【第105話】 復讐という名の惨劇
アブルートは歴史を進め、半年後のアルブンド王国へと到着する。この時のアルブンド王国では、大通りに人集りができていた。大通りの中央を、黒衣のローブを身に纏ったニグレードが歩いている。ニグレードが向かう先には、アルブンド王国の城が聳え立っている。ニグレードは城を見上げる。その目には、一切光が宿っていなかった。
ニグレードは城門の前まで進むと、2人の衛兵に行手を塞がれる。
「ここから先、貴様のような怪しい者を通すわけにはいかない。さっさと帰りな。」
2人の衛兵はニグレードに槍を突きつける。ニグレードはフードを脱ぎ、深紅の瞳で衛兵を睨みつける。
「……どけ。」
ニグレードは黒い炎を放ち、衛兵を遠ざける。衛兵はニグレードに敵意を向けるが、ニグレードの眼中には入っていなかった。ニグレードは城門を掴み、黒い炎で門に火をつける。
「な、何をしている!」
「……口出しをするな。」
ニグレードは剣を衛兵の喉に突きつける。
「死にたくなければ、さっさと民を避難させろ。」
ニグレードは剣を鞘に収め、燃え尽きた門を蹴り倒して城の中庭に侵入する。
同時刻、アルブンド城内にて……。
「国王陛下。即急にお知らせしたい情報が入りました。」
国王は玉座に座り、悠々とした様子で衛兵の話を聞く。
「ふむ……侵入者か。さっさと始末しろ。」
「すでに取り掛かっておりますが……我々では手に負えないのです。侵入者の要件は、国王陛下を出せとのことです。」
「まったく、使えん奴らだ…。」
国王は苛立ちながら玉座から立ち上がり、バルコニーへと向かう。
バルコニーから中庭を覗くと、ニグレードと衛兵達が戦っていた。国王は望遠鏡で、ニグレードの姿を捉える。
「あやつは……スラム街の若僧ではないか。なぜあやつに手こずっておる?やはり、衛兵は無能の集まりか。しかし、あの若僧は使えそうだな。」
国王は衛兵から槍を取り上げ、軽い足取りで中庭へと向かった。
「くっ……なんだこいつは!」
衛兵達はニグレードに果敢に攻撃するも、ニグレードの体術により一蹴されてしまう。
「さっさと国王を出せ。お前らに用はない。」
「お前のような危険分子を、国王陛下に近づけさせるつもりはない。」
「危険分子なのは、この国の国王だろ。」
両者の対立が深まる最中、国王が悠々としながら現れた。
「お前達、何をしておる?さっさとあやつを殺せ。」
その時、ニグレードは国王の目の前に一瞬で移動する。
「……自分で戦え。」
国王は槍を突き出すが、ニグレードはその槍を容易くへし折った。
「貴様……!無礼を知れ!」
「無礼だと?」
ニグレードは国王の胸ぐらを掴み、空中に持ち上げる。ニグレードからは、恐ろしいほどの殺意が溢れて出ていた。
「お前のようなゴミ以下の人間に、言われたくはないな。」
「ゴミ以下だと?貴様は何を言っている?この私のどこが、あの下民共以下だと言うのだ?」
「すでにその自己中心的な考えが、ゴミ以下だということを表している。それが……わからねえのか?!」
ニグレードは国王を石柱に思い切り叩きつける。
「ぎっ……貴様ぁっ!」
国王はニグレードの腕を掴むが、ニグレードは全身に黒い炎を纏う。
「やめろ!離せ!」
国王の体が、一瞬にして黒い炎に包まれる。ニグレードは国王を地面に投げ捨て、頭を踏みつける。
「惨めだな……。弱者相手には偉そうな態度を取るくせに、危機が迫ると弱気になることしかできないのか!」
ニグレードは国王を思い切り蹴り上げる。国王の体は宙を舞い、地面へと落下して鈍い音を立てる。
「お、お前達!さっさと私を助けろ!無能共は私の言う事だけを聞いていろ!」
国王は衛兵達に向かって叫ぶが、それをニグレードが遮る。
「お前らがこいつを助けるかどうかは、自分達で決めろ!」
衛兵達は槍を手にしているが、国王を助けようとはしなかった。国王は憤慨し、衛兵達に罵声を浴びせる。その時、ニグレードの手が国王の首を掴む。
「無能はお前だろうが……。そんなに、自分の命が惜しいか?」
国王は震えながら、大きく頷いた。その瞬間、ニグレードは不適な笑みを浮かべる。
