子として、この離宮の警護状況を視察する、という名目だ」
「――堂々と、来てくださったのですね」
「これ以上、隠れて動く意味がないと思った」
セドリックは、拳を握りしめた。
「暗殺者が離宮に侵入し、お前の命が危険に晒された。これは、もはや個人的な疑惑の話ではない。王家の管理下にある被疑者の安全が、脅かされたという事実だ」
彼は、フィリア、カイン、マルクスを順に見た。
「これまでの調査の全容を、聞かせてほしい」
フィリアは、カインとマルクスに視線をやった。二人が頷くのを確認し、フィリアは、これまでの調査の経緯を、一つ一つ丁寧に語った。三日月商会、消えた帳簿、工房への内々の注文、そしてミラの証言。
全てを聞き終えたセドリックは、しばらく黙り込んでいた。
「――ヴィオラ卿、か」
その名前を、初めて彼自身の口から発したことに、フィリアは息を呑んだ。
「まだ、証拠は状況証拠に留まっています。決定的なものは、何もありません」
「分かっている。だが、無視できる話でもない」
セドリックは、深く息を吐いた。
「私は、これまで、証拠が揃うのを待つという立場を取ってきた。だが、暗殺未遂という一線を越えられた以上、私自身も、もっと踏み込む必要がある」
「――具体的に、何をされるおつもりですか」
マルクスが、静かに尋ねた。
「王家の記録保管庫――評議会や貴族間の取引に関する非公開の記録に、正式にアクセスする。王太子としての権限を使えば、可能だ」
セドリックの声には、これまでにない決意があった。
「これまで、私は、王太子としての立場を言い訳に、動かずにいた。だが、それでは、お前を守れない」
フィリアは、彼の顔を、じっと見つめた。ゲームの中の彼とは違う、迷いながらも前に進もうとする、生身の人間の顔がそこにあった。
「――ありがとうございます」
「礼はまだ早い。何も、見つかっていない」
セドリックは、小さく笑った。以前、カインが同じようなことを言っていたのを、フィリアは思い出した。
「一つ、確認させてほしい」
セドリックは、フィリアを見た。
「お前は、まだ、私を恨んでいるか。あの夜、証拠も検めずに、婚約破棄を言い渡したことを」
部屋に、一瞬の沈黙が落ちた。
「――恨んでいない、と言えば、嘘になります」
フィリアは、正直に答えた。
「でも、今の殿下が、こうして動こうとしてくださっていることは、事実として受け止めています。過去を恨み続けるより、今できることに、力を注ぎたいのです」
セドリックは、その答えに、静かに目を伏せた。
「――お前は、変わったな」
「変わらざるを得ませんでした」
「いや」
セドリックは、首を振った。
「以前のお前も、芯の強さは持っていた。ただ、それを、こんな形で発揮する日が来るとは、思ってもいなかった」
◇
セドリックが去った後、部屋にはフィリアとカインだけが残った。
「――殿下も、覚悟を決めたようだ」
カインが、窓の外を見ながら言った。
「ええ」
フィリアは、静かに頷いた。
「あの人も、少しずつ、変わっていっている気がします」
「それは、あんたが、変えたんだろう」
カインの言葉に、フィリアは驚いて彼を見た。
「――私が?」
「あんたが、諦めずに動き続けている姿を見て、周りの人間も動かざるを得なくなっている。殿下も、監査官殿も、リーゼ嬢も」
カインは、珍しく、まっすぐにフィリアを見つめた。
「悪役令嬢として殺されるくらいなら探偵にでもなってやる、と言ったあんたの言葉、俺は今でも覚えてる」
フィリアは、その言葉に、微かに頬を緩めた。
「――随分と、昔のことのように感じます」
「まだ、二週間程度だ」
「でも、随分、遠くまで来た気がします」
窓の外で、夕日が沈み始めていた。
「残り、十四日」
フィリアは、静かに呟いた。
「工房の記録と、王家の記録――両方から、真実に近づいていきます」
「一つ、言っておく」
カインが、静かに言った。
「殿下が動き出したことで、状況は変わる。でも、殿下を頼りきりにはならないでくれ」
「――どうして、そんなことを」
「殿下には、殿下の立場がある。土壇場で、王家の都合を優先せざるを得なくなる場面が、来ないとも限らない」
カインの声には、珍しい真剣さがあった。
「だから、最後まであんたを守るのは、俺の役目だ。それだけは、忘れるな」
フィリアは、その言葉を、静かに胸に刻んだ。
「――覚えておきます」
第十七話「王太子の決意」をお読みいただき、ありがとうございます。
セドリックが、これまでの受け身の立場から一歩踏み出す回にしました。暗殺未遂という一線を越えられたことで、周囲の人物たちが次々と動き始めています。フィリア自身が、周りを変えていく存在になっているという構図を、意識して書きました。
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