第五話「封印区画」
ギィ……
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重い鉄の扉が。
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ひとりでに開いていく。
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暗闇の奥から。
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冷たい風が吹き抜けた。
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その風は。
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土の匂いではない。
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古い紙。
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墨。
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湿った木。
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何百年もの時を閉じ込めたような匂いだった。
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「入るな!」
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藤富零が初めて声を荒らげる。
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「その先だけは開いてはならない!」
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真之介は振り返らない。
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「ここに答えがあるんだろ?」
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零は唇を噛む。
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「答えではない。」
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「始まりだ。」
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真之介は灯りを掲げ、封印区画へ足を踏み入れた。
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そこは記録庫とは違っていた。
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本棚はない。
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石板もない。
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ただ。
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広い空洞。
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その中央に。
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一本の巨大な樹が立っていた。
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枝は一本もない。
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葉もない。
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黒く乾いた幹だけが天井へ伸びている。
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綾乃が息を呑む。
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「木……?」
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真琴は首を振る。
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「違う。」
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「これは木じゃない。」
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近づく。
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幹の表面を灯りが照らす。
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そこには。
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びっしりと文字が刻まれていた。
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何千。
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何万。
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人の名前。
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生年月日。
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最期の言葉。
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人生の断片。
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咲が震え始める。
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「これ……」
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「全部、人間……」
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真之介も幹へ手を伸ばす。
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指先が触れた瞬間。
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景色が変わった。
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1820年。
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まだ若い藤富家の当主。
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村人たち。
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そして。
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一本の小さな苗木。
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当主が言う。
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「苦しみを忘れないため。」
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「ここへ記録を残そう。」
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村人たちは。
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亡くなった者の名を書いた木札を。
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苗木の根元へ埋めていく。
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最初は。
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弔いだった。
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しかし。
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年月が流れる。
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木は育つ。
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根は。
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木札ではなく。
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人々の「記録」そのものを吸い始めた。
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映像が消える。
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真之介は膝をつく。
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「これが……」
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真琴が静かに言う。
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「第一記録。」
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「黒帳は、この樹から生まれた。」
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その時だった。
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ゴゴゴ……
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樹が揺れる。
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幹の一部が裂ける。
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そこから。
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古い巻物が落ちた。
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綾乃が拾い上げる。
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表紙には。
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『封印記録 第一号』
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ページを開く。
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最初の一文。
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『第九を封じるな。』
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全員が息を呑む。
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真之介が読み進める。
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『第九は災いではない。』
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『人が恐れたことで怪異となった。』
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『恐怖が名を与えた。』
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咲の瞳が揺れる。
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「じゃあ……」
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「第九は最初から怪異じゃなかった……」
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その瞬間。
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封印区画全体が大きく揺れた。
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樹の奥。
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闇の中で。
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誰かが笑う。
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低く。
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静かに。
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「ようやく。」
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「ここまで来たか。」
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真之介が灯りを向ける。
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しかし。
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そこに人影はない。
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聞こえたのは。
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声だけ。
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零の表情が青ざめる。
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「違う……。」
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「まだ目覚める時代じゃない。」
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その声は。
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再び響いた。
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「私を二百年も待たせたな。」
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真之介たちの前で。
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巨大な樹の幹に。
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一本の深い亀裂が走った。
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その奥には。
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人ひとりが通れるほどの、
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さらに古い石造りの通路が姿を現していた。
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第九章 第五話
「封印区画」
つづく




