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無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


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第二話 証言と、疑問符

処刑まで、あと二十九日。

 翌朝、フィリアは日の出と共に目を覚ました。


 寝台の硬さのせいではない。頭の中で、昨夜の情報を整理し続けていたせいだった。


(毒物は、私のものではない小瓶に入っていた。蓋の作りが、ラングドン家御用達の工房のものと違う)


 それが、今のところ唯一の手がかりだった。


 朝食が運ばれてきたのは、それから間もなくだった。運んできたのは、意外にも、カインだった。


「――配膳まで、警護の仕事なのですか」


「他の人間を、無闇にこの部屋に入れたくない」


 カインは、盆を机に置きながら言った。


「毒殺未遂の疑いをかけられてる人間の部屋だ。誰が何を仕込むか分からない」


「――私を、疑っているのですか」


「あんたを疑ってるんじゃない」


 カインは、淡々と答えた。


「あんたを陥れた人間が、次に何をするか分からない、という話だ」


 フィリアは、その言葉の意味を、少し遅れて理解した。


(――もし本当に、誰かが私を殺そうとしているなら)


(一度失敗したくらいで、諦めるとは限らない)


 背筋が、冷たくなった。


「昨夜、聞きそびれたことがあります」


 フィリアは、椅子に座り直した。


「あの小瓶は、今どこに」


「王宮の証拠保管庫だ。断罪の儀まで、そこで保管される」


「見ることは」


「一般人には無理だ。だが」


 カインは、少し間を置いた。


「近衛騎士なら、警備の巡回という名目で、保管庫に立ち入る理由が作れる」


 フィリアは、彼を見上げた。


「――協力してくださるということですか」


「昨日も言った。命令の範囲内で、できることはする」


 カインは、それだけ言うと、部屋を出ていった。


 ◇


 その日の昼過ぎ、離宮の庭に、思いがけない訪問者があった。


「――フィリア様」


 声をかけてきたのは、亜麻色の髪の少女――リーゼ・ヴァインだった。


 護衛の目を盗んで、垣根の隙間から声をかけてきたらしい。


「なぜ、あなたが」


 フィリアは、警戒しながら立ち上がった。この少女は、事件の被害者とされている人物だ。会うこと自体、不利な材料にされかねない。


「すみません、時間がないので、手短に話します」


 リーゼは、周囲を気にしながら、早口で続けた。


「私、あの夜、本当に毒を飲まされそうになったのか、自分でもよく分からないんです」


「――どういうことですか」


「私が倒れる前に飲んでいたグラスは、私の手元にありました。誰かがすり替えた様子も、見ていません。それなのに、気づいたら『毒を盛られた』ということになっていて」


 リーゼの声には、困惑がにじんでいた。


「体調が悪くなったのは、本当です。でも、それが本当に毒のせいだったのか、私には分かりません」


 フィリアは、思わず息を呑んだ。


(もし、リーゼが実際には毒を飲んでいなかったとしたら)


(この事件そのものが、最初から仕組まれていたことになる)


「――なぜ、それを私に話すのですか」


「フィリア様が、本当にやったのか、私には分からないからです」


 リーゼは、まっすぐにフィリアを見た。


「私のせいで、誰かが殺されるかもしれない。それが、怖いんです」


 フィリアは、しばらく言葉が出なかった。


 ゲームの中のリーゼは、いつも一途で、まっすぐで、優しい少女として描かれていた。目の前の彼女は、まさにその通りの人物だった。


「――ありがとうございます」


 フィリアは、深く頭を下げた。


「その言葉だけで、十分です」


「私にできることがあれば、言ってください。あの夜、私の近くにいた人のことなら、少しは覚えています」


「では、一つだけ」


 フィリアは、顔を上げた。


「あなたが倒れる直前、誰かに、飲み物を勧められませんでしたか」


 リーゼは、記憶を辿るように、目を伏せた。


「――そういえば」


「思い出したことが?」


「侍女の一人が、新しいグラスを持ってきてくれました。前のが空になったから、と。名前までは、覚えていません。ただ」


 リーゼは、少し言いよどんでから、続けた。


「その侍女、ラングドン家の使用人が着ける制服の色とは、少し違う色をしていた気がします」


 フィリアの心臓が、大きく跳ねた。


「――色が、違う」


「気のせいかもしれません。でも」


「いいえ」


 フィリアは、首を振った。


「十分な手がかりです」


 その時、遠くから足音が聞こえた。


「――行かなくては」


 リーゼは、慌てて垣根の向こうへ姿を消した。


 フィリアは、一人残された庭で、深く息を吐いた。


(誰かが、ラングドン家の使用人になりすまして、リーゼに近づいた)


(つまり、犯人は――少なくとも、その手引きをした人間は、あの夜会に「入り込む手段」を持っていた)


 貴族の夜会に、招待客でも使用人でもない人間が紛れ込むのは、簡単なことではない。


(誰かの、協力者だ)


 フィリアの中で、輪郭のぼやけた「犯人像」が、少しずつ形を持ち始めていた。


 ◇


 夕方、カインが戻ってきた。


 彼の表情は、朝よりも硬かった。


「保管庫を見てきた」


「何か、分かりましたか」


「小瓶の中身を、鑑定士が調べていた」


 カインは、声を落とした。


「毒物の種類は――『眠り月草』の抽出液だ」


「聞いたことのない名前です」


「珍しい毒だ。この国では自生していない。輸入品で、しかも扱っている商会は限られてる」


 フィリアは、リーゼから聞いた話を、カインに伝えた。


「――なりすました侍女、か」


 カインは、腕を組んだ。


「その線で調べれば、外部から人を手引きした人間に行き着くかもしれない」


「私一人では、調べようがありません。夜会の招待客名簿や、当日の使用人配置なんて、幽閉されている身では」


「俺が調べる」


 カインは、あっさりと言った。


「近衛の名目なら、宮内の記録には触れられる」


「――なぜ、そこまでしてくださるのですか」


 フィリアは、思わず尋ねた。


「昨日も答えたはずだ」


「性に合わない、でしたか」


「それだけじゃない」


 カインは、少し間を置いてから、続けた。


「――俺の妹も、昔、根も葉もない噂で、貴族の家から追い出されたことがある」


 フィリアは、息を呑んだ。


「証拠もなく、噂だけで人を断罪するやり方が、俺は嫌いだ」


 カインの声は、静かだが、確かな重みを持っていた。


「あんたが本当に無実なら、その噂と同じ目に遭わせたくない」


 フィリアは、彼の顔を、じっと見つめた。


「――ありがとうございます」


「礼はまだ早い。何も解決してない」


 カインは、そう言って、窓の外に目をやった。


 太陽が、山の向こうに沈みかけていた。


「残り、二十九日だ」


「ええ」


 フィリアは、頷いた。


「一日ずつ、着実に進めましょう」


 その夜、フィリアは寝台の中で、指を折って数えた。


 眠り月草。なりすました侍女。限られた輸入商会。


 まだ、点と点でしかない。だが、確かに、何かが繋がり始めている。


 窓の外で、月が静かに輝いていた。



第二話「証言と、疑問符」をお読みいただき、ありがとうございます。


さっそく調査が動き出す回にしました。リーゼが敵でも味方でもない、事件そのものに困惑している当事者として動いてくれる展開、書いていて楽しかったです。珍しい毒物という手がかりも出て、少しずつ犯人像が絞られていきます。


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