「では、この国の民の何人かを人質とする。お前はこの国を離れ、人を蘇生する方法を見つけろ。もし見つけられなければ、お前の妻子諸共を殺す。その前に……」
ニグレードは国王を地面に放り投げ、衛兵達の方を睨みつける。
「この国の貴族全員を、この場に連れて来い。逆らったらどうなるか……わかっているな?」
衛兵達は散り散りとなり、貴族達を集めに向かった。
「……おい。」
ニグレードは逃げようとしていた国王を呼び止め、黒い炎を燃え上がらせながら近づく。
「そんなに、自分のことが大事か?自分以外は、妻子だろうとどうなってもいいんだな?」
「そ、そんなわけないだろう!」
ニグレードは狼狽える国王を見て、反吐が出そうになった。
「……だったら、大人しくしていろ。」
しばらくして、アルブンド王国中の貴族が集められた。貴族達は不満そうにしながら、衛兵達の後ろについて歩いていた。
「並べ。」
「なぜ僕達が、お前のような奴の言う事を聞かなければならないんだ?」
次の瞬間、ニグレードは1人の貴族の首を躊躇いなく刎ねる。そして、地面に転がった首を容赦なく踏み潰す。頭蓋骨が砕ける音と共に、ニグレードの足元に肉片が飛び散った。その光景に、他の貴族達は戦慄した。
「さっさと並べ。凄惨な死を受けたくなければな。」
貴族達は悪態をつきながらも、渋々一列に並んだ。ニグレードはその様子を見て、呆れたようにため息をつく。
「そんなに死が怖いか?それとも、自分の立場を理解していないだけか?」
「立場を理解していないのは、お前の方だろ?こちらは一声で、何万の兵を動かすことができる。今すぐにでも、お前の家族を手にかけてもいいんだぞ?」
「……家族がいたら、こんなことはしてねえよ。」
「なんだ?つまり逆恨みか?」
ニグレードは貴族の首を掴み、黒い炎で貴族を包み込む。
「ぐあぁぁぁぁっ?!」
ニグレードは黒い炎を強め、貴族を一瞬で亡骸へと変えてしまう。
「言葉に気をつけろ。お前らの命は、俺が握っているということを忘れるな。」
「ちっ……!図に乗るんじゃねえ!」
1人の貴族が衛兵から槍を奪い取り、ニグレードの頭部へと振り下ろす。ニグレードは槍を手刀で切断し、貴族の腹部を拳で貫く。
「……失せろ。」
その直後、黒い炎が貴族を体内から焼き尽くす。貴族の体は黒い炎に包まれ、灰すら残らなかった。他の貴族は衛兵達に命令し、ニグレードに特攻させる。ニグレードは近づいてくる衛兵達を黒い炎で追い払い、深追いはしなかった。
「お前らはどれだけ、人を駒のように扱えば気が済む?俺に何をしても、全て無意味だ。」
1人の貴族が、剣を持ってニグレードに背後から接近する。剣を振りかざした直後、黒い炎がその貴族から心臓を引き摺り出す。ニグレードは引き摺り出した心臓を、無情にも握り潰した。
「この……悪魔が!」
もう1人の貴族はニグレードに殴りかかるが、手首を掴まれてしまう。その際、ニグレードは殺意に満ちた眼差しを貴族に向ける。
「俺が……悪魔だと?一体どれだけ、自分を棚に上げれば気が済む!」
ニグレードは貴族の腕を引き千切り、引き千切った腕で貴族の頭部を叩き潰す。
美桜とアブルートは、凄惨な現場を離れた場所から見ていた。その光景を見て、美桜は体が震えていた。
「こんなの……こんなの……。一体どれだけ恨みがあれば、こんな残酷なことが平然とできるの???」
震える美桜の肩に、アブルートは手を置く。
「君の考えは正しい。これは復讐ではなく………虐殺だ。」
そのときのアブルートは、拳に強い力を込めていた。まるで、何かを悔やんでいるように思えた。
その後も、ニグレードは貴族達を惨たらしい方法で殺し続け、とうとう貴族は最後の1人になってしまった。しかし、ニグレードはその貴族を殺そうとはしなかった。なぜならその貴族は、遠くから傍観していたからだ。その貴族の容姿は、どこか見覚えがあるものだった。
「……お前は反抗しないのか?」
「私は君の気持ちを理解している。今の君の心情を考えると、無力な自分が惨めに思えてくるよ。」
「無力か……。果たして、それは本当か?」
「それはどういう意味だい?」
