【第104話】 魔王誕生
美桜とアブルートは、とある国の大通りに着地する。行き交う人々は、2人の事を気にしなかった。
「ここは……どこ?」
「ここは”アルブンド王国”。1000年前、魔王が誕生した場所だ。俺達はちょうど、その時代に来ている。」
「つまり……魔戒大戦が起こる前の世界なの?」
「そういうことだ。さて、”あいつ”の所に向かうぞ。」
「ちょっと待って。この人達には、私達のことは見えてるの?」
「俺達は映し出された歴史を見ている状態だ。この時代の人達に俺達の姿は見えない。」
美桜はアブルートの背中に着いて行きながら、街の景色を見渡す。現代とは異なり、異世界のような光景だった。アブルートは辺りの景色に見向きせず、ひたすらどこかへ向かって歩いている。
「急いでるの?」
「それもあるが、すでに見慣れている。」
アブルートは大通りから外れ、裏路地の方へ進んで行く。美桜はその後を追い、裏路地へと入る。
薄暗い裏路地を抜けると、そこには異様な光景が広がっていた。地面にはホームレスの人々が座り込み、ゴミなどが散乱している。
「何……これ……。」
「スラム街だ。ここには貧しい人達が暮らしている。」
「なんでこんなことに?」
「この国の国王が、そう命令したからだ。」
美桜はアブルートの言葉から、怒りの感情を感じ取る。美桜はアブルートを追って、スラム街の奥へと向かう。その時、路地裏から誰かがスラム街に飛び込んでくる。その者の姿を見て、美桜は驚きを隠せなかった。
「まさか……」
スラム街に飛び込んできた者は、なんとニグレードだった。しかし、現代のように黒い炎を纏っていない。手にパンの残りを持っている。
「ねぇ…。あれは本当に……ニグレードなの?」
アブルートは美桜の問いかけに、無言で頷いた。ニグレードは息を切らしながら立ち上がり、どこかへ向かって走り出す。
「……追うぞ。」
アブルートの視線が僅かにニグレードから逸れたことを、美桜は見逃さなかった。
ニグレードを追った先には、古びた建物が一軒だけポツリと建っていた。ニグレードはフラフラとしながら、扉を開けて中に入る。2人は中の様子を窓から覗き込む。
「どういう……ことなの……?」
中の光景を見て、美桜は思わずその言葉を口にする。建物の中には、1人の少女がボロボロのベッドの上で蹲っていたのだ。少女の髪色は、ニグレードのものと同じだった。
「あれは誰なの……?」
「”ノア”。ニグレードの妹であり、ニグレードが魔王化してしまった原因だ。」
「ニグレードには妹がいたの?」
ニグレードはノアへと歩み寄り、ベッドの端に腰掛ける。ノアはそれに気づき、ゆっくりと体を起こす。ニグレードは手に持ったパンをノアに手渡す。ノアはパンを受け取るのを躊躇う。
「俺のことは気にすんな……。空腹と喉の渇きには慣れた……。」
ニグレードの声は現代の彼からは想像できないほど、酷く掠れている。ノアは渋々パンを受け取り、千切って口へと運ぶ。
「悪いな……満足できるくらいに、食べさせられなくて……。あの国王が変な命令を出したことで、貴族層以下の民の食糧が削減されたらしい……。いつもの商人達の所にもらいにいったが、どこも食糧不足らしい……。」
「そうなんだ……。なら……ちゃんと食べて…。」
ノアはパンを大きめに千切り、ニグレードの口に近づける。ニグレードはノアの手を優しく包み込み、穏やかな表情で話しかける。
「お前は育ち盛りなんだ……。俺が食べる必要はない……。水だけでも……ある程度の飢えは凌げる……。」
美桜はその光景から目を背けたくなる。アブルートは少し苦痛そうだった。
「ノアって……何歳なの?」
「この時は確か、ニグレードが17歳で、ノアは14歳だ。」
「そんな年齢なの……?!この国の王様は、一体何を命令したの?!」
「国王にとっては、貴族以下の者はゴミ同然だったからな。絶対王政だったということもあり、誰も逆らうことはできない。その結果がこれだ。」
アブルートの手には、自然と力が込められていた。
「こんなの……酷すぎるでしょ……。」
「誰もがそう思っていたが、従うしかなかった。逆らう者は、問答無用で公開処刑だったからな。」
「……国王は本当に人間なの?」
「人間だ…。」
ニグレードはノアから離れ、水を飲みにどこかへ向かう。そのときノアは、ボロボロの布切れにくるまり、目に涙を浮かべていた。
「ニグレードは、なんでパンを食べなかったの?」
「彼はすでに壊れていたからな。空腹に慣れたと言っているが、実際は空腹を感じなくなっていたんだ。」
「でも、何かを食べなきゃ死んじゃうでしょ?」
「ニグレードとノアは少し前、”太陽の神と名乗る者から血を与えられた”らしい。それ以降、彼は空腹を感じなくなったと言っていた。」
