19、娼婦なジュリエットは幸せを追い求める
大っ変遅くなり、申し訳ございません。
今回は愛人さん視点です。
ブックマーク&評価、ありがとうございます!
「彼」を初めて目にしたとき。普通ならば私とは一生縁がない相手だ、と思った。
エルナ。私の名前はそれだけだ。通常、平民は家名を持たない。実力で騎士や文官になれば持つことができるが、残念なことに私にはそのために必要な能力も、それを身に付ける環境もなかった。
私の母は娼婦で、私が十一になった年の暮れに客との痴話喧嘩で頭を打って呆気なく死んでしまった。
それからは母がいた娼館の女主人が面倒を見てくれた。
やがて、『売り物』の年頃になった私は一人の客に会った。
街路樹が綺麗な紅葉を纏い始めた時期。
目深に被っていたフードをとった彼の、それまで見たことがなかった色の髪をまだ覚えている。
しばらく私のもとに通いづめだった彼は、ある雪が舞う日を境にぱったりと来なくなった。
「次の春にはお前を身請けしたいと言っていたよ。お貴族様の妾なんて大出世じゃあないか。よかったねぇ」
それまで私が客を取らなくても良いよう、過分な程の額まで置いていってくれた、と。
女主人の言葉に仲間達も一緒に喜んでくれ、さらに数ヵ月後、私の妊娠が発覚した。
時期から考えて彼との子供以外にはありえない。
その頃が、一番楽しい時期だった。
雪が溶け、草木が芽吹き、花が咲き。
いつ、彼が迎えに来てくれるのかと待ち遠しく思い。
こんな私を愛してくれた彼を、その彼との間にできたまだ見ぬ我が子を、心の底からいとおしく思い。
彼がプレゼントしてくれた鉢植えが枯れて、季節の変遷をおもい知らされ。
次第に希望が薄れていき、もう彼は来ないのだと思った頃にはお腹の子は堕胎不可能な大きさに育っていて。
窓から彼と初めて会ったときと美しい紅葉が見える季節に、私は彼と同じ髪色の女の子を産み落とした。
やっと娘が乳離れし、仕事を再開できると思った。彼が迎えに来ない以上、私は彼の置いていった金が尽きてからの生活費とこれからの娘との二人分の生活費を稼がなければいけない、と。
だが、その報告をしたその場で、女主人から全く予想もしない事を聞き、驚愕した。
「ロイさんがお前を身請けしたい、と言い出したんだよ」
ロイ、というのは帝都の裏社会の乱暴者たちの纏め役。
彼に逆らうということは自分から窮地に飛び込んでいくことと同じだ。
ロイは、自分の望むものは絶対に手に入れる事と、自分よりも弱いものをいたぶる事が趣味であると有名な男。
そして、ここには彼よりも強い者など殆どーー少なくとも私の知っている限りではーーいない。
私が彼に逆らえば、娘も、女主人も、仲間達も、皆、無事では済まないだろう。
そう思って、諦めた。
そうしてロイに身請けされ、それまでよりも綺麗で広い部屋を与えられた。
ロイには他にも愛人がいるらしく、私のもとに来るのは週に一度程。しかし、常に見張りがいて逃げ出す事は不可能だった。
さらに娘と会うことも、あの娼館に近寄る事も禁じられいたためその気にもならず、必要最低限しか外出したりはしなかった。
紫の瞳を持つ彼と出会ったのは、そんなときだった。
「なあ、そこの君、ちょっと道を聞いても良いだろうか?」
日用品の買い出しの帰り道に、そう言って声をかけてきた青年。
ハイルと名乗った彼は、私が今まで接してきた男達とは明らかに一線を画していた。
一目で良質だとわかる衣類。平民には珍しい紫の瞳。よく手入れされた金髪。
彼を利用すれば、私はロイから逃れられると思った。
道案内の合間に、聞かれるままに身の上話をして。
その後も見張りの目を掻い潜っては逢い引きを続けた。
絶対にこの生活を抜け出してやる。その為には彼を好きなだけ利用してやる。
そう、思っていた。
だが、私は気付いていなかった。
……ロイの見張りが、一人だけではなかった事に。
ある夜急に部屋を訪れたロイは、無表情で私の髪を掴み、待たせてあったらしい馬車に放り込んだ。
「……っどこにいくの?!」
「行けばわかる」
不安な心を抑えつつおとなしく座席に腰かけると、無言で目隠しをされた。そのまましばらく馬車に揺られ、どこかに着いた、と思ってすぐに小さな部屋に入れられた。
そこで目隠しに加えて猿ぐつわと手足の拘束もされ、放置。身動きも取れず、ただただ事態が動くのを待つ他にできることは無かった。
与えられた情報は無に等しかったけれど、恐らくハイルがらみであるだろうことは検討がついた。
あの役立たずが。
助けてやると言っていた癖に、大嘘つき。
本当に使えない。
そう、心の中で彼を罵倒して、一刻も早く解放されることを待ち望んだ。
どのくらい時間が経ったのか、動かせない体の感覚が殆どなくなった頃、先程乗ってきた馬車の運転手に引きずられるようにして別の部屋に入り、ハイルと再会した。
シャンデリアの残骸と、瓦礫の山の下敷きになっているロイと、嬉しさを抑えきれない様子のハイル。
……そして、疲れきった表情と、幾つもの傷を持つ、ハイルにそっくりな幼児。
確実に、ハイルと近しい関係の持ち主だろう。
で、あるのならば、ハイルはその子に対する心配があってしかるべき。なのに、彼は一言もその子についての反応を見せない。
それどころか、まるでその子がこの場にいないかのような振る舞いをするのである。
その様子を言葉に置き換えるならば、「無視」といったところだろうか。
気にならないわけではなかったが、その子に気がついたことでハイルに悪印象を持たれる事が怖く、またそれ以上に自由になれたことが嬉しくて、私はその子を「見なかったこと」にした。
今後、明らかにハイルと関係のあるその子は、私とハイルの仲の邪魔になるかもしれない。
ならば、私もこの子を無視するべきだろう。
例え、どんな酷い事を犯してでも、私は、幸せになるのだから。
自分の娘と同じくらいの幼児に対し、こんなことを考えるだなんて、私はいつの間にかどうかしていたのかもしれない。
そんな気持ちと裏腹に、その気持ちを悟られてはなるまいと、無意識に唇からは「作った」華やかな声が飛び出し、表情筋は勝手に「作った」笑顔を作る。
彼に抱きつき、少しだけ気を緩めると、いびつな感情が笑顔を染める。様々な感情によって不協和音に彩られた微笑みは、それはそれは歪んで見えた事だろう。
読んでいただき、ありがとうございました!