ニグレードは貴族に近づくが、衛兵達が行手を阻む。
「下がりたまえ。彼には私への殺意はない。」
貴族は衛兵達を下がらせ、ニグレードと1人で対面する。
「君が私をどう思っているかは知らないが、私は君が殺した者達と同類だよ。彼らを止められなかったのだから…。」
「知っているぞ。お前はあの貴族共を止めるため、寝る間も惜しんで方法を考えていたはずだ。」
「一体それを、どこで知ったのかい?」
「アブルート以外に、誰がいる?」
貴族はハッとしたようない表情をするが、すぐに冷静さを保つ。
「そうだった…。君と彼は親友だったね。」
貴族は衛兵達を呼び、貴族はニグレードのさらに近づいた。
「それで、君の要望は何かな?」
「全員この国から出て行け。そして、”死者を蘇生する方法”を見つけろ。それを見つけるまでは、民の数人を人質とさせてもらう。人質はこちらで選ぶ。」
貴族はしばらく考えた後、素直に承諾した。戸惑う衛兵達を、貴族は冷静に説得する。
「それと……」
ニグレードは国王の首根っこを掴み、貴族の足元へ放り投げる。
「そいつが勝手なことをしないよう、厳重に監視しておけ。もし何かをしようものなら……お前らは皆殺しだ。」
「……肝に銘じておこう。」
貴族は地面に転がっている剣を手に取り、国王と衛兵達と共に中庭から出て行った。
その後ニグレードの命令で10数人の国民が人質として囚われ、それ以外の者は例外なく全員、アルブンド王国内から追い出された。
「くそっ……。お前達があいつを始末していれば……!」
国王は衛兵に手を挙げようとするが、それをアブルートが阻止する。
「今は内輪揉めをしている場合ではない。あいつが次の行動に移る前に、この場から離れることが優先だ。」
「アブルートよ…。」
貴族はアブルートに後ろから話しかける。アブルートが振り向いた瞬間、貴族は深々と頭を下げた。
「すまない。私が貴族達を止めていれば、こうはならなかったかもしれない。」
「クローヴァー………君が気にすることではない。彼を止められなかった俺にも落ち度はある。」
アブルートとクローヴァーはその場にいる者達を先導し、アルブンド王国から遠ざかる。
同時刻、アルブンド城内にて……
ニグレードは城内の国王の肖像画や絵画などを、1つ残らず人質の前で燃やし尽くした。その様子を見て、人質達は怯えている。ニグレードは人質達の手足に付けられた枷を、黒い炎で焼き払う。
「あの国王に付けられたか…。そんなものを付けろとは、命令していないはずだが…。」
人質達はニグレードの行動に戸惑いを見せ、思わず「なぜ?」と問いかける。その問いかけをした人質に対し、ニグレードは冷酷な視線ではなく、何かに同情するような視線を向ける。
「先に言うが、逃げてもいいぞ?」
ニグレードの言葉により、人質達はさらに困惑し始める。
「お前達を人質にすると言ったが、それはあいつらに危機感を持たせるための虚言だ。まさかこの程度で国王を追い出せるとは、思ってもいなかったがな。」
ニグレードは地面を強く踏み、足元に魔法陣を生成する。
「さて……あのバカな国王は必ず兵隊をこの国に向かわせる。お前がその気なら……こちらは迎撃をさせてもらう。」
ニグレードが詠唱を始めた瞬間、辺りを特濃の魔力が覆い尽くす。人質達は魔力の影響を受け始めるが、それに気づいたニグレードが人質達を結界で覆った。
「お前達を殺すつもりはない。死にたくなければ、そこから動くな。」
その直後、ニグレードの体から溢れた魔力が一点に集まり、人型の何かを作り始める。少ししてから、魔力が剥がれて青年の姿が露わになる。青年は早々に、ニグレードの前に跪く。
「私はあなたの”死”の心から生まれた存在、”死の悪魔”です。何なりと、ご命令下さい。」
「お前の名はなんだ?」
「私に名などありません。私は悪魔ですので。」
ニグレードは死の悪魔を観察し、力量を見定める。
「顔を上げろ。お前に名を授ける。」
ニグレードは死の悪魔と目線を合わせるため、同じ高さまで姿勢を低くする。
「お前はこれから、”ハデス”と名乗れ。」