「太陽の神の血……?もしかしてあの2人って………”太陽人”なの?」
「あぁ、その通りだ。すでに察しているかもしれないが、黒い炎というのは、”太陽人の力が魔王化の影響を受けたもの”だ。そして青い炎は、”太陽人の力が魔人化の影響を受けたもの”だ。」
「そうだったんだ……。」
アブルートは美桜を連れ、少し離れた場所へ移動する。
「少し時間を進めよう。俺から離れるなよ。」
そう言って、アブルートは紡ぎ人の力で歴史を進める。辺りの景色がどんどん変化し、年を超えて新しい春がやってくる。アブルートは歴史を進めるのをやめる。
「ちょうどこのタイミングだ。」
2人は再び、ニグレードとノアの家へと向かう。ちょうどその時、ニグレードが少しの量の食糧を持って戻ってくる。2人は窓の近くに立ち、ニグレードが入ったタイミングで建物内を覗き込む。そのとき、美桜はある異変に気づく。
「あれ……?ノアはどこ……?」
先程までいたノアの姿が消えていた。ニグレードは言葉を失い、完全に放心している。
「ねぇ…。ノアはどこに行ったの?」
「こちらに移動しよう。」
アブルートは美桜と共に、建物の反対側に移動する。窓から中を覗くと、そこには水が貯水してあった。その時ちょうど、ニグレードがドアを開いて部屋に入ってくる。しかし、ニグレードの表情は絶望に染まりつつあった。
「え……?」
美桜は視線を下に降ろすと、ノアが床に倒れていた。腹部には刃物が深く刺さっており、床には大量の血が流れ出ていた。
「ノア……!」
ニグレードはノアを抱き抱えるも、ノアの息は絶え絶えだった。
「……あ……。帰って……きたんだ……。」
「……誰にやられた……?」
「誰も……悪くありません……。これは……私が選んだことです……。」
「選んだって………何言ってんだよ……?」
「何も……おかしなことは言ってません……。これ以上……あなたに大変な思いをさせたくないからです……。何もできない私がいなくなれば……あなたの負担が減るはずですから……。」
ニグレードは顔を歪ませるが、涙が出てくることはなかった。ノアは意識が徐々に薄れていき、とうとう目を閉じてしまう。
「ノア……?おい……冗談はやめろよ……?何か……言ってくれよ……。」
ノアは目を閉じたまま、僅かな反応すら示さない。
「ニグレードにとって、ノアは生きる希望そのものだった。その生きる希望を失った時、人はどうなると思う?」
「……絶望に呑まれて……魔王へと変貌する……。」
ニグレードはノアは抱き抱えたまま、漆黒の憎悪を滾らせる。
(絶対に……絶対に……!絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に!絶対に許さねえぞ……!全部……お前ら王族共のせいだ!お前らの気分1つで……人の人生を決めてんじゃねえぞ!どれだけ俺から奪えば気が済む?!お前らは俺から全てを奪った!)
ニグレードは不穏な雰囲気を放ちながら、ゆっくりと立ち上がる。それと同時に、ニグレードの体に黒いものが揺らめき始める。
「お前らは俺から全てを奪った……。だったら俺も、お前らの全てを奪ってやるよっ!!!」
ニグレードの叫び声と共に、黒い炎が激しく燃え上がる。この瞬間、世界に魔王が誕生した。
ニグレードはノアの体から魂を取り出し、自分の肉体へと移す。ノアの肉体は、ニグレードが丁寧に埋葬した。その時、誰かがニグレードに歩み寄る。
「ニグレード……。その姿は一体……?」
ニグレードに話しかけたのは、アブルートだった。
「アブルートか……。お前が気にすることじゃない。」
そう言い残し、ニグレードはどこかへ飛び去ってしまう。
「やっぱりあなたは、この時代の人間だったんだ…。」
「あぁ。ニグレードとは、旧友にあたる存在だ。この時の衝撃は、今でも覚えている。」
アブルートは目を閉じ、苦痛を感じているようだった。
「この時彼を止めらていれば、あのような惨劇にはならなかったかもしれない……。」
「……そういえば、ニグレードはどこに向かったの?」
「ニグレードは……自身の力を鍛えに向かった。そしてその影響で、世界に魔力というものが充満したんだ。」
「そうやって生まれた魔力が、現代まで存在してるの?どれだけ世界に影響を与えてるわけ……?」
「それが魔王という存在だ。君達が戦う相手が、どれだけ強大な存在か再認識できたか?」
しかし美桜にはそんなことより、本当に魔王を倒すべきなのか、迷いが生まれ始めていた。
「本当に……ニグレードは悪なの?さっきのことを見る限りだと、むしろ被害者のように思えてくるんだけど…。」
「そう思うのも無理はない。俺だって、最初はそう思っていた。だが時間が進むにつれて、徐々に対立が激しくなっていった。さて、次の地点まで時間を進めるぞ。」




