第四話「藤富家の再接触」
翌朝。
村には妙な空気が流れていた。
昨夜倒れた男は生きていた。
身体にも異常はない。
熱もない。
怪我もない。
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だが何かが違う。
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妻が話しかけても反応が遅い。
子供の名前を一瞬思い出せない。
好きだった酒の銘柄を忘れている。
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ほんの僅か。
しかし確実に。
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何かが欠けていた。
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村人たちは口々に言った。
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「魂を取られた」
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しかし源次は違うと思った。
魂ではない。
もっと別のものだ。
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昨夜見た武者。
そして帳面に現れた文字。
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「記録が崩れているもの」
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その言葉が頭から離れない。
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昼過ぎ。
源次のもとに一人の男が現れた。
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藤富宗景。
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十数年前。
咲の記録にも名が残っていた人物。
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しかし以前より老けていた。
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髪は白くなり。
目の下には深い隈。
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まるで何年も眠っていない人間のようだった。
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「源次殿か」
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低い声だった。
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源次は警戒した。
藤富家は代々、この山の秘密を守る一族。
だが秘密を守るということは、真実を隠すということでもある。
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宗景は源次の手元を見る。
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咲の帳面。
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宗景の顔色が変わった。
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「それをどこで」
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「山で拾った」
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沈黙。
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宗景はしばらく帳面を見つめていた。
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そして静かに言う。
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「咲殿は最後まで調べていたか」
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源次は驚く。
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「知っているのか」
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「知っている」
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宗景は遠くを見る。
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「止められなかった」
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その言葉には後悔が滲んでいた。
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源次は尋ねる。
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「昨夜の武者は何だ」
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宗景はすぐには答えなかった。
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代わりに聞いた。
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「何を見た」
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源次は迷った。
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だが隠しても意味がない。
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地下の目。
鐘の音。
空白になった男。
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全てを話した。
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宗景は静かに頷く。
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そして言った。
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「封印が弱っている」
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源次は眉をひそめる。
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「封印?」
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宗景は首を振った。
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「いや」
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その表情には迷いがあった。
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長年使い続けた言葉を、自ら否定する苦しさ。
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「封印ではない」
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源次の心臓が跳ねた。
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咲の帳面と同じ言葉。
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宗景は続ける。
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「我々は代々、封印と呼んできた」
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「だが本当は違う」
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「維持だ」
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風が吹いた。
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だが暑さは消えない。
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むしろ背筋だけが冷たくなる。
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「維持?」
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「そうだ」
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宗景は山を見上げた。
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「あれは閉じ込めるためのものではない」
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「動かし続けるためのものだ」
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源次には理解できなかった。
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呪いを動かし続ける?
怨霊を維持する?
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意味が分からない。
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宗景は小さく笑う。
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「私も全部は知らん」
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「だが一つだけ分かる」
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「止まれば終わる」
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「何が」
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宗景は答えない。
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代わりに懐から古びた紙を取り出した。
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そこには地図が描かれていた。
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仏生堂周辺の山。
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そして一点に印が付いている。
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「ここだ」
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「何がある」
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宗景は源次を見る。
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その目は恐れていた。
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何十年も秘密を抱え続けた人間の目だった。
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「第四の石」
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空気が変わった。
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山の奥から。
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ドン……
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低い音が響く。
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まるで巨大な何かが寝返りを打ったようだった。
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宗景の顔色が青くなる。
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「始まったか」
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「何がだ」
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宗景は震える声で言う。
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「第一の石が限界に近い」
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「だから第四も反応している」
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源次は初めて理解する。
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これまで起きていた怪異。
失踪。
武者。
死者。
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全てが別々の事件ではない。
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繋がっている。
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大きな一つの仕組みとして。
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そしてその仕組みは。
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今。
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壊れ始めている。
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夕暮れ。
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源次は地図を握り締めた。
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第四の石。
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その場所へ行かなければならない。
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だが本能が警告している。
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そこには見てはいけないものがある。
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それでも行くしかない。
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なぜなら。
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もう始まってしまったからだ。
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夜。
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村の外れで再び鐘が鳴る。
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ゴーン……
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今度は一回ではない。
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二回。
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三回。
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四回。
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まるで何かが近づいてくるように。
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そして山の暗闇の中で。
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黒い武者が静かにこちらを見ていた。
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(第四話・続く)




