第三話「夜の山の武者」
鐘の音は、村の中に入り込んでいた。
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ゴーン……
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山ではない。
寺でもない。
村の中心でもない。
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“どこからでもない場所”から鳴っている。
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源次は帳面を抱えたまま外へ出た。
村人たちも異変に気づき始めている。
だが誰も「正体」を口にできない。
口にした瞬間に、それが現れるような気がしていた。
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夜の村は静かだった。
静かすぎる。
犬の声がない。
虫の音がない。
風すら止まっている。
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そしてその静寂の中に、それはいた。
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村外れの道。
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立っていた。
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武者。
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甲冑を着ている。
しかし光を反射しない。
金属ではない。
石のように鈍い。
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顔がない。
いや、正確には“固定されていない”。
見るたびに違う。
老人にも見える。
若者にも見える。
死人にも見える。
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源次は息を止める。
これは人ではない。
しかし“人の形”をしている。
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武者は動かない。
ただ村の中心を見ている。
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源次は気づく。
武者は自分たちを見ていない。
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その奥。
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地面の下を見ている。
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「……やはりか」
源次は小さく呟く。
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武者はゆっくりと一歩踏み出した。
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ゴ……ン……
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地面が鳴った。
鐘ではない。
だが同じ“音の種類”。
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その瞬間、村の一角で悲鳴が上がる。
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人が倒れた。
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倒れたまま動かない。
死んだのではない。
“止まった”。
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源次は駆け寄る。
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男は目を開けたまま固まっている。
呼吸はある。
しかし意識がない。
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まるで“記録されている途中で止められた”ようだった。
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源次は武者を見る。
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武者は何もしていない。
剣も振るっていない。
触れてもいない。
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ただ“存在している”。
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それだけで村が崩れていく。
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そのときだった。
帳面がわずかに震えた。
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源次はそれに気づく。
紙が湿る。
インクが滲む。
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まるで反応している。
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武者の方向に。
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源次は直感する。
この帳面はただの記録ではない。
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“反応する記録”。
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その瞬間、帳面の一部の文字が浮き上がった。
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見覚えのある筆跡。
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高橋咲。
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そこにはこう書かれていた。
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「それは怨霊ではない」
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源次の呼吸が止まる。
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「記録が崩れているもの」
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武者がこちらを向いた。
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初めて。
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源次の目を見た。
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その瞬間。
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頭の中に“音”が流れ込んでくる。
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鐘の音でもない。
風でもない。
言葉でもない。
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ただ“情報”。
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理解。
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それはこうだった。
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「見た者は記録される」
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源次は膝をつく。
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視界が揺れる。
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世界が一瞬だけ“薄く”なる。
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その隙間から見えた。
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地下。
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無数の目。
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こちらを見ている。
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そして理解する。
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武者は敵ではない。
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“装置の一部”だ。
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死者を固定するための補助構造。
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源次は吐き気をこらえる。
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これが怨霊ではないなら。
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自分たちが見ているものは何だ。
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その問いに答えるように、武者は動いた。
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ゆっくりと。
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村を通り過ぎる。
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誰にも触れず。
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ただ“通過する”。
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その後ろで、倒れていた男が立ち上がる。
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何事もなかったように。
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しかし目が違う。
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どこか“空白”だ。
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源次は理解する。
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これは死ではない。
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これは“処理”だ。
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(第三話・続く)




