↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/30

第十六話 夜半の刃

残り十五日。証言が積み重なった夜、離宮に危険が迫ります。

 ミラの証言があった翌日から、離宮には目に見えて緊張感が漂っていた。


 マルクスは警護の巡回を増やし、カインも夜間の見回りを強化していた。フィリアは、その変化を感じながらも、内心では、事態が確実に核心へと近づいていることを実感していた。


 その夜、フィリアはなかなか寝付けなかった。窓の外では、月が雲間に隠れたり現れたりを繰り返している。


(赤みがかった髪の女性)


(証拠は、まだ状況証拠の域を出ない。でも――確実に、輪は狭まっている)


 寝返りを打った、その時だった。


 窓の外で、微かな物音がした。


 フィリアは、反射的に息を潜めた。風のせいだと思おうとしたが、次に聞こえた音は、明らかに人の気配だった。


 部屋の扉が、音もなく開いた。


 黒い影が、静かに忍び込んでくる。フィリアは、悲鳴を上げそうになるのを、必死に堪えた。


(叫べば、殺される。まず、時間を稼がなければ)


 影は、寝台に向かって、迷いなく近づいてきた。手に、鈍く光る何かを握っている。心臓が、耳の奥で鳴っているのが分かるほど、大きく脈打っていた。


 フィリアが、寝台の脇に置いていた燭台を掴もうとした、その瞬間――


「――動くな」


 低い声とともに、影の背後から、もう一つの気配が飛び込んできた。


 カインだった。


 鋭い金属音が、暗闇に響いた。カインの剣が、侵入者の刃を弾き飛ばす。侵入者は、驚いたように身を翻し、素早く応戦の構えを取った。


「フィリア、部屋の隅へ!」


 カインの声に、フィリアは反射的に従った。恐怖で足が震えたが、それでも、彼の指示通りに動いた。


 暗闇の中、二つの影が激しく斬り結んだ。カインの動きは、フィリアがこれまで見たことのない、鋭く迷いのないものだった。踏み込む足音、刃が空を切る音、荒い息遣い――全てが、フィリアの耳に、いつもより何倍も大きく響いていた。


 侵入者は、フードで顔を隠していたが、その体格は、決して大柄ではなかった。中肉中背。


(――もしかして)


 フィリアの脳裏に、リーゼの証言が過った。灰色がかった銀髪の男。ルカ。


 だが、確かめる間もなく、侵入者は窓から飛び出し、暗闇に紛れて姿を消した。


「――追うな!」


 駆け込んできたマルクスが、追おうとしたカインを制止した。


「今は、フィリア様の安全が最優先です」


 カインは、悔しそうに剣を鞘に収めた。


「――逃げ足の速い奴だった」


「怪我は」


 マルクスは、フィリアに駆け寄った。


「――大丈夫です。カインが、守ってくれました」


 フィリアは、震える声で答えた。恐怖が、今になって全身に押し寄せてくる。


 カインは、フィリアの前に膝をつき、その顔を覗き込んだ。


「――大丈夫か」


「ええ……。あなたが、いてくれなかったら」


 言葉にならず、フィリアは、それ以上続けられなかった。指先が、まだ小刻みに震えている。


 カインは、しばらく黙っていたが、やがて静かに言った。


「俺が、必ず守る。だから、もう怖がらなくていい」


 その言葉に、フィリアの目から、堪えきれなかった涙が溢れた。断罪の夜から、ずっと気を張り詰めていた。誰かにそう言ってもらえたことが、これほど心強いとは、思ってもいなかった。


 カインは、震えるフィリアの手を、そっと自分の両手で包んだ。剣を握っていたはずのその手は、意外なほど温かかった。


「――ありがとう」


 フィリアは、涙を拭いながら、小さく笑った。


「令嬢らしくない顔を、見せてしまいましたね」


「今は、それでいい」


 カインは、短くそれだけ答えると、静かに立ち上がった。


 ◇


 朝になり、侵入者が落としていった短剣が、詳しく調べられた。


「――柄の意匠に、見覚えがある」


 マルクスが、短剣を光にかざしながら言った。


「これは、王都でも限られた工房でしか作られない、特注品です」


「またしても、工房、か」


 カインが、苦い顔をした。


「この事件は、いつも工房という手がかりから、真実に近づく」


「今回は、逆に、向こうの尻尾を掴む好機かもしれません」


 マルクスは、短剣を丁寧に布に包んだ。


「この工房を辿れば、侵入者に武器を提供した人物、あるいは、その依頼主に近づけるはずです」


 彼は、短剣の刃をもう一度確かめてから、付け加えた。


「刃こぼれが、一切ない。手入れが行き届いている。これを使う人間は、日常的に武器を扱う職業――傭兵か、あるいは元近衛の可能性が高い」


「――トマスの言っていた、ルカの人物像と、矛盾しない」


 カインが、低く呟いた。


「柄の意匠を作った工房が分かれば、注文主の記録が残っているはずです。今日のうちに、当たってみます」


 マルクスは、そう言うと、証拠の短剣を丁寧に鞄へしまった。


「ただ、これで一つ、はっきりしたこともあります」


「――何ですか」


 フィリアが、尋ねた。


「向こうは、あなたを『生かしたまま鑑定式に引きずり出す』選択肢を、もう捨てている。処刑を待たず、確実に始末しようとしている――ということです」


 その言葉に、フィリアの背筋が冷えた。だが、同時に、腹の底に、静かな怒りが灯るのも感じた。


(怖い。でも――だからこそ、止まるわけにはいかない)


 フィリアは、昨夜の恐怖を押し殺しながら、静かに拳を握った。


「――向こうは、もう遠慮していません。証言が積み重なるほど、直接、私を消しにかかってきています」


「それだけ、追い詰められているということだ」


 カインは、フィリアの肩に、そっと手を置いた。


「もう少しだ。もう少しで、真犯人に届く」


 窓の外、朝の光が離宮を照らしていた。フィリアは、昨夜の恐怖を振り払うように、深く息を吸った。


「残り、十五日」


 半分を、過ぎようとしていた。


「ここからが、正念場です」


 フィリアは、そう言ってから、昨夜受け取ったばかりの短剣に、もう一度目をやった。


「――次は、私も、ただ守られるだけでは終わりません」


 その声には、恐怖を超えた、確かな決意があった。

 第十六話「夜半の刃」をお読みいただき、ありがとうございます。


 物語の折り返し地点として、直接的な暗殺未遂という大きな危機を用意しました。カインがフィリアを守る場面は、これまでの関係性の積み重ねがあってこそ書けたシーンだと思います。証拠の輪が狭まるほど、犯人側も追い詰められ、行動が大胆になっていく――そんな緊張感を、後半戦でも維持していきます。


 面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。