第四話「地下記録庫」
亀の瀬。
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山腹に現れた石造りの入口。
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冷たい風が、地下から吹き上がってくる。
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誰も口を開かなかった。
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真之介が先頭に立つ。
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「行こう」
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五人は灯りを手に、地下へ足を踏み入れた。
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石段は深く。
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一段、また一段と下りるたびに、外の音は消えていく。
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聞こえるのは。
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自分たちの足音だけ。
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やがて。
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長い通路へ出た。
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壁には無数の文字が刻まれている。
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名前。
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年月日。
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短い文章。
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まるで墓碑のようだった。
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真琴が壁をなぞる。
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「これは……人名です」
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綾乃も近づく。
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「全部違う筆跡……」
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咲が立ち止まる。
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「違う」
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「これ……」
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「誰かが書いたんじゃない」
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「勝手に浮かび上がってる」
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その言葉と同時に。
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壁へ新しい文字が滲み出した。
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『藤富真之介』
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『亀の瀬到着』
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真之介は息をのむ。
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「俺たちを記録している……」
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さらに奥へ進む。
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通路は円形の広間へ続いていた。
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広間の中央。
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巨大な石柱。
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石柱には。
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無数の細い溝が走り、その一本一本に文字が流れている。
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まるで血管のように。
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記録が石柱を巡っていた。
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千夏が呟く。
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「これが……第一記録庫……」
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その瞬間。
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低い声が響く。
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「違う」
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「ここは入口だ」
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全員が振り返る。
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石柱の陰から、一人の男が姿を現す。
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黒い和装。
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白い手袋。
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穏やかな笑み。
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藤富零だった。
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「ようこそ」
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「亀の瀬へ」
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真之介は一歩前へ出る。
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「お前が歴史を書き換えているのか」
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零は首を横に振る。
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「書き換えているのではない」
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「戻している」
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「あるべき歴史へ」
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「あるべき歴史?」
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「人間は都合の悪い事実を消す」
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零は石柱へ手を添えた。
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「だから記録は歪む」
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「私は歪みを正しているだけだ」
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その時。
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真琴の視線が石柱の根元で止まる。
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そこには。
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古びた鉄製の扉。
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扉には一本の線で描かれた紋章。
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そして、その下に刻まれた文字。
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『第一記録庫 封印区画』
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綾乃が息をのむ。
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「ここが……本当の記録庫……」
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零の笑みが消えた。
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「そこは開けるべきではない」
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「なぜだ」
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真之介が問い返す。
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零は静かに答える。
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「その扉の向こうには」
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「黒帳より古いものが眠っている」
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空気が凍る。
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第九よりも。
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黒帳よりも。
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さらに古い存在。
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咲の顔から血の気が引く。
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「聞こえる……」
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「泣いてる……」
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誰かが。
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扉の向こうで。
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小さく。
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泣いている。
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真之介も耳を澄ます。
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確かに聞こえる。
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幼い子どもの声。
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「……助けて」
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その声が響いた瞬間。
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封印区画の扉が。
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ひとりでに。
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軋みながら、わずかに開いた。
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第九章 第四話
「地下記録庫」 終




