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無実の悪役令嬢、処刑まで三十日で真犯人を捕まえます  作者: 夜華カナタ


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第十一話 リーゼの記憶

残り二十日。危険を承知で、リーゼが再び動きます。

 その日の午後、離宮の庭に、また垣根越しの声がかかった。


「――フィリア様」


 声を潜めたリーゼだった。フィリアは驚いて振り返ったが、すぐに周囲を確認する。監査官マルクスの目が届く範囲だ。無闇に会えば、彼女自身も危険に晒しかねない。


「リーゼ様、ここは……」


「大丈夫です。今日は、正式に面会の申請をしています。監査官様の許可も得ました」


 リーゼの後ろから、マルクスが姿を現した。彼は、静かに頷いた。


「事件の証言者として、正規の手続きで面会を許可しました。今日は、庭ではなく、応接の間でお話しください」


 フィリアは、胸を撫で下ろした。以前のように、垣根越しに人目を忍んで話す必要はもうない――それだけで、状況が少しずつ変わってきているのを実感した。


 ◇


 応接の間には、フィリア、カイン、マルクス、そしてリーゼが顔を揃えた。


「ジェラルド様が拘束されたと聞いて、いても立ってもいられず……」


 リーゼは、両手を膝の上で握りしめながら、言葉を選ぶように話し始めた。


「私、あの夜のことを、もう一度よく思い出してみたんです。倒れる前、周りに誰がいたか」


「何か、思い出しましたか」


 フィリアは、身を乗り出した。


「侍女がグラスを運んできた時――少し離れたところに、見慣れない男の人がいました。招待客の中には見覚えのない顔で、でも、給仕の格好でもなかった」


「その男の特徴は」


 カインが、鋭く尋ねた。


「痩せ型で、目立たない服装でした。ただ……髪が、灰色がかった銀色だったのを覚えています。若くはないけれど、年老いてもいない、そんな年齢に見えました」


 フィリアの脳裏に、稲妻のような閃きが走った。


(灰色がかった銀色の髪。目立たない、でも招待客でも給仕でもない男)


「その男は、侍女と、何か言葉を交わしていましたか」


「ほんの一言二言だけ。でも、侍女がグラスを運んでくる直前に、確かに、二人は顔を合わせていました」


 フィリアは、カインと視線を交わした。


「――『ルカ』と、一致するかもしれません」


「ジェラルドの屋敷に潜り込んでいた男の特徴と、似ている」


 マルクスが、静かに口を挟んだ。


「証言として、正式に記録します。ただ、髪の色と体格だけでは、まだ人物を特定するには足りません」


「分かっています」


 フィリアは、頷いた。


「それでも、これは大きな前進です。今まで、名前しか手がかりがなかった人物に、ようやく顔の輪郭が見えてきました」


 マルクスは、羊皮紙に証言を書き取ると、リーゼに確認を求めた。


「他に、何か気づいたことは。些細なことでも構いません」


 リーゼは、しばらく考え込んでから、遠慮がちに口を開いた。


「――その男の人、左手に、何か布のようなものを巻いていました。怪我をしているようには見えませんでしたが」


「左手、ですか」


 フィリアは、思わずカインを見た。工房の職人が語った、廃業届の筆跡の癖――「字を人に見られることに慣れている」という言葉が、頭をよぎる。


「利き手を隠していたのかもしれません」


 マルクスが、静かに書き留めた。


「小さな情報でも、積み重なれば人物像になります。よく思い出してくださいました」


「お役に立てているなら、良かったです」


 リーゼは、僅かに微笑んだ。


 ◇


 リーゼが帰った後、部屋にはフィリアとカインだけが残った。夕暮れの光が、窓から柔らかく差し込んでいる。


「リーゼ様は、危険を承知で、また来てくれました」


 フィリアは、静かに呟いた。


「私が疑われている事件の証人になることが、彼女自身にとって、どれだけの重荷か――分かっているはずなのに」


「あの人は、芯が強い」


 カインは、窓の外を見ながら言った。


「か弱く見えて、自分の意志で動く人だ」


 フィリアは、彼の横顔を見つめた。


「――あなたも、そうですね」


「俺が?」


「妹さんのことを話してくれた時から、ずっと思っていました。あなたは、寡黙なようでいて、自分の信じることのためには、はっきりと動く人です」


 カインは、少し驚いたように目を見開いた後、視線を逸らした。


「――妹の話は、あの時しかしていない」


「よく覚えていますから」


「覚えているのは、勝手にしてくれ」


 その口調とは裏腹に、耳の端が、僅かに赤くなっているのを、フィリアは見逃さなかった。


「――柄にもないことを言うな」


「柄になくても、事実です」


 フィリアは、微かに笑った。ここ最近、こうして素直な言葉を交わせるようになったことに、自分自身、少し驚いていた。


(ゲームの中では、こんな会話をする相手なんて、想像もしなかった)


(悪役令嬢として断罪されて、絶望する未来しかなかったはずなのに)


(今、私は――ちゃんと、前に進んでいる)


 カインは、しばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「灰色がかった銀髪の男。心当たりが、一つだけある」


「――本当ですか」


「昔、近衛の訓練で一緒だった男に、そういう特徴の奴がいた。今は近衛を辞めて、どこかの貴族家に仕えていると聞いた」


 フィリアの心臓が、大きく跳ねた。


「その人の、名前は」


「思い出そうとしている。だが、確証はまだない。明日、心当たりのある元同僚に、それとなく聞いてみる」


「気を付けてください。ルカが本当に何らかの家に仕えているなら、その主人にとって、あなたの動きは脅威になります」


「分かってる」


 カインは、腰の剣に軽く手を添えた。


「それに、俺は近衛だ。元同僚に近況を尋ねる程度のことで、疑われるような真似はしない」


 フィリアは、その横顔を見つめながら、小さく頷いた。


(この人が、これだけ言うのなら、大丈夫だろう)


 それでも、拭いきれない不安が、胸の奥に小さく残っていた。事件が家の内側と繋がっている可能性がある以上、誰が本当に信用できるのか、まだ全てが見えているわけではない。


 窓の外で、夕日が完全に沈んだ。


「残り、二十日」


 カインが、静かに言った。


「少しずつだが、確実に、輪が狭まってきている」


 フィリアは、頷いた。


「灰色の銀髪の男――ルカ。次に近づくのは、その人物の正体です」


 カインは、立ち上がりながら、それだけ付け加えた。


「名前が分かったら、真っ先にあんたに伝える。――だから、今夜はちゃんと休め」


「あなたも」


「俺は、いい」


 フィリアが何か言い返すより早く、カインは軽く手を上げて、部屋を出ていった。

第十一話「リーゼの記憶」をお読みいただき、ありがとうございます。


証人の記憶から、謎の男「ルカ」の外見的特徴が少しずつ明らかになっていく回にしました。同時に、フィリアとカインの関係の変化も丁寧に描きたかった回です。次回、カインの伝手から、ルカの正体に一歩近づきます。


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