第十五話 九人目の侍女
残り十六日。孤児院の調査から、九人目の侍女に辿り着きます。
マルクスが調べた孤児院は、確かに実在していた。王都の外れにある、小さいながらも真面目に運営されている施設だった。
だが、そこで働く職員に確認したところ、思いがけない答えが返ってきた。
「――制服の寄付?いいえ、そのようなものは受け取っておりません」
施設長の初老の女性は、困惑した様子で首を振った。
「ラングドン家の奥様からのご支援でしたら、いつも食料や薬でした。制服のお話は、聞いたことがございません」
マルクスからの報告を受け、フィリアは息を呑んだ。
「――嘘、だったということですか」
「少なくとも、この孤児院への寄付という名目は、事実ではありませんでした」
マルクスの声は、これまでになく硬かった。
「オスカー殿が嘘をついているとは思えません。つまり、ヴィオラ様が、彼に嘘の説明をした可能性が高い」
部屋の空気が、重く沈んだ。
「これで、はっきりしました」
カインが、静かに言った。
「制服の生地は、慈善事業のためではなかった。何か別の目的――なりすました侍女のために、用意された」
フィリアは、拳を握りしめた。
(証拠が、また一つ、お義母様に近づいた)
(でも、まだ足りない。決定的な一手が)
◇
その日のうちに、思わぬところから、突破口が開いた。
マルクスが、王都の商業組合を通じて、廃業した三日月商会の元従業員の名簿を粘り強く洗い出していたのだ。その中に、一人、行方の分からない若い女性の名前があった。
「――ミラ、という女性です」
マルクスが、報告書を差し出した。
「三日月商会で、臨時の使いを何度か務めていた記録が残っています。建国祭の夜会の日付とも、勤務記録が一致します」
「その人は、今どこに」
「商会の廃業と同時に、住んでいた下宿からも姿を消しています。ですが」
マルクスは、地図の一点を指した。
「彼女の実家が、王都の外れにあると分かりました。両親は既に亡く、遠縁の家に身を寄せているようです」
「――会いに行けますか」
「手配します」
◇
その足で、フィリア、カイン、マルクスの三人は、王都から馬車で半日ほどの小さな村を訪れた。ミラは、そこで、怯えたように暮らしていた。
「――何のご用でしょうか」
粗末な家の戸口に立った彼女は、フィリアたちの姿を見て、明らかに動揺していた。痩せた頬、荒れた指先。ここ数週間、まともに眠れていないのだろうと、フィリアには一目で分かった。
「三日月商会での、あなたの仕事について、聞かせてほしいのです」
フィリアは、できるだけ穏やかに言った。
「あなたを罰するために来たのではありません。本当のことを、知りたいだけです」
ミラは、しばらく黙っていたが、やがて震える声で語り始めた。
「――お金に、困っていました。妹の薬代が必要で。そんな時、ルカという男に声をかけられました」
「ルカ、ですね」
「はい。一晩だけ、貴族の夜会で、侍女の格好をして、特定の人に飲み物を運ぶだけでいい、と言われました。大金を渡されて、断れませんでした」
「その飲み物には、何かが入っていましたか」
「――知りません。本当に、知らなかったんです」
ミラは、涙をこぼしながら言った。
「後から、毒殺未遂事件があったと聞いて、怖くなって、逃げました。私が、知らないうちに、誰かを傷つける手伝いをしていたんじゃないかって」
フィリアは、ミラの手が小刻みに震えているのに気づいた。妹のためだったという言葉に、嘘は感じられなかった。
「妹さんの、容態は」
「――薬のおかげで、少しずつ良くなっています。あの時のお金がなければ、今頃……」
ミラは、言葉を詰まらせた。フィリアは、それ以上追及せず、静かに次の問いに移った。
「ルカという男の他に、誰かと会いましたか。指示をした、雇い主のような人物は」
「一度だけ、遠くから、女性の姿を見ました。ルカが、その方に頭を下げているのを」
フィリアの心臓が、大きく跳ねた。
「――どんな、女性でしたか」
「顔までは、はっきりとは……。ただ、赤みがかった髪色をしていたのは、覚えています。それと」
「それと?」
「上品な、でも派手すぎない身なりでした。侍女や商人には見えませんでした。貴族の方だと、直感的に思いました」
部屋の空気が、凍りついた。
(赤茶色の髪)
(ヴィオラ様と、同じ)
フィリアは、深く息を吸った。まだ、決定的とは言えない。だが、輪は確実に狭まっていた。
「――ありがとうございます」
フィリアは、震えるミラの手を、そっと握った。
「あなたは、利用されただけです。今の証言、正式な記録として残していただけますか」
「――はい。私も、本当のことを、知りたいです」
「妹さんの薬代のことは、私からも力になれることがあるかもしれません。落ち着いたら、離宮に連絡をください」
ミラは、驚いたようにフィリアを見た。
「――どうして、そこまで」
「あなたも、この事件の被害者の一人です。利用されただけの人を、切り捨てたくはありません」
◇
村を後にする馬車の中、フィリアは深く息を吐いた。
「――赤みがかった髪」
「決定的ではない」
カインが、静かに言った。
「だが、状況証拠が、確実に積み重なってきている」
マルクスは、腕を組んでいた。
「この証言も、正式な記録に残します。鑑定式までに、これだけの状況証拠を揃えられれば――少なくとも、あなたの無実を示す材料としては、十分な強さを持つはずです」
フィリアは、窓の外に流れる夕暮れの景色を見つめた。
「残り、十六日」
「真犯人を特定するところまで、あと一歩だ」
カインの声には、確かな手応えがあった。
フィリアは、拳を握りしめながら、静かに頷いた。
(もう少しで、真実に辿り着ける)
(でも――その真実が、私の家族を壊すことになる)
「怖いか」
カインが、不意に尋ねた。
「――少しだけ」
フィリアは、正直に答えた。
「でも、目を逸らすよりは、ずっといいです」
カインは、それ以上何も言わず、ただ小さく頷いた。
第十五話「九人目の侍女」をお読みいただき、ありがとうございます。
九人目の侍女の正体がついに明らかになり、証言から「赤みがかった髪の女性」という決定的な手がかりが得られました。まだ確定ではありませんが、真相にかなり近づいてきています。フィリアの複雑な心境も、丁寧に描いていきたい終盤戦です。
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