第三話 三日月の名を持つ商会
残り二十八日。手がかりを、追いかけます。
朝の光が、離宮の窓を白く染めていた。
フィリアは寝台の上で、昨夜からずっと同じ言葉を胸の中で転がしていた。
(眠り月草。なりすました侍女。限られた輸入商会)
点は、まだ線になっていない。だが、繋がる予感だけはあった。
朝食を運んできたカインの表情は、昨日よりも幾らか引き締まっていた。
「宮内の記録を、当たれるだけ当たってきた」
彼は盆を机に置きながら、抑えた声で切り出した。
「建国祭の夜、臨時で雇われた給仕・侍女の名簿があった。ラングドン家が用意した人数と、記録上の人数が――一人、合わない」
フィリアは、息を呑んだ。
「一人、多いのですか」
「いや」
カインは首を振った。
「一人、少ない。ラングドン家側の届け出には、侍女は八人。だが、当日の配置記録では九人分の食器と衣装が動いている」
フィリアの背筋が、冷たくなった。
「――届け出のない、九人目」
「その九人目が、どこから来たのか。記録には出所が書かれていない。だが、衣装の貸し出し元の欄に、一つだけ手がかりがあった」
カインは、懐から折りたたんだ紙を取り出した。写し取ってきたのだろう、走り書きの文字が並んでいる。
「――三日月商会」
フィリアは、その名を読み上げた。
「聞いたことのない名前です」
「俺も知らなかった。だが、王都の商業組合の記録を当たれば、何をしている商会か分かるはずだ」
「商業組合の記録は、離宮からでは調べられませんね」
「俺が行く」
カインは、あっさりと言った。
「近衛の巡回名目で、王都に出る許可は取れる。半日、時間をくれ」
フィリアは、彼を見つめた。
「――一つ、気になることがあります」
「何だ」
「眠り月草は、輸入品で、扱っている商会が限られている、とあなたは言いましたね」
「ああ」
「もし、三日月商会が――その輸入商会の一つだったら」
部屋の空気が、一瞬だけ張り詰めた。
カインは、しばらく黙っていた。
「――偶然にしては、出来すぎてる」
「ええ」
フィリアは、頷いた。
「侍女の手配と、毒物の輸入。同じ商会が両方に関わっているとしたら」
「その商会そのものが、事件の道具として使われた可能性がある」
カインは、紙を懐にしまいながら、フィリアを見た。
「あんたは、頭の回転が速いな」
「――褒め言葉として受け取っておきます」
フィリアは、久しぶりに、口の端をわずかに緩めた。
◇
カインが王都へ発ったのは、昼過ぎだった。
一人残されたフィリアは、離宮の庭を歩きながら、頭の中でもう一度、事件の全体像を整理し直した。
(誰かが、私の私物に紛れ込ませた毒物入りの小瓶。工房の作りが違う、偽物の証拠)
(なりすました侍女が、リーゼに新しいグラスを運んだ)
(その侍女は、三日月商会という、正体不明の商会から来ている可能性がある)
(そして、その商会は――眠り月草の輸入にも関わっているかもしれない)
全ての糸が、一つの場所――三日月商会という名の商会に、収束しつつあった。
(もし、これが本当なら)
(誰かが、私を陥れるためだけに、その商会を使った)
(それも、かなり計画的に)
行き当たりばったりの犯行ではない。誰かが、時間をかけて準備した。
(一体、誰が――)
フィリアの脳裏に、幾つかの顔が浮かんでは消えた。
継母のヴィオラ。異母弟。社交界で自分に嫉妬していた令嬢たち。父の政敵。
だが、どの顔にも、決定的な理由が見えない。まだ、点でしかない。
庭の隅、垣根の陰から、小さな物音がした。
フィリアは、反射的に身構えた。
「――誰ですか」
返事はなかった。
代わりに、垣根の向こうを、小さな人影が足早に遠ざかっていくのが見えた。使用人らしい格好をしていたが、フィリアの記憶にある離宮の使用人の顔ではなかった。
(今の人は――)
振り返る間もなく、人影は庭の角を曲がって消えた。
フィリアは、しばらくその場に立ち尽くした。
(見張られている。それも、離宮の中に紛れて)
背筋を、冷たいものが這った。九人目の侍女の話を聞いたばかりだった。まさか、同じ手口が、まだこの離宮の中でも使われているのだろうか。
夕方近く、カインが戻ってきた。彼の顔には、隠しきれない緊張があった。
「商業組合の記録を見てきた」
「何か、分かりましたか」
「三日月商会は――去年、突然設立された商会だ。出資者の名前は、代理人を立てていて、記録上は分からないようになっている」
「代理人を立てて、身元を隠している、ということですか」
「ああ。しかも」
カインは、声を落とした。
「扱っている品目の中に、輸入香草の欄がある。眠り月草の名指しは無いが、扱える許可を持つ商会の一つに、間違いなく入っている」
フィリアの心臓が、大きく跳ねた。
「――繋がりました」
「ああ。だが、まだ足りない」
カインは、窓の外に目をやった。太陽が、傾きかけている。
「出資者の正体が分からなければ、誰の指示でこの商会が動いたのか、突き止められない」
「私、庭で妙な人影を見ました」
フィリアは、先ほどの出来事をカインに伝えた。カインの表情が、さらに硬くなった。
「――離宮の中に、他人が入り込んでいる、ということか」
「使用人の格好をしていましたが、私の知らない顔でした」
「警護を、もう一段厳しくする」
カインは、迷いなく言った。
「あんたが調べていることに、向こうも気づき始めているのかもしれない」
フィリアは、その言葉の意味を噛みしめた。
(調べれば調べるほど、相手も動き出す)
(三十日という時間は、私だけのものじゃない。向こうにとっても、猶予なんだ)
窓の外で、太陽が完全に山の向こうへ沈んだ。
「残り、二十八日だ」
カインが、静かに言った。
「三日月商会の出資者を、突き止めましょう」
フィリアは、拳を握りしめた。
「そこに、答えがある気がします」
夜の帳が、離宮を包み始めていた。だが、フィリアの目には、もう恐怖だけではない、確かな光があった。
第三話「三日月の名を持つ商会」をお読みいただき、ありがとうございます。
事件の手がかりが少しずつ具体的な形になってきました。「三日月商会」という謎の存在と、離宮内に忍び込んでいるかもしれない何者かの気配。フィリアたちの調査に、相手側も気づき始めています。残り二十八日、緊張感を保ちながら書いていきます。
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