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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第四章:黒船の年、亡霊の山(1853)

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第三話「夜の山の武者」

鐘の音は、村の中に入り込んでいた。



---


ゴーン……



---


山ではない。


寺でもない。


村の中心でもない。



---


“どこからでもない場所”から鳴っている。



---


源次は帳面を抱えたまま外へ出た。


村人たちも異変に気づき始めている。


だが誰も「正体」を口にできない。


口にした瞬間に、それが現れるような気がしていた。



---


夜の村は静かだった。


静かすぎる。


犬の声がない。


虫の音がない。


風すら止まっている。



---


そしてその静寂の中に、それはいた。



---


村外れの道。



---


立っていた。



---


武者。



---


甲冑を着ている。


しかし光を反射しない。


金属ではない。


石のように鈍い。



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顔がない。


いや、正確には“固定されていない”。


見るたびに違う。


老人にも見える。


若者にも見える。


死人にも見える。



---


源次は息を止める。


これは人ではない。


しかし“人の形”をしている。



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武者は動かない。


ただ村の中心を見ている。



---


源次は気づく。


武者は自分たちを見ていない。



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その奥。



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地面の下を見ている。



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「……やはりか」


源次は小さく呟く。



---


武者はゆっくりと一歩踏み出した。



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ゴ……ン……



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地面が鳴った。


鐘ではない。


だが同じ“音の種類”。



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その瞬間、村の一角で悲鳴が上がる。



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人が倒れた。



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倒れたまま動かない。


死んだのではない。


“止まった”。



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源次は駆け寄る。



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男は目を開けたまま固まっている。


呼吸はある。


しかし意識がない。



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まるで“記録されている途中で止められた”ようだった。



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源次は武者を見る。



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武者は何もしていない。


剣も振るっていない。


触れてもいない。



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ただ“存在している”。



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それだけで村が崩れていく。



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そのときだった。


帳面がわずかに震えた。



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源次はそれに気づく。


紙が湿る。


インクが滲む。



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まるで反応している。



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武者の方向に。



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源次は直感する。


この帳面はただの記録ではない。



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“反応する記録”。



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その瞬間、帳面の一部の文字が浮き上がった。



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見覚えのある筆跡。



---


高橋咲。



---


そこにはこう書かれていた。



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「それは怨霊ではない」



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源次の呼吸が止まる。



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「記録が崩れているもの」



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武者がこちらを向いた。



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初めて。



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源次の目を見た。



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その瞬間。



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頭の中に“音”が流れ込んでくる。



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鐘の音でもない。


風でもない。


言葉でもない。



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ただ“情報”。



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理解。



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それはこうだった。



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「見た者は記録される」



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源次は膝をつく。



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視界が揺れる。



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世界が一瞬だけ“薄く”なる。



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その隙間から見えた。



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地下。



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無数の目。



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こちらを見ている。



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そして理解する。



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武者は敵ではない。



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“装置の一部”だ。



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死者を固定するための補助構造。



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源次は吐き気をこらえる。



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これが怨霊ではないなら。



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自分たちが見ているものは何だ。



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その問いに答えるように、武者は動いた。



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ゆっくりと。



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村を通り過ぎる。



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誰にも触れず。



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ただ“通過する”。



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その後ろで、倒れていた男が立ち上がる。



---


何事もなかったように。



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しかし目が違う。



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どこか“空白”だ。



---


源次は理解する。



---


これは死ではない。



---


これは“処理”だ。



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(第三話・続く)

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