「本当に……その名をいただけるのですか?」
「あぁ。この名に相応しい活躍を期待しているぞ。」
「なんと……ありがたきお言葉……!このハデス、あなた様への生涯の忠誠を誓いましょう。」
その時、ニグレードは城門に近づく者の気配に気づく。
「ハデス、お前の実力が知りたい。手始めに、外の奴らを追い返せ。」
「承知しました。10分以内に終わらせましょう。」
そう言い、ハデスは即座に城門へと向かった。
城門では、数十名の衛兵が侵入を試みていた。その衛兵達の前へ、ハデスは威圧感を放ちながら現れる。
「な、何者だ?!」
「私は主であるニグレード様にお仕えする、”死の悪魔ハデス”です。あなた方の侵入を、主は快く思っておりません。ですので、即急にご退場願います。」
「悪魔だと……?何をふざけた事を!!!」
1人の衛兵は激昂し、ハデスへと槍を持って突進する。ハデスは槍を危なげなく躱し、衛兵を圧倒的な威圧で押し返す。
「あなた方では、私を倒すことはできません。無駄死にになるだけです。」
ハデスは魔力の衝撃波を放ち、衛兵達を王国外まで吹き飛ばす。衛兵達は堪らず、全速力で撤退を始める。ハデスは衛兵達がいなくなったのを確認し終えると、すぐにニグレードのもとへと戻った。
「この時にはすでに、悪魔が誕生してたんだ…。」
「あぁ。この後も、ニグレードは悪魔を生み出して戦力を増やしていった。そして最終的には、10体もの悪魔が地上に誕生した。この時期からすでに、世界各地で魔獣による被害が発生していた。小さな被害から、死者が出るほどの大きなものまでな。」
美桜はハデスの圧倒的な強さを、肌で感じて再認識する。それと同時に、純粋な疑問が生まれた。
「そういえば……10体の悪魔はどれくらいの強さなの?強いことだけはわかってるけど、明確な強さがまだわからないの。」
「そうだな……。お前達の階級で表すと、最も弱いグリモワールが天級以上、神級未満。ハデスは……神級の魔道士10人以上だろう。」
「待って、そんなに強いの?」
「あぁ。それとこの強さは、心情空間や”悪魔固有の力”を除いたものだ。実際は、さらに強いと思ったほうがいい。」
「じゃあ、その悪魔達を統率するニグレードの強さは……」
アブルートは表情を暗くする。それは、ニグレードの絶望的な強さを物語っているかのようだった。
「……少なくとも、神級の域を超えているだろう。おそらく、現代の君の祖先と同等と見ていい。」
美桜はアブルートの返答を聞き、一気に不安が押し寄せてきた。本当にそれほどの相手に勝てるのだろうか?そんな疑問が、美桜の心に現れ始める。しかし、美桜はすぐにその疑問を振り払った。すでに戦うと決めている。故に、そのようなことを考える必要などない。
「ねぇ。”悪魔固有の力”って何?」
「10体の悪魔はそれぞれ、魔法や魔力とは別の強大な力を持っている。グリモワールであれば呪い。クエレブレなら、全ての竜の力。ディファラスであれば、時間と空間の操作だ。」
「あれ?ハデスの固有の力は?」
アブルートはその問いに対し、困ったように唸り声を発する。
「実は魔戒大戦中、ハデスは固有の力を見せていないんだ。」
「どういうこと?」
「要するに、ハデスはまだ力を隠している可能性がある。」
美桜は話を逸らしたいのか、他の悪魔についてアブルートに尋ねる。
「他の悪魔か…。名前だけでもいいか?」
美桜はコクンと頷き、真剣な眼差しをアブルートに向ける。
「他の悪魔は、”腐食の悪魔クロン”、”心の悪魔スピリット”、”破壊の悪魔ディストロ”、”災の悪魔ザスター”、”病の悪魔デシック”、”夢の悪魔ファンタズム”の6体だ。この中で一番記憶に残っているものは……間違いなく”ファンタズム”だな。」
「それはどうして?」
「あいつは……バケモノという言葉が、生温く感じるほどの存在だった。厄介さで言えば、悪魔の中でもトップだろう。もしあの場で討伐できていなければ……世界は完全に、ニグレードに支配されていたかもしれない。」
アブルートは何かを思い出したのか、少し苦い顔をする。しかしすぐに元の表情に戻り、美桜と共に先の歴史へと進む。




